子どもを育む環境 囲碁界の「内弟子」
囲碁界のレジェンド、「名誉」称号を持っている棋士、小林光一名誉棋聖、趙治勲名誉名人、石田秀芳二十四世本因坊、林海峰名誉天元、大竹英雄名誉碁聖らは、子どもの頃、共通の体験をしている。
幼少のころ親元を離れて、師匠宅に「内弟子」として入り、修業時代を送っているのだ。
この内弟子制度によって、多くの子どもたちが育まれ、棋士へと成長している。
碁漬けの生活が送れる。ライバルが身近にいることで、切磋琢磨して成長できる等々、内弟子制度の効用は多くの棋士が認めるところ。
けれども近年では住宅事情もあり、内弟子をとれる棋士(師匠)も減ってきた。
相撲部屋は弟子がいると協会から援助があるが、囲碁界では内弟子をとっても、どこからもお金は入ってこない。すべて、棋士の気持ちひとつなのだ。
そんな中、志のある棋士が続けている。
現在、内弟子をとり、一緒に生活している石田篤司九段に話をうかがった。
師匠自身も内弟子経験者
石田九段は大阪府富田林の自宅で、現在、2人の小学生を弟子としてとっている。
1人は福岡県出身。プロを目指して親元を離れ、転校して石田九段の自宅で生活している。
プロ養成機関の「院生」の試合は、土日に行われており、そこに通うため、もう1人は土曜日だけ宿泊している。
子どもたちの生活全般のめんどうは、石田九段の母親と妻が担っている。
石田九段は、もともと子どもに教えるのが好きで、自宅で子ども教室をやっていたこともあった。
内弟子をとるようになったのは、石田九段自身、内弟子経験者だったことが大きい。師匠宅の3LDKのマンションで、師匠の家族と弟子、10人ほどで生活していた。
石田九段「内弟子は少なくともマイナスにはなりません。僕自身、一緒に生活するライバルがいたことがありがたかった。ライバルが勉強していたら、こっちは遊べませんから」
師匠宅にいれば、遊びにくい。怠け心を制することができるし、わからないことがあればいつでも質問できる。自身の経験からも、次世代を育てる環境には内弟子として生活させるのがいいと考えているのだ。
師匠への恩返しの意味も大きいという。
これまで石田九段は、2人の弟子をプロ棋士として誕生させている。
「吉川一(三段)と寺田柊汰(初段)は中学生のときから内弟子で来ていたので、何も言わなくても熱心に碁漬けの生活を送っていました。今いる子たちは小学生でまだ幼い。詰碁を出題するなど面倒を見ています」と石田九段。子どもの個性、性格に合わせて成長を見守っている。
石田九段の決意と方針
子どもを預かるときに、親と本人に必ず言うことがあるという。
「自分の子どもと思って育てるので、実子と同じことをします」と。
迷うことがあったら、自分の子だったらと考えて判断する。
そして、本人の意志を確認する。「まわりから言われたので」などとは一切言わせない。自分で決めたことは、誰のせいでもなく自分のせい。
これは、碁の本質につながることでもある。碁は自分で判断し、自分の着手に責任を持っていくゲームだ。
社会人としても恥ずかしくないよう育てることも大事だと思っている。碁だけ強くてもだめだ。
石田九段「今後、希望者がいればとって行きたいけれど、僕1人では無理。母や妻がギブアップするまではがんばっていきたい」
人間どうしの交流が大切
強い囲碁AIが登場し、囲碁を勉強する環境は激変した。
碁が強くなるには、それぞれ個人がパソコンに向かい、AIと打っていればいいというものでもない。
中国や韓国など、日本勢が遅れをとっている国では、トップ棋士たちが日頃から集まって研究している。
結局は、人間どうし集まって研究したり打ったりするのが、大切だということなのだろう。