伊藤博文を暗殺した「安重根」を「テロリスト」と評した菅前総理を熱烈歓迎した尹大統領の「親日度」は本物
北朝鮮の偵察衛星発射騒動で影が薄れてたが、韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が5月31日、訪韓した菅義偉前首相とソウルの大統領室で会談していた。
大統領室の発表では、尹大統領は日韓議員連盟会長に就任した菅前首相に「両国の議員間の交流や意思疎通の活性化のため中心的な役割を果たしてもらいたい」と要望したようだ。聞けば、菅氏の訪韓は尹大統領が岸田首相との首脳会談のため3月に来日した際、直々に要請して実現したとのことだ。
菅氏と言えば、官房長官時代の「安重根」に関する発言で韓国では不本意にも「悪名」を轟かせていた。
安倍政権時代に官房長官として仕えていた菅氏は朴槿恵(パク・クネ)政権時代の2013年11月、中国のハルピンに初代総督・伊藤博文を暗殺した安重根(アン・ジュングン)の石碑建立計画が持ち上がった際に「我が国は安重根については犯罪者であることを韓国側に伝えてきた。石碑建立は日韓関係にとって良くない」と発言し、また、2か月後に石碑が建立され、同時に「安重根記念館」が開館した時も「安重根はテロリスト」と発言し、韓国の反発を買っていた。
当時、韓国は保守政権だったが、外交部は「歴史の良心に目をつぶる日本の官房長官を糾弾する」と題したスポークスマン談話を発表し、「日本政府の立場を代弁する官房長官なる人物がそうした没常識かつ没歴史的発言をしたことに驚愕に絶えない」と菅氏を批判していた。
安重根は韓国では「愛国義士」「独立闘士」として英雄視されている。尹大統領もその例に洩れない。大統領選挙期間中には独立運動家らが祭られているソウルの孝昌公園を訪れ、安重根の写真の前で記念写真を撮っていたほどだ。
10年前の発言で記憶にないのか、それとも知らぬふりをしたのか、誰も問題視する人物はいなかった。韓国のメディアもしかりで、過去の発言を取り上げたメディアは1紙もなかった。幸いにも菅氏もマスコミの質問攻めにあうこともなかった。
そういえば、尹大統領は菅訪韓の約3週間前にソウルを再度訪れた自民党の麻生太郎副総裁と大統領公邸で夕食を取りながら和気あいあい会談していた。
尹大統領は麻生氏に対して「両国民間交流の枠組みによる友好協力事業を先頭に立って引っ張って欲しい」と要請していたが、日韓協力委員会の会長を務める麻生氏もまた、韓国内ではそれまで「反韓人士」の烙印を押されていて、あまり評判が良くなかった。そのことは麻生氏が2008年9月に総理に就任した際の韓国メディアの紹介記事をみれば一目瞭然だ。
当時、「聯合ニュース」は「日本の植民地時代、麻生氏の父親が経営する炭鉱で朝鮮半島出身者が多数働いていた」との記事を配信し、また、「国民日報」などはズバリ「父親は日帝占領時代、1万余名の朝鮮人徴用者を連行した九州の麻生炭鉱の社長だ。 麻生は『創氏改名は朝鮮人が求めたもの』などの暴言により対外イメージが悪い点が指摘されている」と好き放題書いていた。
中には「麻生氏は2005年5月の英国のオックスフォード大学での講演では『戦後の日本は経済再建が最優先目標だったが、 幸いにも朝鮮半島で戦争が起き....』と隣国の惨憺な戦争の苦痛を省みない発言を行なったこともあった」と、報じたメディアもあった。
尹大統領がこれまで韓国で「問題政治家」と揶揄されていた自民党の実力者2人を熱烈歓迎したことは尹政権が歴代の保守政権や革新政権とは異なり、「過去」を問わない、まさに「未来志向」の政権であることを端的に物語っている。そこには対外関係を好転させるためにはかつて日韓国交正常化のため「嫌韓派」で知られていた大野伴睦自民党副総裁の訪韓を招請したように立場を異にする政治家と関係を結んだほうが良い結果を生むとの歴史的教訓が働いているようだ。
思えば、尹政権が発足した1か月半後の昨年6月23日に「『日韓の懸案』では扱い易い尹錫悦政権 あれもこれも押せば必ず折れる」との見出しの記事を載せたことがあった。
「あれもこれも押せば(尹政権は)必ず折れる」と書いた根拠は簡単な話が、尹政権が「反日」でなく、「親日」政策を取ると読んだからである。
尹政権の外交政策は文在寅(ムン・ジェイン)前政権ができなかったこと、やらなかったこと、あるいは逆のことをやることをモットーとしていた。換言するならば、対日政策では文前政権が強硬ならば、融和で、「反日」ならば、「親日」で対応することであった。
この1年を振り返ると、日韓関係は予測したとおり、日本にとっては実に好ましい方向で推移している。
何よりも綱引きを演じていた元徴用工問題では▲日本企業の資産を現金化しない▲韓国が元徴用工への補償は韓国財団が代位弁済する▲日本への求償権を行使しないなど日本が求めていた解決策を示してきた。
ホワイト国(輸出優遇国)からの除外についてもWTOへの提訴を取り下げ、韓国が先行し、日本を「ホワイト国」に再指定する措置を取った。
機能不全に陥っていた「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)も尹政権は正常化することを日本側に正式に通知し、文前政権が反発していた「旭日旗」の問題でも容認し、旭日旗(自衛艦旗)を掲げて日本の海上自衛隊の護衛艦「はまぎり」を釜山港に迎え入れていた。
東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出問題でも「時間をかけてでも国民を説得する」と日本に誓うほど、受け入れに前向きである。
福島など東北・関東8県の水産物輸入規制問題も今は世論を気にして、解除に慎重な姿勢を見せているが、日韓首脳会談で岸田首相から、また日韓議員連盟の役員らとの会談で額賀福志郎会長(当時)から禁止措置の撤廃を強く要請されていることもあって国際原子力機関(IAEA)の最終報告で福島原発処理水の「安全」が担保されれば、そのうち受け入れることになるであろう。
日本の大使館前、あるいは釜山領事館前に設置されている慰安婦像も来年4月の総選挙(国会議員選挙)で与党が過半数を取れば、おそらく撤去することになるであろう。どうやら尹大統領の任期中に領土(竹島)問題以外は解決できない日韓の「懸案」はなさそうだ。
それもこれも、尹大統領が歴代大統領の中で朴正煕(パク・チョンヒ)、金大中(キム・デジュン)元大統領らと並ぶ3本の指に入る「親日大統領」であるからだろう。