“生の笑い”を求めて――桂雀々・柳家三三・春風亭一之輔の豪華競演に駆け付けたファン、“静かに”爆笑
新型コロナウイルス感染予防のための“自粛”ムードは、当然エンタテインメント業界を直撃し、音楽ライヴだけではなく寄席や劇場で行われる落語会も休演が続いていた。1年を通して開かれている寄席は、東京都からの営業自粛要請を受け、4月初めから休業。休業要請の緩和を受け、6月から少しずつ再開しているとはいえ、客席を大幅に減らし、感染防止対策を完璧にした上で“元通り”とはいかないまでも、寄席やホールには笑いが戻ってきた。自粛期間中、落語家はネットで有料配信などこれまでになかった方法で、笑いを届けていたが、やはり音楽同様落語ファンからは「生の落語が一番」という声が多いのは事実だ。
真夏の『プライム落語』に、生の笑いを求めファンが駆け付ける
コロナ禍の中で、ストレスが溜まる生活を強いられている我々にとって、落語も音楽も、“不要不急”といえば確かに不要不急かもしれないが、なくてはならないものだ。心の養分、エネルギーとしてやっぱりなくてはならない存在なのだ。そう感じたのが、8月29日に、かつしかシンフォニーヒルズで行われた『プライム落語』だ。この日の東京地方は最高気温36℃という、まさに酷暑。しかしそんな中、会場のかつしかシンフォニーヒルズには約600人もの老若男女の落語ファンが詰めかけた。“三人三様、個性が光る 落語好きにはたまらない珠玉の落語会”というサブタイトルが付けられたこの日の公演は、桂雀々、柳家三三、春風亭一之輔という豪華な面付けということもあって注目を集めていた落語会ではあるが、やはりみんな心から“笑いたい”のだ。落語家と共に“生の笑い”を求めているのだ。
感染防止対策を万全にし、演者、ファン共に、安心して笑わせることができる、笑うことできる空間
もちろん会場は新型コロナの感染防止対策は万全で、観客にマスクの着用を呼び掛けているのはもちろん、入場前にチケットの半券の裏に名前と連絡先の記入、入口では検温、手のアルコール消毒、そして客席全1318席のうち半分を使用禁止にして、間隔を空けていた。さらに館内の換気のため、仲入り(休憩時間)を一席が終わるごとにとるという徹底ぶりだ。
三遊亭歌つをが「牛ほめ」で広い会場、久々に生で落語を観る人がほとんであろう客席を、ほどよく温める。トップバッターで登場した春風亭一之輔は、早速まくらで客席最前列のフェースシールドをしたファンを「弱い機動隊みたい」とイジる。笑わせる、笑う態勢が整ったようだ。
落語界でいち早く落語の生配信を行い、新境地を開いた春風亭一之輔
一之輔はコロナ禍で落語会などが相次いで中止となる中、4月、いち早くYouTubeに「春風亭一之輔チャンネル」を開設し、本来は寄席で主任(トリ)を務めていたはずの日時に合わせて10日連続落語生配信をスタートさせ、連日1万人を超える視聴者を楽しませた。巣ごもりが続くファン、そして落語を聞いたことがない初心者にとって、当代随一の噺家の高座が無料で楽しめるというなんともお得なコンテンツだった。途中から投げ銭機能を設けると、海外ファンからも含め、かなりの額が集まっていた。この挑戦に刺激を受けたのか、ゴールデンウィーク期間には多くの落語家が配信にチャレンジした。一之輔自身も2回目の10日連続生配信を行った。結果的に落語の新境地を切り開いたと同時に、落語の世界、寄席へ、新規ファンをいざなうことができたのではないだろうか。
古典落語に“現代”を差し込み、聴き手を噺の世界の中に深く引き込む、春風亭一之輔「堀之内」
この日の噺は「堀之内」。古典落語の本質をきちんと捉えながら、そこに現代をそっと差し込み、それによってより噺の世界観に入り込むことができるのが、一之輔の刺激的な高座の特長のひとつだ。この噺も聴いている側は、間抜けな亭主が、堀之内のお祖師様のお参りに行くなんとも間抜けな道中と、弁の立つ女房のやりとりを間近で観ているようなライヴ感を感じさせてくれる。「ミョウミョウミョウ!ホウレンミョウミョウ!ヨウ!」というラップ調の念仏も、現代につながっているようで耳に残る。どこまでもとぼけた口調に客席は“くすぐり”続けられ、笑い続けるしかない一席だった。
端正な語り口で、心地いい風情を感じさせてくれる柳家三三の「笠碁」
早速一回目の仲入りの後登場したのは柳家三三。生真面目で几帳面、かどうかは定かではないが、そんな空気感、オーラを感じさせてくれ、その語り口も端正で“品”がある。この日は「笠碁」を披露。大店のご隠居さん二人は、幼なじみで囲碁仲間。ある日「待った」でもめはじめ、絶交してしまうという、いい大人の子供じみたケンカを面白おかしく描いた前半。場面変わって後半は、唯一の碁友を失った二人は、意地を張ったことをお互いが後悔し、仲直りの道を探る姿を描く。子供じみたケンカをした二人のご隠居さんに、まるで子供のような愛らしさを加える三三の“演技”。動き、豊かな表情、目線で二人の喜怒哀楽を手に取るようにわかりやすく、そして時にその心模様を絶妙な温度感で伝えてくれる。心地いい風情を感じさせてくれる高座に、大きな拍手が送られた。
桂雀々「疝気の虫」を“熱演”。“雀々劇場”に爆笑
二回目の仲入り。トリを務めるは昨年初の全国ツアーを成功させ、今年還暦を迎え、まさにノリにノる桂雀々が務める。「なぜ私が今日トリを務めることになったかというと、二人とも“次”があって忙しいから」と笑わせたが、実はコロナ禍の中で入院生活を送っていたと話す。「長年の暴飲暴食が祟って、糖尿病を宣告されて2週間の教育入院をしまして」と、その入院生活を面白おかしく語り、客席はすでに雀々ワールドに引き込まれている。そして「疝気(せんき)の虫」が投下される。下ネタを含むまさに“体”を使った大きなアクションを伴うこのネタは、雀々の真骨頂であり、十八番のひとつだ。雀々もコロナ禍の中でオンラインで落語を配信していたが、常々「ライブでお客さんが笑って泣いて、大きな拍手をもらうのが最高の幸せ」と語っているだけに、この大きな会場での高座は気合が入る。
「疝気は男の苦しむところ、悋気(りんき)は女の慎むところ」という古くからの言い回しがあるが、昔は男のシモの病全般を「疝気」と言っていた。“虫”は蕎麦が好物で、唐辛子が付くと死んでしまうので、男性が唐辛子を食べ、体内に入ってくると虫は玉袋=別荘、に避難する。これを知った医者がその男の奥さんに蕎麦を食べてもらい、男に蕎麦のニオイをかがせて、虫を外に出し、つまんで退治しようとしたが、虫は奥さんの体に飛び込んでしまう。虫は大喜びし、すると奥さんのお腹が痛くなり唐辛子を食べると、虫は別荘に向かおうとするが、女性には別荘がなく……という江戸時代の噺だ。しかしこれが上方落語では、蕎麦は大阪は堺の名物「大寺餅」になり、唐辛子は「熱いお茶」に代わるところが面白い。それにしても、人間の体の中で、筋を引っ張ったり、針で突いたり大騒ぎする虫を可愛らしく、そしていきいきと演じる雀々の動きは絶品だ。大きなアクションを交えたまさに“熱演”で、パワフルな“雀々劇場”に客席は爆笑だった。誰もが元気をもらえたはずだ。
『プライム落語SP』は、個性豊かな実力派と次世代エースが競演する豪華な秋の“落語フェス”
毎回豪華な面付けでファンを喜ばせているこの『プライム落語』のスペシャル版が、11月18日~20日池袋・サンシャイン劇場で行われることが発表された。もちろんこの日出演した三人も再び登場する。
■11月18日(水;14:00~)「江戸落語本寸法の会」/柳家 権太楼・古今亭 菊之丞・柳亭 小痴楽
■11月18日(水;18:30~)「古典落語の魅力にはまる会」/三遊亭 兼好・春風亭 一之輔・春風亭 昇也
■11月19日(木;14:00~)「江戸と上方聴き比べの会」/桂 雀々・桃月庵 白酒・三遊亭 わん丈
■11月19日(木;18:30~)「パワー全開!新作三昧の会」/三遊亭 白鳥・林家 彦いち・桂 三四郎
■11月20日(金;14:00~)「次の真打が人気噺家に挑む会」/桃月庵 白酒・柳家 三三・桂 宮治
■11月20日(金;18:30~)「暴れん坊と若旦那の会」/桂 雀々・柳家 花緑・桂 宮治
という、毎日魅力的な切り口のテーマが設定され、個性豊かな実力派と次世代エースが競演する、なんとも豪華な“落語フェス”だ。今年“笑い足りない”という人は、明日への活力を充電するいい機会になるはずだ。こんなご時世だからこそ、“笑う門には福来る”と思いたい。