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「虎ノ門ニュース」終了でどうなる右派動画業界~あっけない巨大右派番組の終焉と今後~

古谷経衡作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長
イラストはイメージです(提供:イメージマート)

 11月7日、DHCテレビの大看板であったネット番組「虎ノ門ニュース」(真相深入り!虎ノ門ニュース)が唐突に番組終了を発表。同18日の放送を最後に2015年の放送開始から約8年弱の歴史に幕を閉じた。

 同番組は右派系ユーザーから絶大な人気を誇り、概ね2015年~16年頃より右派動画業界でほぼ「一強」の座を築いてきた。まさにこの界隈に大帝国を築いたのが「虎ノ門ニュース」だったわけだが、その「虎ノ門ニュース」は何故「かくもあっけなく」終了したのか。併せて今後の右派動画業界の展望はどうか。

・オリックスによるDHC買収の衝撃

 前掲したように「虎ノ門ニュース」の終了は寝耳に水のことであった。勿論同番組の常連出演者には7日の発表よりも先に告知がなされていたはずだが、一部で漏れ出た部分はあるものの、全般的にかん口令があったのか否かは定かではが、少なくとも私を含む視聴者にとってはやはり唐突の報であった。このすぐ後の11月11日、オリックスがDHCを約3000億円で買収するという発表を行った。これによりオリックスはDHCの発行株式の過半を取得する予定で、DHC創業者で会長兼社長を務める吉田嘉明氏は退任する見通しである。

「虎ノ門ニュース」を製作するDHCテレビ(DHCテレビジョン)はDHCの100%子会社であり、DHCがオリックスに買収されるとDHCテレビの親会社も交代する格好となる。「虎ノ門ニュース」終了の直接的な理由はオリックスの買収によることは間違いない。

 DHCテレビは吉田会長兼社長の肝いりで始められたとされ、後述するように個別番組の規模感から言えば番組出演者の報酬をはじめ必要経費は相当に高い水準だったとされており、DHCテレビ単体としては恒常的な赤字を出していたと噂されている。無論、DHCテレビの製作番組の中ではDHC商品(主に化粧品)等の宣伝がなされていたが、それを以て根本的な赤字体質が覆ることは無かったと推察されている。よってオリックスにとってはDHCテレビは不採算子会社であるから、買収にあたって「整理」の対象になったことは経営合理性の観点から言って何ら不思議ではない。

 しかし11月21日現在では、DHCテレビの解散・清算等ではなく、あくまで「虎ノ門ニュース」の終了が先行的に発表されたのは不可思議である。単に不採算子会社の整理であれば、「虎ノ門ニュース」ではなくDHCテレビ自体の解散・清算等をするのが筋だと思われるが、先行的に「虎ノ門ニュース」の終了となった動きにはいささかの作為を感じる。DHCテレビ自体が今後どのような形になるのかの発表はまだ行われていない。

・右派動画業界の帝王の座に君臨した「虎ノ門ニュース」

「虎ノ門ニュース」は2015年に放送を開始し、たちまち右派動画業界の頂点に君臨した。2015年以前、右派動画業界の支配者は日本文化チャンネル桜(チャンネル桜)であった。2004年から放送を開始したチャンネル桜はCS(スカパー)を通じた独自の保守的番組を展開し、2008年頃よりCSで放送した番組等をそのままYouTube、ニコニコ動画等に転載することで瞬く間に右派系ユーザからの絶大な支持を確立した。現在では珍しいことではないが、私企業が組織的に、右派的な主張の番組を動画サイトに投稿することを日本で初めて行ったのがチャンネル桜であった。

 実はCSでの放送という点では、チャンネル桜よりもDHCテレビが先行する。DHCテレビは1996年からCS放送に参入しているので、約8年ほど先輩格にあたるが、当初DHCテレビは文化、教養番組を主体とした穏当なもので、これといった政治色は存在しなかった。DHCテレビが大きく転換したのは2014年。2022年11月4日付で退任したが、「名物社長」として知られた山田晃氏が取締役に就任。翌2015年からは番組内容を刷新して本稿の「虎ノ門ニュース」、後にBPO案件に発展して大問題になる「ニュース女子」など、濃い右派系の政治番組が続々と開始されるのである。

 チャンネル桜は独自の保守系CS番組として大きな支持を受けたが、DHCのように巨大資本が親会社として控えているわけではない。チャンネル桜の収益は、主に視聴者からの会員収入等によって賄われていた。私が聞いたところでは、チャンネル桜の1回あたりの出演料を1とすると、DHCテレビのそれは概ね5というころであった。当然それだけの格差があれば、出演者への訴求力と比例する。番組に出演できるだけの言論人等の数は限られている。当然1よりも5を出す局の方が影響力は大きくなる。

・「黒船」だったDHCテレビと「虎ノ門ニュース」

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イラストはイメージです提供:イメージマート

 右派動画業界にとってDHCテレビは「黒船」であった。巨大資本の本格参入は右派動画業界の勢力地図を塗り替えた。加えて、2012年末から発足した第二次安倍政権との距離感がモノをいった。DHCテレビ、とりわけ「虎ノ門ニュース」の常連出演者は安倍晋三元総理との個人的な関係性を強く構築していた人々が多かったのに対し、チャンネル桜は産経新聞、雑誌『正論』の人脈の中で間接的に自民党と関わりあう人々が多かったことが最大の違いだった。

 これはチャンネル桜の設立を支えた人脈の多くが、「産経・正論」系統の関係者だったことが関係している。対して「虎ノ門ニュース」は後発であるがゆえに、こういった保守業界の慣習を飛び越えて安倍氏とダイレクトに通交した。保守業界にはアカデミズムの分野で拓殖大学を頂点とし、全国紙では産経新聞、月刊雑誌では正論、政党では自民党清和会や旧民社党系、という精密な関係性の序列がある。

 安倍元総理は確かに清和会のプリンスと呼ばれたが、それよりも石原慎太郎氏、平沼赳夫氏、中山成彬氏、それに旧民社系の西村眞悟氏の影響力の蓄積が強く、保守業界、右派業界が必ずしも最初から安倍晋三氏を「強烈に贔屓」にしていたわけではない。これに対して「虎ノ門ニュース」の常連出演者の多くは、後発の強みを生かし、こうした旧態依然とした保守業界の「暗黙の序列」をすっ飛ばして安倍元総理との個人的な関係性を、他の保守勢力への忖度をすることなく行えたのである。

 2013年の参院選挙、2014年の衆院選挙で順当に勝利を収めた安倍政権がいよいよ長期政権を見据えるようになった時期と、「虎ノ門ニュース」の放送開始は重なっている。安倍元総理個人と親密な関係を有する事実を「虎ノ門ニュース」常連出演者がSNSなどに投稿する。その投稿がRTされ、雪だるま式で更にRTが増えていく。このような中で「現職総理と関係性が深い」人々が多く出演している「虎ノ門ニュース」の権威性は飛躍度的に増大し、ごく短期間で右派動画業界における頂点に君臨することに成功したのだ。

 一方、チャンネル桜は勿論2012年自民党総裁選(安倍VS石破)・同総選挙で安倍自民党を強く応援したものの、強烈な個人的関係性の構築には至っていない。その証拠に、安倍氏が総理大臣になって辞任するまでの間、彼は「虎ノ門ニュース」には出演しているものの、チャンネル桜への出演経験は一度もない。穿った見方だが、大資本がバックにいる「虎ノ門ニュース」の方が、出演に際しての効果が大だと判断したのではないか。

 そのような中、チャンネル桜は次第に反グローバリズムに転向し、アベノミクス三本の矢(特に構造改革路線)に反対の立場を鮮明にして第二次安倍政権とは距離を置く立場に変わる。

 一方、「虎ノ門ニュース」は完全に安倍氏と関係性を構築することに成功した。経済評論家の上念司氏が自身のユーチューブ番組で「あえて誤解を恐れずにいえば安倍政権とともに歩んだ虎ノ門ニュース」などと述べたが、まったくその通りだと思う。安倍元総理という巨大な権勢の存在が、「虎ノ門ニュース」を右派動画業界の帝王の座にのし上げ、巨大な帝国を形成するに至ったのである。

・オリックスの企業イメージにとってマイナスの判断か

 さて「虎ノ門ニュース」終了の背景に戻るが、その理由は冒頭に記した「赤字云々」以前に、まさしくこの番組が「安倍政権とともに歩んだ」と形容されるほど強烈な安倍応援団を形成し、政治的な前衛として余りにも強く認知されたからである。特定の政治家を言論人が個人的に応援すること自体は悪いことではないが、それをニュース番組として製作し、一応「報道」と謳う割には著しい政治的偏向が顕著であるのは、社会通念上「公正な番組」とはいいがたい。

 またすでに述べたように、DHCテレビの別番組「ニュース女子」はBPOから「重大な放送倫理違反」等を指摘され、21年には番組自体が消滅した。更に市民団体から訴えられた上にDHCテレビ側は裁判所から550万円の賠償命令が出されている。

 このような「大きな偏向と認められる」番組群をオリックスが企業倫理の観点からその継続を許容しないのは当然であり、番組終了の背景は採算の問題よりもこちらの問題の方が大きいと推察できる。海外でも多角的に事業を展開するオリックスが「虎ノ門ニュース」の継続を承認して企業イメージにマイナスになることはあってもプラスになることはほとんどないと思われるからだ。

「虎ノ門ニュース」終了の実相には、経営合理よりも企業ブランドへの毀損問題にこそある、とは容易に考えられる。買収発表の前に鬼門である「虎ノ門ニュース」の最終的な筋道のシロクロを急ぎつけたかったのが買収側の本音ではないだろうか(買収発表の後だと、批判に屈したり、世論に忖度した結果と思われるリスクがあるからだ)。

・右派動画業界の今後は

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 永らく右派動画業界の帝王の座に君臨した「虎ノ門ニュース」の終了により、この業界の勢力地図の中に巨大な空洞が生まれたように思える。しかしながら実際は、保守系言論人のプラットフォームとして「虎ノ門ニュース」は大きく機能したが、常連出演者は従前から個々人でユーチューブ番組を持っていることが多く、「虎ノ門ニュース」の消滅がイコールこの業界の巨大な整理統合に至るとまでは思われない。

 とはいえ「虎ノ門ニュース」の果たした役割はやはり絶大である。DHCという巨大資本がバックに居たからこそ、大きな政治力が集積されたのは事実だからだ。幾ら個々の出演者が個人でユーチューブ番組を持っているからと言って、完成したブランドである「虎ノ門ニュース」ほどのプラットフォーム性を有すことはないだろう。

 DHCとはまったく別の大資本が「虎ノ門ニュース」と類似の右派動画番組を事実上の後継としてスタートするメリットも薄い。繰り返すようにDHCテレビの制作した番組群にこれだけ訴訟が相次ぎ、社会的に大きな問題と認定された以上、この手の政治的偏向が強すぎる番組プラットフォームの開拓に手をあげる経営者は余程のことがない限り出てこないだろう。

 オリックスの買収によって大きな経済メリットを手にするだろう吉田会長が、来年以降新会社を作って「虎ノ門ニュース」の後継番組を展開する可能性もささやかれているが、そのような構想があるのなら既に常連出演者にも何らかの打診・相談があるはずであり、私の観測範囲ではそのような動きは無い。現時点では「虎ノ門ニュース」の復活はほぼ無いと考えてよいかもしれない。無論情勢は流動的ではある。

 そもそも、現職の総理大臣が特定の政治的主張を限りなく純化させた番組に精力的に出演するという事実自体が特異なことであった。「虎ノ門ニュース」は第二次安倍政権が安定軌道に乗った2015年~安倍氏が辞任する2020年、そして菅・岸田両内閣の2022年までの「極めて特異な状況」の中でだけ成立しえた番組といえる。

「虎ノ門ニュース」の終了によって右派動画番組業界は2015年以前の状況に戻った。つまり個人のユーチューブ番組や、中小企業の経営者による篤志的なオピニオン番組、雑誌や書籍の宣伝と一体をなす中小出版社の宣伝兼務のチャンネル、などの乱立状態に戻るということである。

「虎ノ門ニュース」という巨大帝国が崩壊し、地方の実力者がそれぞれの在地に群有割拠し小さな土地や利権をめぐって小競り合いを繰り返す―。本来そんな姿が「ふつう」だったはずの右派番組業界に回帰していくだろう。

 そしてローマやモンゴルといった大帝国がそうだったように、権勢を誇った帝国は必ず瓦解する。「虎ノ門ニュース」という帝国はほんとうに「あっ」という間に終わってしまった。これだけは流石に予想外だったが、権勢が永続することのほうがありえないイレギュラーだ。

 そして一度崩壊した帝国がそのままの姿で後年再建された事実は存在しない。されるとしたら、本稿執筆時点の私でもまるで想像がつかないような、「かつての大帝国の正当な末裔」を名乗るが実際にはまったく別種の帝国が新設される未来であろう。私の警戒感はむしろ将来におけるそうした類の、異形の帝国の新造である。(了)

作家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長

1982年北海道札幌市生まれ。作家/文筆家/評論家/一般社団法人 令和政治社会問題研究所所長。一般社団法人 日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。テレビ・ラジオ出演など多数。主な著書に『シニア右翼―日本の中高年はなぜ右傾化するのか』(中央公論新社)、『愛国商売』(小学館)、『日本型リア充の研究』(自由国民社)、『女政治家の通信簿』(小学館)、『日本を蝕む極論の正体』(新潮社)、『意識高い系の研究』(文藝春秋)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり』(晶文社)、『欲望のすすめ』(ベスト新書)、『若者は本当に右傾化しているのか』(アスペクト)等多数。

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