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一頭のジャージー牛×シェフ×ワイン×地域――。二度と体験できない奇跡の一夜のこと。

松浦達也編集者、ライター、フードアクティビスト
愛好家垂涎。函館「農楽蔵」の蔵出しワイン。

同じ個体の肉をジャンル違いの3軒で食べることの意味

3月末、北海道は日高山脈の麓にある駒谷牧場で育てられたジビーフのレラ(ジャージー牛)をいくつかのレストランで、何人かのシェフが調理する会が行われました。

初日の十勝のフレンチ「マリヨンヌ」ではロースを中心にフレンチの技法が凝らされた肉を堪能し、2日目は駒谷牧場を訪れた後、「春華楼」にて、春華楼(帯広)の鈴木シェフが作る帯広中華、雲蓉(東京・吉祥寺)北村和人シェフの四川中華、東京夜市(東京・駒沢)平野鉄夫シェフの広東中華という3人のシェフが組み立てた、内蔵を含む様々な部位の料理をいただきました。

そして3日目、滋賀の精肉店「サカエヤ」の新保吉伸さん、京都の料理店「草喰なかひがし」の中東久雄さん、北海道のフードプロデューサーの北村貴さんとともに帯広から函館に移動して、北海道最後の夜へと向かいます。

レラを食べる会の第3回目は、函館の名店「Colz(コルツ)」で行われることになっていました。

「帯広から函館に移動して」とさらっと書きましたが、北海道はコピーライターの真木準さんが「でっかいどお。北海道」と表現した土地。道東の帯広と道南の函館は陸路で向かうと延べ500kmほどの距離にあり、夕食を函館で食べるには、(同じ道内とはいえ)昼には帯広を出発しなければなりません。

12時57分、帯広発の特急「おおぞら6号」札幌行きに乗り込みます。新保さんたちは市内のインデアンカレーで昼食をとってから、僕は帯広図書館で地域の歴史を調べてから車両に乗り込みました。

地方の図書館は地域の歴史や情報の宝庫。そこにしかない資料がある。
地方の図書館は地域の歴史や情報の宝庫。そこにしかない資料がある。

「ドゥロロロロ……」というエンジン音とかすかなオイル臭からして内地の特急とは別物です。実は特急おおぞらのような100km超のスピードが出るディーゼル特急は世界的にも珍しい存在だそう。非電化の長距離列車はディーゼル機関車が客車を牽引する方式がほとんどで、この列車のように客車の床下にも原動機を備え、高速で走ることのできるディーゼル特急は……という話は本筋からずれるのでまたどこかの機会に。

JR北海道の特急おおぞらは旅情も豊かなディーゼル特急。
JR北海道の特急おおぞらは旅情も豊かなディーゼル特急。

ともあれ、帯広からディーゼル特急に揺られて2時間30分かけて南千歳へ。そこから快速エアポートに乗り換えて新千歳空港を経由し、プロペラ機で函館空港へとひとっ飛び。南千歳で特急北斗に乗り換えるという手段もあったのですが、陸路では合計5時間以上、移動の車内に座りっぱなしということで(ベテラン陣への配慮もあって)、飛行機での移動となったわけです。

新千歳から函館までの所要時間は35分。中央線(快速)で東京→三鷹間の所要時間に近い。
新千歳から函館までの所要時間は35分。中央線(快速)で東京→三鷹間の所要時間に近い。

実はコルツに着くまで、僕は函館の会はどなたがいらっしゃるのか、把握していなかったのですが、伺ってみて驚きました。

生体の牛に関わった人ちとともに食べる意味

コルツのドアを開けるとまずいらっしゃったのはせたな町の牧場主、村上健吾さんご一家。村上牧場は映画「そらのレストラン」のモデルとなった牧場で、家族で牛の面倒を見ておられる酪農家。レラが生まれたふるさとでもあります。お子さん含め、ファミリーでのご参加です。

同様に一家でご参加されたのは自ら土地を開墾し、傾斜地を放牧地として山羊を育て、その山羊自身のレンネットで山羊のチーズを作っている山田農場チーズ工房の山田圭介さんもご一家で参加です(ちょうど春休みだったので、知る人ぞ知る三重県の愛農高校に通うお子さんも参加)。

昨年、山田農場を取材させてもらったときの山羊。傾斜地なのに力強い(グイグイ近寄ってきて僕の服をもぐもぐ……)
昨年、山田農場を取材させてもらったときの山羊。傾斜地なのに力強い(グイグイ近寄ってきて僕の服をもぐもぐ……)

そしてこの日のペアリング用のワインはすべて農楽蔵でそろえられました。いまや道内、というか函館でもなかなか口にすることのできないナチュラルワインの銘醸蔵です。コルツの秘蔵に加えて、農楽蔵の佐々木佳津子さんのお持ち込みとは、なんと贅沢な……。以前にもアンガスのジビーフとのペアリングをされたとき、事前にかなり綿密に相談されたと佐藤雄也シェフから伺っていましたが、この日提供されたのはまさに蔵出しのとんでもないワインばかり。たぶんこんな夜は一生にこれ一度きりでしょう。ああ、すごかった……。

もちろん駒谷牧場の西川奈緒子さん、獣医の夫・雄三さんも様似から駆けつけ、帯広から僕と一緒に移動した新保さん、中東さん、北村さんという15名で北海道レラツアー最後の晩のディナーがスタートします。

会は草喰なかひがしの大将、中東久雄さんの「どうも、乾杯屋でございます」という恒例のあいさつから始まりました。

京都の名店「草喰なかひがし」の大将、中東久雄さん。
京都の名店「草喰なかひがし」の大将、中東久雄さん。

コルツは一般的にはイタリアンとして認知されていますし、佐藤シェフの料理のベースは確かにイタリアの料理です。しかしいまのコルツは、地の素材に対してイタリア料理のアプローチを使ったメニューを展開していて、もし函館がイタリア21州目だったら……と想像してしまうような地の素材とワインをシェフ独特の感性で調えた料理が繰り出されます。

他では味わうことのできない料理が持つ意味

この日の最初の料理は、マルケ州の伝統的なトウモロコシの手打ちパスタ(Cresc Tajat/クレスク タィヤット)。常温10年熟成の神亀の酒粕、干したナス、レラのスジを合わせたソースで。レラのスジは全体の味を底上げする脇役ですが、ときどき顔をだしては「いますよー!」と主張するかのような味わいです。

トウモロコシの手打ちパスタ。酒粕、干したナス、ジビーフ(ジャージー)のスジを合わせたソースで。
トウモロコシの手打ちパスタ。酒粕、干したナス、ジビーフ(ジャージー)のスジを合わせたソースで。

ありがたいことに僕の席は村上さんのお隣。お料理やワインの合間に、村上牧場の話をあれこれ聞かせていただきました。

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編集者、ライター、フードアクティビスト

東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども。新刊は『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)。他『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(マガジンハウス)ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストなど多様な分野のコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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