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ひとり旅の練達者に見る、大人の女性に贈る「ひとり温泉」極意――。急がず、縛らず、開放する……

山崎まゆみ観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

練達者“寅さん”に見るひとり旅の極意

映画『男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花』のクライマックスのシーン。

季節は夏の暑い盛り。

寅さんがひとりでバス停留所に立ち、強い日差しを受ける。

目を細めた寅さんは、真っ青な空を見上げて「暑いね~」と、ため息をもらし、ひたすらバスを待つ。

そこに偶然、浅丘ルリ子扮するリリーを乗せたバスが通った。

「寅さ~ん、寅さんじゃない! わたしたち、これから草津温泉へ行くの! 一緒に乗ってかない?」

「お~ぅ、そうか。な~んの、あてがあるわけでもねぇ~、行くかなぁ~」

満面の笑顔の寅さんは、いそいそとバスに乗り込んで、リリーと、その友人たちとともに、バスの中で大騒ぎ。そのままバスは走り去っていく。 

寅さんのお調子者! しかし、そこがチャーミング。

この身軽さ、フットワークの良さに目から鱗が落ちた。

まだ私が、ひとり温泉を存分に謳歌できていなかった頃の話だ。

ひとり温泉を始めた頃は、事故がないように、失敗しないようにと、事前にスケジュールを綿密に立て、その通りに進めていた。ひとつ予定変更をしたら、スケジュールが崩れてしまう。だから気になる風景や出来事があっても、それは車窓からの眺めのように流れてしまい、途中下車することなどは一切考えずに、旅を予定通りにこなしていた。

実に真面目で、日本人的な美点ではある。

ただ全く面白みがない。計画通りの旅など、意外性がない。出会いも限られている。そもそも、この頃の私は、旅を謳歌したいという欲求はあったのか、疑問である。

旅はより道ほど、愉快な出来事が待っているではないか。

たまたま映画の中で繰り広げられる寅さんの旅のスタイルに憧れた。こんな風に旅をしたい。

目の前の事柄しか見えていなかった私には、寅さんが大人びて見えた。

ひとり寂しく歩く後ろ姿には哀愁が漂い、セクシーだった。ある程度、人生経験を積み、ある境地に立ってこそにじみ出る寅さんの余裕と色気。切なくも見えたが、それが大人というもの。

ゆとりある旅とは、時間と気持ちの余裕を指し、気になることがあれば立ち止まることができる度量がもたらすものなのだろう。

ひとり旅はただ気軽というだけでなく、愉しむ器量が問われるのかもしれない。

前作を刊行して10年以上の時を経て、私もそれなりに経験を積んだ。急がずに、時を愉しむ余裕もできた。

今では、宿泊する宿くらいは予約を入れるものの、事前の計画は何となく程度。いつでも途中下車ができるようにしておく。

目的もなく、計画性もなく、気の向くままに動けるのがひとり温泉の醍醐味だとするのなら、その日の気分と天候によって、自分と相談しながら一日を決めていこう。

縛らずに、解放する旅である。

決められた名旅館の料理に舌鼓を打つ楽しみもあるが、土地の人が食す食材を探し、土地の人の調理法でいただく、おいしいごはんにありつける術も知った。

そして、ひとり温泉は、お湯と語らう旅でもある。

話す相手がいなければ、むしろ肌への馴染み具合や、刺激、匂いをじっくり感じることができ、自分とお湯の相性がわかる。相性のいい温泉が最も効果を発揮し、それを「マイ温泉」と私は言っている。

※この記事は2024年9月6日に発売された『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)から抜粋し転載しています。

観光ジャーナリスト/跡見学園女子大学兼任講師(観光温泉学)

新潟県長岡市生まれ。世界33か国の温泉を訪ね、日本の温泉文化の魅力を国内外に伝えている。NHKラジオ深夜便(毎月第4水曜)に出演中。国や地方自治体の観光政策会議に多数参画。VISIT JAPAN大使(観光庁任命)としてインバウンドを推進。「高齢者や身体の不自由な人にこそ温泉」を提唱しバリアフリー温泉を積極的に取材・紹介。『行ってみようよ!親孝行温泉』(昭文社)『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)『宿帳が語る昭和100年 温泉で素顔を見せたあの人』(潮出版社)温泉にまつわる「食」エッセイ『温泉ごはん 旅はおいしい!』の続刊『ひとり温泉 おいしいごはん』(河出文庫)が2024年9月に発売

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