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日本の裁判所は大麻の有害性についてどのように述べてきたか

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
ポルトガルの大麻生産企業 医療用などで世界に出荷(写真:ロイター/アフロ)

はじめに

 幻覚剤としての長い歴史をもっている大麻ですが、日本で大麻が初めて法的に規制されたのは、昭和5年(1930年)の旧麻薬取締規則においてです。幻覚成分が比較的多く含まれている印度(インド)大麻草と「其ノ樹脂及之ヲ含有スル物」が「麻薬」とされ、その製造、輸出入などについて規制されました。このときは、布の原料や食用として日本古来普通に栽培されてきた大麻草は規制対象とはされませんでした。

 現行の大麻取締法は、第二次世界大戦直後のGHQ(連合軍総司令部)占領下、いわゆるポツダム勅令によって旧麻薬取締法が制定された際に大麻取締りのための特別法が必要だといわれ、昭和23年(1948年)に制定されました。これによって規制対象が広がり、「大麻草(学名=カンナビス・サティバ・エル)」が取締りの対象とされました(ただし、成熟した茎、樹脂以外のその製品、種子およびその製品は対象外)。

 大麻についての国際的な取扱いは、今なおその有害性を前提に厳しい方向性を示しています。しかし、他方で国によっては国際世論にもかかわらず、大麻を寛大に扱っている国も多く、すでに嗜好用大麻を合法化した国もあり、世界的には大麻規制は緩和傾向にあるように思われます(嗜好用大麻を合法化したカナダやアメリカの一部の州については、規制に失敗した結果の苦肉の策であるとの評価が日本では強いように思われるが、欧米での大麻規制緩和の背景には、大麻の有害性の議論以外に、貧困や人種差別の問題が横たわっており、問題はそれほど単純ではない)。

 他方、日本では大麻に対する法的な制裁(刑罰)にも社会的な制裁にもたいへん厳しいものがあります。しかし、欧米における大麻規制の緩和傾向からは、日本の厳しい制裁はいったい大麻の〈何に対して〉向けられているのかを改めて問うことは意味のあることだと思います。以下では、裁判所がどのような根拠(大麻有害論)から大麻規制を正当化しているのかを改めて検証したいと思います。

大麻の有害性を肯定した最高裁判例

 麻薬なみの強い依存性や社会的害悪性を根拠に、大麻取締法が制定されたわけですが、1960年代になって大麻の有害性について疑問視する見解が強くなり、アルコールやタバコ並みの規制緩和論も主張されました。裁判の場でも大麻の有害性が論点となり、たびたび争われてきましたが、昭和60年に2件の大麻事犯について最高裁が大麻の有害性を肯定したことによって、法廷での議論に決着をみたとされています。

 最高裁が初めて正面から大麻の有害性を肯定したのは、(a)最高裁昭和60年9月10日決定です。これは、自己使用目的から大麻を空路国内へ持ち込もうとした事案です。

 原審(東京高裁昭和60年2月13日)は、大麻は幻覚・妄想等のみならず、時として中毒性精神異常状態を起こすことは、国際機関等の研究・報告によって明らかであり、大麻が人体に有害であることは公知の事実であり、有害性がないとか極めて少ないということはできないとしたのに対して、被告人は、(1)大麻には強い毒性はないのにその所持等を5年以下の懲役に、また輸入等を7年以下の懲役に処しているのは刑事制裁として重すぎるし、(2)大麻より有害性の強い酒やタバコの所持・摂取が原則として自由であるのに、大麻を厳しく取り締まるのは憲法違反であるなどと主張して上告しました。

 これに対する最高裁の判断は、「大麻が所論のいうように有害性がないとか、有害性が極めて低いものであるとは認められないとした原判断は相当である」というものでした。

 最高裁が大麻の有害性を認めた2つ目は、(b)最高裁昭和60年9月27日決定です。これは、大麻の無害性を信じるドイツ人が大麻を日本へ密輸入した事案です。

 原審(東京高裁昭和60年5月23日)は、大麻の有害性は訴訟で立証を要しない「立法事実」(筆者注:法を合理的に支える社会的事実や科学的事実などのこと)であり、「大麻の有する薬理作用が人の心身に有害であることは、自然科学上の経験則に徴し否定できない」としましたが、被告人は、(1)薬理作用に対する刑事罰はその使用による具体的な社会的被害が立証されている場合に限る、(2)戦前の印度大麻規制から戦後の大麻草一般への規制拡大には合理性がない、(3)大麻の向精神性はむしろ有益であることなどを主張して上告しました。

 これに対して最高裁は、「大麻が人の心身に有害であるとした原判決の判断は相当である」としています。

 この2つの決定によって、裁判実務における大麻の有害性の議論に終止符が打たれ、以後、法廷で大麻の有害性が正面から議論になることはなくなりました。

大麻の有害性に関する最近の国際的な議論

 さて、最高裁が前提としている大麻有害論をどのように見るかということですが、一般に「有害性」という場合、そこには〈自傷〉と〈他害〉という2つの異なる方向性をもった要素が含まれています。もしもそこでいう有害性が、他害性よりもむしろ自傷性として問題になっているならば、自己使用目的での所持等(大麻の吸引じたいは処罰されていないので、所持や栽培等が処罰されている)は、本質的には(過度の喫煙や飲酒などと同じ)自傷行為ないしは自損行為であって、そのような害悪性が犯罪として処罰するだけの実質があるかどうかが改めて問われるべきです。

 大麻の有害性については、世界保健機関(WHO)の「報告書」(1997年)が詳しく、よく引用されています。それによると、(1)身体的毒性として、長期使用による気管支炎、男女ともに生殖機能への影響、未成年への健康被害が指摘され、(2)精神的毒性として、記憶、学習能力、知覚への悪影響があり、(3)長期使用により中枢神経へ作用して精神的な依存性が生じることなどが指摘されています(酒やタバコは中枢神経系に影響することはない)。

 ただし、国連薬物犯罪事務所(UNODC)が出している「世界薬物報告」(2006年)では、(WHOの「報告書」を引用したうえで)「大麻は依然として強力な薬物である。大麻の使用は、中枢神経から心臓血管、内分泌、呼吸器、免疫システムまで、人体のほとんど全ての器官に影響を与える。使用者の精神及び行動に及ぼす影響は大きいと考えられる」としながらも、「他の薬物とは異なり、大麻の過剰摂取による死亡例は極めてまれであり、大麻の常習が原因で路上の犯罪や売春を行う人の数は少ない。多くの国では大麻は暴力行為と無関係であり、人々の頭の中では事故と大麻の関連性ははっきりしていない」と説明されています。

 もちろん、大麻の有害性については今後さらに医学的薬学的見地からの研究が深められる必要があることはいうまでもないことですが、現時点では、大麻と暴力的犯罪との結びつきはアルコールなどと比較すると明らかに低く、社会的有害性よりは個人の身体的精神的有害性の方がむしろ問題であるという認識の方が一般的であるように思います。また、若年層の精神疾患への因果性、飲酒と比較した交通事故との関係、ゲートウェイドラッグ(コカインや覚醒剤などのより毒性の強い薬物へのきっかけとなる薬物)の可能性など、十分に解明されていない問題はありますが、少なくとも欧米の大麻緩和の裏には、大麻の社会的有害性はそれほど強くはなく、大麻の個人使用を目的とした所持等について懲役刑(自由刑)をもって臨むことは刑罰制度としての合理性に疑問があるという見解が強いようです。

まとめに代えてーパターナリズムからの処罰の問題性ー

 最高裁は、大麻の人体への有害性を〈公知の事実〉、あるいは〈自然科学上の経験則〉であるとし、大麻取締法の(訴訟で証明する必要のない)〈立法事実〉であるとしています。しかし、そのような認識はあくまでも昭和60年頃の学問的知見に基づいたものであって、現在の研究成果から判断するならば、なおその有害性の中身を裁判で問題にする意味はあるだろうと思います。とくにそこでいわれている有害性が〈自傷他害のおそれ〉まで意味するのか、また〈他害のおそれ〉があるとしても、ヘロインやコカイン、覚醒剤などのハードドラッグと比較してどうであるのかといった〈今〉の疑問には、最高裁判例は答えにはなっていないのではないかと思います。

 さらに、およそ成人の行動や思想の自由を制限する場合には、他人への侵害性や社会への重大な影響がある場合に限定すべきだという近代法の考え方があります。たとえば、かつて明治憲法下での富国強兵という国是を支える重要な法律の一つであった兵役法(昭和20年廃止)では、兵役という国民の義務を逃れるための自傷行為が処罰されていました(74条)が、他の重大な国家的利益が侵害される場合は自傷行為であっても処罰できるとされた例だと言えます。しかし、すべての価値が個人に由来するならば、自傷行為が同時に社会や国家的利益をも侵害するといった場面は極めて例外的なものになるでしょう。また、個人の自律的判断や行動に対して国家がパターナリスティック[*]に介入してくることは必ずしも好ましいことではなく、その場合にはそうせざるをえないだけの合理的な理由が必要だと思います。大麻の自己使用のための所持等を処罰することも、それが結果的に強烈な社会的制裁に結びついていることを考えると、過度のパターナリスティックによる刑罰の適用でないのかどうかが改めて問われるべきだと思います。(了)

  • パターナリズムとは、強い立場にある者(たとえば国家)が、弱い立場にある者(たとえば国民)に対して、その者の意思を無視してその者のためだという理由で介入、干渉すること。刑法の世界でいえば、その者のためを思って処罰すること(自己財産の処分ともいえる単純賭博の処罰がその例だと言われることがある)。

〈補足〉

 大麻に対しては、(厳罰化以外に)国家として次の3つの対応がありえますので、それを区別しないと無用の混乱が起きる可能性があります。

  1. 合法化  国家レベルで全面合法化なのは、カナダとウルグアイ(アメリカでは州レベルで合法化を選択しているところがある)。EU圏では、(販売や使用にライセンスが必要な)医療目的での合法化がなされている場合がある。
  2. 非犯罪化  違法ではあるが、地域の法務当局の判断で摘発されない(オランダ)。全土で実質的に摘発が行われず、事実上の合法化の国もある(ポルトガル、スペイン、イタリアなど)。
  3. 非刑罰化  違法だが、制裁として行政罰や軽い罰金刑で対応する(フランス)。少量の所持は犯罪として起訴せず、警告や没収で対応する(イギリス)。

ーWEB資料ー

世界保健機構(WHO)

大麻:健康上の観点と研究課題」(1997年)〈Cannabis: a health perspective and research agenda〉

国際麻薬統制委員会(INCB)

2001年年次報告」より

2002年年次報告」より

2004年年次報告」より

2009年年次報告」より

国連薬物犯罪事務所(UNODC)

世界薬物報告書」(2006年)第2章より〈World Drug Report 2006〉

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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