悠久のインドから世界へ。モヒニ・デイが奏でる低音ベース・ジャーニー【後編】
初のリーダー・アルバム『モヒニ・デイ』を2023年11月に発表したインド出身の女性超絶テクニカル・ベーシスト、モヒニ・デイへのインタビュー後編。
前編記事では彼女の生い立ちや音楽的影響について訊いたが、後編ではアルバムの音楽とメッセージ性についてさらに掘り下げ、彼女の向かう未来について語ってもらおう。
モヒニの御尊父スジョイ・デイさんがお亡くなりになりました。謹んでご冥福をお祈りいたします。
<私は肉食オンリー。野菜は嫌い>
●あなたのお名前の正確な発音を教えて下さい。
“モヒニ・デイ”よ。父方の“デイ”も母方の“バナジー”もベンガル系の名字だからよく「コルカタ出身?」って言われるけど、生まれも育ちもムンバイだし、日常の生活もムンバイ式だわ。ただ、この名前のせいでベンガル州にファンが多いというのも事実ね。インドはそれぞれの都市が別の国家みたいなもので、ムンバイではマラーティ語、ベンガルールではテルグ語...民族・文化・食べ物など、すべてが異なっているのよ。多民族国家で、北部に行くと日本人みたいな人々もいるわ。
●アルバムのCDブックレットにはあなた自身による全曲解説が付いていて、「カラード・ゴッデス」が人種問題、「エモーション」がジェンダー問題をテーマにしていると記されていますが、社会的メッセージをインストゥルメンタル音楽に込めるのは困難を伴いませんか?
私はインストゥルメンタル音楽を聴いて育ったし、そういう曲を書くのが自然だった。音楽で自分のストーリー、自分のメッセージを伝えたかったのよ。歌詞はないけれど、魂で感じて欲しいと思った。でも、より判りやすいように、ブックレットに解説を付けることにしたのよ。音楽を聴くだけでも楽しめると思うけど、補足説明があればより深く感じることが出来るからね。
●「ミート・イーター」に関する解説で「肉が好きで、野菜は食べない」と書いていたのに少々驚きましたが...。
うん、私は肉食オンリーで、野菜は嫌いなのよ。口にしてもすべて吐き出してしまうわ。アレルギーに近いものかも知れない。次回作のアルバムに「エヴリシング・カムズ・アウト」という曲を入れるかもね(苦笑)。
●日本の若い女性ファンにも肉食主義を勧めますか?
いや、別に「野菜を食べずに肉を食べよう」と布教しているわけではないわ。それぞれ自分に合った食生活をして、食べたいものを食べればいいと思う。ベジタリアンだってヴィーガンだって、その人がハッピーだったら素晴らしい。「ミート・イーター」はひとつの象徴であって、誰もが過去や周囲の慣習などに囚われることなく、人生において自由な選択をするべきだというメッセージが込められているのよ。
●ロン“バンブルフット”サール、ガスリー・ゴーヴァン、サイモン・フィリップス、マルコ・ミネマン、ナラダ・マイケル・ウォルデン、リズム・ショーなど、アルバムには豪華ゲストが参加していますが、彼らとはどのようにして繋がったのですか?共演はどのようなものでしたか?
イベントのバックステージで知り合ったり、知人経由で紹介してもらったり、いろいろね。Instagramで“いいね!”してくれて、後で直接会った人もいた。スケジュールの問題などでアルバムには参加してもらえなかったけど、CDブックレットにはジェフ・バーリン、マイク・ポートノイ、ジョーダン・ルーデス、ポール・ギルバートと一緒に撮った写真も載せているわ。今回はコロナ禍の影響もあってリモートでトラックを送りあって作ったけど、次回は同じスタジオでジャムをしながら作っていきたいわね。彼らのことをもっと人間として知りたいと思っている。
●日本盤CDにはボーナス・トラック「キャン・ユー・フィール・ミー?」が収録されていますが、どのような性質の曲ですか?
「キャン・ユー・フィール・ミー?」はB'zとの日本ツアー中に書いた曲で、シングルとして発表したのよ。アルバムより前に出した曲で、ヴォーカルが入っていたり、異なったスタイルだわ。スティーヴ・ヴァイ、ジョーダン・ルーデス、マーク・ハートサッチをフィーチュアしていて、自分のまた異なった側面を表していて気に入っている。
●この曲では見事なヴォーカルを聴かせていますが、今後シンガーとしての道を追求する意思はありませんか?
興味がなくはないけど、自分が求めるレベルのヴォーカルを修得するには相当なトレーニングが必要だし、レッスンも受けねばならない。それには時間が足りないのよ。私は曲を書いてプレイして、ビジネスの打ち合わせをして、YouTubeの映像コンテンツを編集して、ファッション・デザインもやっているし、俳優業にもチャレンジする。さっきも言ったけど自分が聴いて育ったのはインストゥルメンタル音楽だし、これからも中心となるのはインストだと思う。だから歌うのはヴォーカル・トレーニングにまとまった時間を取れるようになってからの話ね。
<真の意味でプログレッシヴな音楽をやる。可能性はエンドレス>
●アルバムで弾いたベースを教えて下さい。
マヨネス(Mayones)の“Comodous Classic 5st”5弦ベースを弾いたわ。メインで弾いたのはストック通りアギラーのピックアップを取り付けたベースだけど、『ハッピー・トゥ・スラップ・イット』ではMusashiプリアンプを搭載して、よりパワフルなサウンドが出るようにしている。曲ごとに持ち替えるのではなく、お気に入りが1、2本あればそれでけっこう満足なのよ。
●最初は4弦ベースを弾いていたのですか?どのように5弦ベースに転向したのですか?
3歳で初めてベースを手にしたのは父のフェンダー・ジャズ・ベースだったし、4弦が当たり前なんだとずっと思っていた。それからずっと4弦を弾いてきたけど、12、13歳のときコートの“A5”5弦 ベースを弾いてみて、自分の求めるスタイルにしっくりすることに気付いたのよ。それから父の友人がウォリックの5弦を薦めてくれて、何回かライヴで弾いてみたけど、重くてネックも太いんであまり気に入らなかった。しばらくアイバニーズの“SDGR” を弾いた後、マヨネスをメインで弾くようになったわ。
●6弦ベースを試したことはありますか?
何度か弾いたことがあるけど、とにかく重いのとネックが太すぎるので、あまり気に入らなかった。自分が求める音楽性は5弦ベースで事足りるし、そのまま5弦を弾いているわ。
●スージー・クアトロの昔から、女性ベーシストは音楽シーンの最前線で活躍してきました。タル・ウィルケンフェルド、ロンダ・スミス、ミシェル・ンデゲオチェロ、ゲイル・アン・ドーシー、タニヤ・オキャラハン、またショーン・イズールト、メリッサ・オフ・デ・マー、ダーシー・レッキーなど数多くの女性ベーシストがいる中で、影響を受けた人はいますか?自分が女性ベーシストとしてどのようなポジションにあると考えますか?
ベースの技術に性別は関係ないわね。私が今のポジションにあるのは女性だからではなく、ハード・ワークによって掴んだものだった。“インド初の女性ベーシスト”だといわれても、そもそもインドはベーシストの数が少なかったし、ピンと来なかった。でも自分に影響されて多くの女子がベースを始めるようになったと言われると、すごく嬉しいわね。素晴らしいことだと思う。「自分は女性だから...」と躊躇せず、あらゆることに挑戦して欲しい。男女問わず刺激的なプレイヤーが登場してくるのを期待しているわ。
●ファースト・アルバムが出たばかりですが、新曲などは書いていますか?
次のアルバム用の曲を書いているところよ。『モヒニ・デイ』と同様、私の音楽であることは変わりないけど、さらに新しい要素を取り入れていきたい。ブラス・セクションを入れたり、ディジリドゥを取り入れたりしても面白いと思う。真の意味でプログレッシヴな音楽をやるつもりよ。可能性はエンドレスね。
●現在の音楽シーンで他に“プログレッシヴな音楽”をやっているのはどんなアーティストですか?
アニマルズ・アズ・リーダーズやポリフィアはあらゆるスタイルを取り入れながら進化していくという点で、プログレッシヴだと思う。ただもちろん先進性ばかりを追求しても、音楽として歪つになってしまう。テクニックを披露するだけではなく、心に刻み込まれるメロディが大事なのよ。コメディアンのハンニバル・バレスが「イントロヴァーテッド・ソウル」について「この曲を聴くと人生何でも出来そうな勇気が湧いてくる」と言っていた。最大の賛辞だと思ったわ。
●次のアルバムでフィーチュアリングしたいミュージシャンはいますか?
たくさんいるわ!カズ・ロドリゲス、クリス・コールマン、マイク・ポートノイ、カーター・ボーフォード、デニス・チェンバーズはみんな伝説的なミュージシャンで、直接会ったことがあって、いつか一緒にやろうと言ってくれている。私をミュージシャンとして、そして人間として敬意を持ってくれるし、ぜひ一緒にやってみたい。それと次のアルバムでやりたいのは、全曲のビデオを作ることね。『モヒニ・デイ』はリモートで別々にレコーディングしたから、今度はひとつの部屋でライヴ形式でプレイしたい。スケジュール調整が難しそうだけどね。あとサイモン・フィリップスとは“ダーウィン”プロジェクトで共演するし、また一緒にやりたい。
●他にどんな活動を予定していますか?
2024年1月にスティーヴ・ヴァイが主宰する“ヴァイ・アカデミー”に参加するわ。フロリダ州オーランドのキャンプで、ティム・ヘンソン、マッテオ・マンクーゾ、マテウス・アサト、イヴェット・ヤング、Ichika、ダニエル・ゴッタルド、オーダン・ルーデスなどと共演することが決まっている。ベーシストは私1人らしいから責任重大だけど、そんな凄いミュージシャン達を独占出来るなんて夢のようだわ。私はすべてが欲しいタイプなのよ(笑)。過去18年間、自分でマネージメントをしてきて、事務仕事もしてきた。マネージャーを雇った方が楽なんだろうけど、私は自分のボスでありたいのよ。好きな音楽をやって、好きなことを言って、好きな服を着る。いつだって自分らしくありたいわ。自分のバンドでライヴもやっていきたい。2024年の夏に日本をツアーする話も持ち上がっているのよ。パワフルでエンタテイニング、起伏があってエモーショナルなショーになるから、楽しみにしてね!