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ゲーセンの景品、上限価格が1000円に 本格的に出回るのは来年以降か

鴫原盛之ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表
※写真はイメージ(写真:イメージマート)

ゲームセンターに関わる風営法の規制が3月1日から緩和され、プライズ(景品)ゲームに使用できる景品の上限価格が、単価で市価の800円から1000円にアップした。

前回、単価の上限がアップしたのは1997年12月(※当時は500円から800円にアップ)なので、実に25年ぶりの改定が実現したことになる。業界団体のJAIA(一般社団法人 日本アミューズメント産業協会)によると、「97年の改定以降も、繰り返し『単価を上げてほしい』と要望を出し続けていました」とのことで、長年の希望が今回ようやくかなった格好だ。

遊技の結果が物品により表示される遊技の用に供するクレーン式遊技機等の遊技設備により客を遊技させる営業を営む者は、その営業に関し、クレーンで釣り上げるなどした物品で小売価格がおおむね1,000円以下のものを提供する場合については法第23条第2項に規定する「遊技の結果に応じて賞品を提供」することには当たらないものとして取り扱うこととする。

出典:「JAIAプレス2022年3月号」(※JAIA発行の広報紙)掲載「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律等の解釈運用基準」より

価格の改定が実現してもうすぐ3か月になるが、従来の上限800円を超える景品を使用しているゲームセンターは、実はほとんど見掛けないのが現状だ。

大手オペレーター(※ゲームセンターの経営会社)のイオンファンタジー広報に、単価800円超の景品を使用しているのかを聞いてみたところ、「現時点での投入はございません。まだ計画段階ではありますが、22年夏頃より投入を検討しております」という。同じく、バンダイナムコアミューズメントの広報も「800円超の景品がメーカーより発売され次第、入荷し運営していきます」とのことだった。

筆者は現場時代、前述した97年の改定のタイミングで、単価500円超の景品を使うと従来の景品に比べて売上や利益がどう変わるのか、当時勤めていた店でテストしていた経験がある。テストの詳細な内容は忘れてしまったが、(当時の)高額景品を使用したことで従来どおり、あるいはそれ以上の売上や利益が得られるのか、当初はどのオペレーターも手探り状態であったと記憶している。

やがて、改定から1年ほど経過すると、景品の製造・販売メーカー各社から高額景品が次々と発売されるようになった。大人でも思わず「デカい!」と叫ぶほど、以前のゲームセンターでは見られなかったビッグサイズのぬいぐるみやソフビ人形、あるいは普通の店では買えない、景品専用の化粧箱や巨大パッケージに包まれた菓子などが次々と登場した。

また98年以降は、セガの「UFOキャッチャー800」をはじめ、巨大化した景品でもつかみやすい大型クレーンを搭載した新作プライズゲームもどんどん普及し、1プレイ200円に設定して500円超の景品を使用するオペレーションが各地で定着したと記憶している。

筆者自身も、当時は未知のアイテムが次々と登場したので、店員としてもプレイヤーとしても非常に楽しかった思い出がある。なので、今回の改定により今後どんな新アイテムが登場するのか、期待せずにはいられないというものだ。

「UFOキャッチャー800」(※筆者撮影・加工。以下同) 出典:「セガ・アーケードゲームヒストリー」
「UFOキャッチャー800」(※筆者撮影・加工。以下同) 出典:「セガ・アーケードゲームヒストリー」

(参考リンク)

・「セガ・アーケードゲームヒストリー」(「UFOキャッチャー800」のページ)

景品メーカーの現況:大手各社は「様子見」状態

一方、景品メーカーの動向はどうだろうか。

5月24~25日にかけて、大手メーカー6社の合同開催による新作景品の展示イベント「プライズフェア」が東京都内で開催された。筆者も会場に足を運んでみたが、残念ながら単価800円を超える新作はほとんど出展されていなかった。

なぜ高額景品が皆無だったのか? 各メーカーのスタッフに話を聞いてみると、「単価800円超の景品をいつ発売すべきか、あるいは発売してもいいのかどうか、まだ様子見です」と、まるで事前に申し合わせていたかのように異口同音に答えが返ってきた。

メーカー各社が、高額景品の開発を避ける理由は利用客、すなわちプレイヤーやオペレーターに受け入れられるかどうか、未知数な面がいろいろとあるからだ。

例えば、ぬいぐるみは現行の景品以上に可愛い、またはビッグサイズのものが作れるのか。人気マンガ・アニメキャラのフィギュアであれば、目の肥えたプレイヤーにもひと目でわかるほど、より精巧に作られた新作を提供できるのか? 商品開発の難易度が、必然的に今までよりも高まることになる。

今はオンラインクレーンゲーム市場も含め、プライズゲームは総じて好調なので、そもそもメーカーでは高額景品を急いで開発する動機がないに等しい状態だ。また、積極的に高額景品を開発、販売した結果、客にその価値を認めてもらえず、逆に好況に水を差す事態を招きたくない事情もある。

今回の「プライズフェア」に出展されていた新作は、いずれも(※単価800円以下の景品も含めて)今秋以降に発売される予定だ。よって、800円超の高額景品が各地の店舗で散見できるようになるのは早くても年末、本格的に出回るのは来年以降になるだろう。

「プライズフェア」の会場(※写真はBANDAI SPIRITSのブース)
「プライズフェア」の会場(※写真はBANDAI SPIRITSのブース)

法律違反のリスク回避にも成功する「大ファインプレー」

景品単価の上限がアップしたことで、プレイヤー目線では新商品の登場に期待が膨らむ一方、業界内では現在大きな問題に直面している。それは、折からの政情不安などに起因する円安のため、景品の製造原価が上昇を続けていることだ。

今も昔も、ぬいぐるみやフィギュア、雑貨類など景品の多くは海外(主に中国)の工場で製造されているので、円安が進めば原価は当然上がる。実は、JAIAを通じてアーケードゲーム業界が景品単価アップの陳情を繰り返したのも「中国の工場での人件費が、年々上昇し続けているのが一番の理由です」(JAIAスタッフ)という事情があったからだ。

イオンファンタジー広報によると「仕入原価の上昇は感じております。円安影響とともに原材料、輸送費、人件費などの上昇が影響しているものと感じております」とのこと。また、景品用の菓子・食品を販売する関西の某メーカーにも取材したところ「菓子製造メーカー各社の商品価格も上がっており、原材料費が上がっている実感はございます」という。

もし今回の改定がなければ、例えばメーカー側が1個800円だった景品を850円に値上げせざるを得ない状況になった場合は、法律違反となるのでゲームセンターでは使用不可能になるリスクが生じるところだった。よって今回の改定は、結果論になるが円安による市場の混乱を回避する意味でも、まさに絶好のタイミングで実現された、業界全体の大ファインプレーだったと言えるだろう。

現在のゲームセンター市場を支える大黒柱がプライズゲームだ(※写真は「JAEPO2020」のプライズゲームコーナー)
現在のゲームセンター市場を支える大黒柱がプライズゲームだ(※写真は「JAEPO2020」のプライズゲームコーナー)

プレイ料金の値上げも現時点では心配ないが……

プレイヤーにとっては、景品の価格アップにともない、各店舗でのプレイ料金も値上げされるかどうかが最も気になるところだ。

バンダイナムコアミューズメントの広報によると「現在、当社の運営施設ではお客様のニーズに合わせて多様なプレイ料金を設定しており、お客様のニーズやご利用状況に対応しながら柔軟にオペレーションを変えております。今後もこの運営方法に変わりはないと考えています」という。同じく、イオンファンタジーの広報も「現時点でオペレーションを大きく変更する予定はございません」とのことだった。

以前に拙稿「5年連続で市場拡大もビデオゲームは人気低迷 アーケードゲーム市場の実態は」でも解説したように、現在のアーケードゲーム業界におけるオペレーション(店舗)売上のうち、実に半分以上はプライズゲームの売上だ。もしプライズゲームで稼げなくなると、昨今のコロナ禍によるダメージを回復するどころか、業界全体が壊滅的な打撃を受けてしまう。

いくら高額景品が使えるようになったからといって、安易なプレイ料金の値上げによる「ゲーセン離れ」を引き起こすような事態は、業界としては当然避けたい。両社以外のオペレーターからも値上げの情報は今のところないので、(極端に景品が取りにくいセッティングにしない限りは)プレイヤーの負担が増す心配はなさそうだ。

プレイ料金を値上げしなくても、原価の上昇分をカバーできるのかが今後の業界の課題だろう(※同じく「JAEPO2020」の会場で撮影)
プレイ料金を値上げしなくても、原価の上昇分をカバーできるのかが今後の業界の課題だろう(※同じく「JAEPO2020」の会場で撮影)

ただし、筆者がひとつだけ心配していることがある。それは、一部のメーカーでは景品を販売する際に、送料を常時上乗せする形で原価の上昇をカバーする計画を立てていることだ。

オペレーターの立場としては、ごく少額の注文だった場合には送料を徴収されても納得できる。だが、どんなに大量に景品を発注しても、買った分だけ必ず送料がプラスされるのはあまりにもつらい。もしこの仕組みが業界全体で定着したら、各店舗で一斉にプレイ料金が値上げされる可能性が極めて高くなるだろう。

繰り返しになるが、今回の改定を追い風にして、90年代と同様に見る者をワクワクさせる、新たな景品やプライズゲームがどんどん登場することを大いに期待している。さらに願わくは、年々減り続けるゲームセンターの店舗数が再び上昇に転じるぐらいの勢いを、業界全体でぜひ作り出していただきたい。

(参考リンク)

・JAIAのホームページ

・「JAEPO2020」公式サイト

※「JAEPO」は「ジャパンアミューズメントエキスポ」の略称で、毎年JAIAが主催するアーケードゲームの展示イベントのこと。2021年以降はコロナ禍のため中止が続いている。

ライター/日本デジタルゲーム学会ゲームメディアSIG代表

1993年に「月刊ゲーメスト」の攻略ライターとしてデビュー。その後、ゲームセンター店長やメーカー営業などの職を経て、2004年からゲームメディアを中心に活動するフリーライターとなり、文化庁のメディア芸術連携促進事業 連携共同事業などにも参加し、ゲーム産業史のオーラル・ヒストリーの収集・記録も手掛ける。主な著書は「ファミダス ファミコン裏技編」「ゲーム職人第1集」(共にマイクロマガジン社)、「ナムコはいかにして世界を変えたのか──ゲーム音楽の誕生」(Pヴァイン)、共著では「デジタルゲームの教科書」(SBクリエイティブ)「ビジネスを変える『ゲームニクス』」(日経BP)などがある。

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