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「刑務所から大リーグへ」を描いた42年前のアメリカ映画

菊田康彦フリーランスライター
映画『ONE IN A MILLION』の原作となったラフローア自伝(筆者所有)

 デトロイト・タイガース一筋に通算3007安打、399本塁打をマークし、「ミスター・タイガー」と呼ばれたアル・ケーラインが、現地時間4月6日に85歳で死去した。その訃報に接し、思い出した1本の映画がある。1978年に全米でテレビ映画として放映された『ONE IN A MILLION(100万人に1人)』だ。

 この映画は当時、タイガースのリードオフマンとして活躍していたロン・ラフローアの半生を描いたもの。ラフローアは1974年にメジャーデビューし、1976年にはオールスター出場。映画が放映された1978年には初の盗塁王に輝くバリバリのスタープレーヤーだったのだが、彼が人々の耳目を集めていたのは「刑務所帰り」という“肩書”にあった。

「武装強盗の意図をもった暴力行為」により19歳で実刑判決を受け、州刑務所に収監されていた彼がそこでどのように野球を覚え、いかにしてメジャーリーグのスターになったか──。映画は要約するとそんな内容で、原作は彼の自伝『BREAKOUT』。これは日本でも「ブレイクアウト─刑務所から大リーグへ」(講談社刊)として発売され、筆者もむさぼるように読んだ覚えがあるが、内容は小学生にとってはなかなかショッキングなものだった。

初めて野球をやったのは監獄の中

 9歳で煙草、11歳で酒、13歳で大麻、15歳で麻薬を覚え、19歳の時に仲間とバーに押し入って逮捕──。自伝では「運が良ければ生き延びられる」というデトロイトのイーストサイドで生まれ育った彼の生い立ちにもかなりの紙幅が割かれていたが、映画は収監後の話がメインになっている。

 自伝にも「テレビの野球中継さえ見たことがない。おれは野球が好きではなかったのだ」とあるとおり、収監前は野球の経験はまったくなかったという。刑務所内のチームで野球を始めたのも「スポーツをやっていると早めに仮釈放の機会を与えられることが多いから」。ところがそこで他の囚人に才能を見出されると、その知人のバー経営者がタイガースのビリー・マーティン監督と旧知の間柄だったことから、ツテを頼ってタイガースのトライアウトを受けることになる。

 映画も後半に入り、タイガースの本拠地タイガー・スタジアムでラフローアがトライアウトを受ける場面。撮影当時はもう引退していたケーラインも、現役時代の本人役で出演している。とはいえラフローアのバッティングを見ながら同僚と感想を口にするといった程度で、ここではやはりタイガース一筋通算377本塁打のノーム・キャッシュや、球宴出場11回のビル・フリーハンといった、既にユニフォームを脱いでいた他のレジェンドも現役時代の本人役で登場する。

一番の見どころは“闘将”マーティンの演技

 個人的にこの映画の一番の見どころと思っているのは、やはり本人役で出演している“闘将”マーティンの演技だ。ニューヨーク・ヤンキースの監督に5回就任して5回とも解任されるというジョージ・スタインブレナーオーナーとの“愛憎劇”で有名だが、ラフローアがトライアウトを受けた当時のタイガース監督であり、獲得にも積極的だったというキーパーソンである。こちらはケーラインと違って出番も多いのだが、実に自然なセリフ回しで、端正な顔立ちもあって、知らなければ本職の俳優だと思ってしまうだろう。

 ラフローアは出所後、タイガースと正式に契約し、マイナーリーグからプロ野球人生をスタートさせる。映画では翌1974年途中、弟がクラブハウスを訪れている時にメジャー昇格を告げられるが、これは映画用の脚色。ただし、トライアウトの際に親切に手ほどきをしてくれた正中堅手、ミッキー・スタンリー(俳優マット・スティーブンスが演じている)の骨折で、メジャーに呼ばれたというのは事実のようだ。

 映画はトントン拍子でスターダムに駆け上がり、オールスターに出場するまでのラフローアの人生をつづっているが、一方で彼と両親、そして弟の関係も丁寧に描いている。そして、そのラストはほろ苦い。自分のように間違った道に進むことのないようにと、常に気にかけていた弟が殺され、故郷を訪れるシーンで締めくくられているからだ。今よりもはるかに短いエンドロールに流れる哀愁漂う音楽が、やるせなさを掻き立てる。

 この映画は日本では劇場公開されておらず、筆者が初めて見たのはテレビ放映された吹き替え版。当時のタイトル『盗塁王ルフロア 鉄格子から大リーガーへ』のとおりLeFLOREは「ルフロア」と表記するのが一般的かもしれないが、ここでは発音に忠実に、また当時の専門誌にも敬意を表して「ラフローア」とする。ラフローアを演じていたのはレヴァー・バートン。テレビドラマ『ルーツ』のクンタ・キンテ役や『新スタートレック』で特殊なバイザーを装着していたジョーディ・ラフォージ役で有名な俳優である。

 ラフローアはモントリオール・エクスポズ(現ワシントン・ナショナルズ)時代の1980年に97盗塁で2度目の盗塁王。メジャー歴9年で通算455盗塁の記録を残し、1983年の開幕前に引退した。なお、現役時代のプロフィールでは1950年生まれということになっていたが、引退後にサバを読んでいたことを明らかにしており、現在はメジャーリーグ公式サイトなどでも1948年生まれになっている。

フリーランスライター

静岡県出身。小学4年生の時にTVで観たヤクルト対巨人戦がきっかけで、ほとんど興味のなかった野球にハマり、翌年秋にワールドシリーズをTV観戦したのを機にメジャーリーグの虜に。大学卒業後、地方公務員、英会話講師などを経てフリーライターに転身した。07年からスポーツナビに不定期でMLBなどのコラムを寄稿。04~08年は『スカパーMLBライブ』、16~17年は『スポナビライブMLB』に出演した。著書に『燕軍戦記 スワローズ、14年ぶり優勝への軌跡』(カンゼン)。編集協力に『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社)、『東京ヤクルトスワローズ語録集 燕之書』(セブン&アイ出版)。

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