知られてほしいけど知られていない 性暴力被害に遭ったときの法的支援
「知人が性暴力に遭った。詳しい弁護士さんを知りませんか?」
ときどき、筆者の元にそんな相談が持ち込まれることがある。性暴力の被害に遭ったとき、各都道府県にある性暴力ワンストップセンターや被害者支援センターに相談すれば、対応に長けた弁護士を紹介してもらえることがある。
そのような紹介がなければ、一般の人にとって「弁護士への相談」は少しハードルが高く感じるだろう。また、弁護士というと「加害者弁護」のイメージが強く、犯罪被害に遭った側が弁護士に相談する必要を知らない人もいる。しかし、被害者への法的支援は、医療支援・心理面での支援と同じく必要なことだ。
内閣府調査(平成29年度)では、女性の13人に1人、男性の67人に1人が、「無理やり性交などをされた経験がある」と答えている。性暴力被害は決して他人事ではなく、誰もが相談先などを知っておいた方が良い。
犯罪被害者支援に取り組む弁護士のひとり、小野章子さんに、性暴力被害者に対する法的支援の必要性などについて話を聞いた。
■なるべく早い段階で相談を
――痴漢や強制性交など犯罪被害に遭ったときに、すぐに「弁護士に相談しよう」と思う人はまだ少ないかもしれません。しかし、警察に相談した際にきちんと取り合ってもらえず、弁護士が同行したら被害届を受理してもらえたというような話はたまに耳にします。
小野章子さん(以下、小野):そうですね。起訴されて、加害者側の弁護士と少しやり取りをしてから相談に来られる被害者の方が多いのですが、なるべく早い段階で来ていただいた方が良いと思います。
――犯罪被害者が弁護士をつけることを知らない人もまだ多いのではないでしょうか。
小野:弁護士と聞くと、「闘う」とか「相手に、より高い金額を請求する」とか、そういうイメージがあるのかもしれませんね。
もちろん、そのような対応が必要な事件もたくさんありますが、被害者側の代理人弁護士としては、まずは「相手の主張を聞くのもつらい」「相手と連絡を取るのもつらい」という状況の間に入ることが大事だと思っています。
そして、弁護士が入ることによって、感情的な衝突を避けることができ、より早く、より穏やかに事件が解決することも多いです。
「おおごとにしたくないから弁護士は……」と仰る人もいますが、おおごとにしたくないからこそ弁護士に頼む方法もあると知っていただきたいです。
■貯金300万円以下なら利用できる「委託援助制度」
――金額面での不安がある人もいると思います。
小野:一定の犯罪の被害者の方やそのご親族、ご遺族の方のために、日弁連の委託援助制度があります。預貯金300万円未満なら、着手金をお手元のお金から出す必要がない。
示談の結果、事件の内容に比べてかなり大きな金額のお金が入ってきたという場合等以外は、着手金の返還が免除されます。
その場合、被害者の方にお支払いいただくのは成功報酬のみですが、成功報酬は、実際にお手元に渡ったお金の一部をいただくものですので、「赤字」になってしまうことは絶対にないわけです。
――その制度はもっと知られてほしいですね。
小野:弁護士の中でも知らない人もいて、「他の弁護士さんに聞いたら着手金だけで2~30万円かかると言われた」という人も。
警察の中でも被害者代理人の活動をよく知って下さっている人とそうでない人がいて、制度を案内して弁護士への依頼を勧めてくれる人もいれば、被害者に対して「弁護士さんに頼むと高いからね」「弁護士は結局、被疑者や被告人の味方だから」と言ってしまう人もいる状況です。
委託援助について詳しくはこちらも→犯罪被害者法律援助(日本司法センター法テラス)
■被害者に対する国選弁護の充実を
――加害者には国選で弁護士がつきますね。
小野:はい。被害者に対しても、裁判が決まって被害者参加制度を利用できる段階になれば、国選で代理人弁護士をつけられます。
でも、性犯罪で被害者参加まで至る事件は多くありません。
多くの事件は、起訴されるかどうかという状況で、被害者が加害者側の弁護士とやり取りします。本来は、そこの段階での弁護士費用も国から支払われるべきではと。
被害者に対してその部分の国の制度がないから、日弁連が(弁護士から徴収している弁護士会費から)いわば身銭を切ってやっているものです。本来は国がやるべきものだと思います。
――起訴されるかどうかの段階でも被害者側に弁護士が必要というのは、すごくわかります。
小野:加害者の方には初期の段階から弁護士がついて、被害者側に弁護士がつくのが遅い場合、その間の強引な弁護活動で傷つく方が結構いるなという印象があります。
示談を拒む被害者に対して、加害者側の弁護士が「あなたはどれだけ(加害者を)苦しめようと思っているの」と言ったり、「いくらなんでもふっかけすぎですよ」とせせら笑ったり。
――暴言では。
小野:被害者の「適正な処罰を求めたいだけです」という発言を逆手に取って、「厳罰を望んでいるわけではないんですね」と伝えてきた、というケースもありました。そのまま被害者側に弁護士がつかなかったら、宥恕(ゆうじょ)という「加害者を許す」といった内容のある書面にサインをさせていたのではないかな……と思ってしまいます。
――加害者側の弁護士さんももちろんお仕事だと思うのですが、だからこそ、被害者にも弁護士が必要だなと感じます。
小野:そうですね、もっと早く盾になってあげたかったと思うケースは結構あります。
■外国人労働者の現実を目の当たりにしたことがきっかけ
――被害者支援に携わる弁護士さんの割合はそれほど多くはないと思います。小野さんが志したきっかけを教えて下さい。
小野:弁護士になった時点で、支援側の弁護士になることは決めていました。遡れば小学校のとき、制服で電車通学をしていて、痴漢に遭っても誰も守ってくれない憤りとか、小さい頃からいろいろあったと思います。
具体的なきっかけとしては、学生時代に通訳ボランティアをしていたときの経験があります。外国人労働者が会社からちゃんとした機材の扱いの説明を受けていなくて、指を切断してしまう事故があったんですね。
被害に遭っているのに、「日本で働くのに日本語を話せないのが悪い」というような扱いをされて、会社側には弁護士がついているのに、この人を守ってあげている人は誰もいないという状況を見て、おかしいなと思いました。
裁判官や検察官を目指すことも考えましたし、いずれの仕事にも非常に魅力を感じていましたが、被害者の事件という観点では、検察官だと検察庁まで、裁判官だと裁判所までいった事件しか見ることができない。
弁護士なら、もっと多くの人に直接関わって、力になることができるのではないかと。弁護士になってすぐ、所属している第一東京弁護士会の犯罪被害者に関する委員会に入りました。
――委員会活動はどんなものなのでしょう。
小野:弁護士会の中にはたくさんの委員会があり、私も複数の委員会に入っているのですが、犯罪被害者に関する委員会では、被害者の支援弁護士が集まって、被害者の方のための電話相談を運営したり、どんな風に弁護したらいいかを話し合う場や研修の場を設けたり、大きな事件や問題が起きたときには、弁護士会として声明を出すことを会に要請したりしています。
■取り残されている被害者支援制度
――先程も少しお話に出ましたが、犯罪被害者を守る国の制度は、充実しているとは言えない状況があるなと感じています。
小野:犯罪被害者給付金はありますが、安心して生活できるほどの額ではありません。
被害に遭って病院に通わなければいけないとか、仕事を続けられなくなった、引っ越しを余儀なくされた、そういった被害に見合った弁償がされるかといえば、ほとんどの場合が難しい。加害者側にお金がなければ、仮に勝訴判決を得たとしても、回収できません。
海外では、国が立て替えて支払い、あとから国が被告人に請求するという仕組みを取る国もあります。本来そうするべきではないかと考えます。犯罪が起こるのは治安の問題、国の責任です。
――被害に遭った人の自己責任にされる風潮すらあります。
小野:私が出会ってきた被害者の方は、みな、被害に遭ったことについて、何ら自己責任の要素はありませんでした。弁護士として、おかしいと声を上げなければいけないところです。
――被害者支援はお金にならず、それが原因で続けられないという声も聞きます。
小野:それは本当にそのとおりです。私自身は、必修だった新人研修以外で被疑者・被告人側の弁護を担当したことがありませんので、詳しいことはわからないのですが、先輩の弁護士からは、特に私選では、被疑者・被告人側に比して被害者側の弁護はあまりに割に合わないというお話もよく伺います。
どんな弁護活動でも一定程度そういう面はあると思いますが、被害者の弁護は、法的な側面以外に配慮しなければならないことが非常に多く、また、被害者を支援できる他職種の専門家も不足しているため、弁護士が事実上引き受けざるを得ない支援の幅が広くなりがちです。
被害者の方は、精神的に非常に苦しい状況にあり、私自身、依頼者が自殺企図をなさった案件を何度も経験しています。事件のことを思い出させてしまうことを考えると、ご連絡の方法やタイミングにはとても気を使い、支援団体や医療機関等との連携も密に図る必要があります。
DV被害者の方の場合等は、身の安全の確保のために考えなければならないことも多いですし、離婚など、刑事事件以外の法律問題を同時に抱える依頼者も多くいらっしゃいます。
精神的にも、実働の時間としても、割かなければいけないものがたくさんありますが、被害に遭い、日常生活もままならない状況の被害者の方は、お仕事に出られなくなり、経済的に困窮されていることが多いです。
被害を周囲に打ち明けることができていない方も多いため、経済的な援助を受けることもままならない。そんな方から、多額の弁護士報酬はとても取れません。
私は、数多くの被害者支援に携わることで、「弁護士になって良かった」と思える瞬間もたくさん体験できていて、今後もずっと続けていきたいという思いでいますが、そういう個人個人の「やりがい」に頼る構造では、被害者支援を扱う弁護士は増えていかないと思うんです。
これは、弁護士だけでなく、被害者支援に関わる他職種の団体からもよく聞かれることです。被疑者・被告人のための各種制度に比して、被害者のために使われているお金はあまりに少なすぎると感じますので、人材育成や支援の継続のため、もっと公的な資金を充実させるなどの必要性をアピールしていかないといけないと感じています。
■エビデンスに基づいた被害者支援に取り組みたい
――DVや性被害の相談を受けるときに気をつけていることを教えてください。
小野:都民センターのスタッフの方など、他の分野の専門家とも連携を取って、意見を伺いながら進めるようにしています。
「自分が悪い」という被害者の方や、被害者が年少者の場合は「娘も悪かった」と言ってしまうご家族も多いので、「あなたは何も悪くない」「(家族に向かって)お嬢さんが悪いと思うべきことは何もありません」とはっきり伝えるようにしています。
今、被害者心理を学ぶために、東京大学の大学院で精神保健学を勉強しています。
――業務の傍ら、大学院で学ぶ理由は?
小野:被害者支援の経験を積むにつれて、自分の弁護士としての業務が、本当に被害者のためになっているのかと不安になる場面も出てくるようになりました。
被害者参加や民事訴訟について、「ぜひ頑張りたい」と話す被害者の方をそばで見ていると、本当に今事件の記憶に向き合っていただくことが必要だったんだろうか、それで良かったんだろうか、と思うんです。
本当は、「今は無理に頑張らなくてもいいんだよ」と言ってあげた方がよかったのかな……とか。
「何が正解かはわからないものだ」というのは簡単ですが、そうではなく、ちゃんと向き合いたい。被害者支援の分野でも、エビデンスに基づいた、より良い支援に取り組みたいのです。私はもともと理系だったので、医学研究科は特性を活かせる分野かなとも思っています。
【小野章子弁護士プロフィール】
東京大学教養学部理科二類修了後、法学部第一類卒業。中央大学大学院法務研究科法務専攻修了。2015年1月に弁護士登録。日本手話のほか、英語・フランス語・イタリア語・スペイン語・ドイツ語・中国語に堪能。学生時代はテレビやドラマでの役者経験も。文京湯島法律事務所
<性暴力・性犯罪被害に遭った際の相談先>
・性犯罪被害相談電話(全国統一)「#8103(ハートさん)」(警察庁) ※2017年8月開設
https://www.npa.go.jp/higaisya/seihanzai/seihanzai.html
http://www.gender.go.jp/policy/no_violence/avjk/pdf/one_stop.pdf
・被害者支援都民センターなど、全国にある犯罪被害者支援センターで性犯罪被害相談を受け付けている。
公益社団法人 被害者支援都民センター http://www.shien.or.jp/
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