特許出願の公開は「日本の特許制度の大欠陥」ではありません
「日本の特許制度の大欠陥、アイデアが世界中に流出する理由」なる記事が物議を醸しているようです。
何よりも最初に指摘しておきたい点は、当該記事は、末尾の「著者情報」に記載されている弁理士先生が書かれた記事ではないということです。その弁理士先生が書かれた『レシピ公開「伊右衛門」と絶対秘密「コカ・コーラ」、どっちが賢い?』という書籍の内容をライターさんが要約した記事です。flierというビジネス書籍の要約サービスのシンジケート記事のようです。
ライターさんが元書籍の内容を取捨選択して「要約」しているわけですが、ライターさんには知財のバックグラウンドがないようで、ちょっとバランスの悪い「要約」になっているように思えます。記事へのコメントを見ると「専門家である弁理士がこんな記事を書くとは..」といった論調のものが見られ、明らかに誤解をしている人がいるようです(私も最初に一読した時はそう思ってしまいました)。
【追記】本記事を理由としたものかはどうかはわかりませんが、当該記事のタイトルが「特許出願は両刃の剣、アイデアが世界中に流出する危険性」に変更されました。これによって少なくともタイトルによる誤解の可能性は減少したと思います。ところで、書籍要約サービス「フライヤー」(flier)の元記事には(書籍名以外の)タイトルは付かないようなので、旧タイトルはダイヤモンドオンラインの編集が付けていた可能性が大ですね(記事のライターさん自身も関与していない可能性もありそうです)。本記事の以下の内容は以前のタイトルに対するものです。
突っ込みどころはいくつかありますが、どうしても指摘しておきたいのはタイトルで、あたかも日本の特許制度に大きな欠陥があって発明の内容が全世界に公開されてしまうのかという印象を与えてしまいますが、そんなことはありません。
第一に、特許出願の内容が(出願から1.5年後に)公開されるのは日本固有の制度ではなく、ほぼすべての国で共通の話です。そもそも、他社のアイデアが公開されないまま特許化されてしまって、いきなり差止めや損害賠償請求をされたらたまりませんね(いわゆるサブマリン特許と呼ばれていたケースです)。
そして、本来的に特許制度とは発明(技術的アイデア)の独占の代償として、発明の公開を義務付ける制度です(発明を公開させるインセンティブとして一定期間の独占を許すと言い換えてもよいでしょう)。発明が公開されることで、それをベースにした新たな改良発明が促進されるという効果もあります。
元書籍の構成は、
1. 特許を取れれば技術的アイデアの摸倣が防げる
2. しかしその代償として出願内容が公開されることによるリスクがある
3. 上記のバランスを考えてアイデアを特許化するか秘匿化するかを決定すべきである
という風になっていると思われます。まともな企業であれば必ずやっているプロセスであって特別な考え方ではありませんが、その中で、2.だけを集中的に「要約」した結果、このようになってしまったと思われます。
私は直接は存じておりませんが、元書籍著者の弁理士先生にはお気の毒であったと思います。元書籍の方はAmazonでの評価も良好ですので、この機会に読んでみようと思います。(追記:読みました。従来のとにかく特許出願すればよいんだという方向性の書籍へのアンチテーゼとして上記の2.を厚めに書いてある本でしたが、この前提を無視して引用するのは誤解を招くと思いました。また、特許出願が公開されるのはほぼ万国共通であるとちゃんと書いてありますが(弁理士の書いた本なので当たり前ですが)それでこのタイトルを付けるのははやはりミスリーディングですね。一般論として、書籍の要約ってその分野全般にある程度の知識がある人でないと難しいのではないでしょうか?)