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3周年で踏みだした「変化と深化」――真っ白なキャンバス ワンマンライヴ「君と生きる」ライヴレポート

宗像明将音楽評論家
真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))

アイドルがシーンで上にのぼって行くためには何が必要か? 私はひとつの仮説を抱えていた。「人間としての成長」である。その仮説が確信に近づいたのが、2020年11月18日にZepp DiverCity(TOKYO)で開催された、真っ白なキャンバスのワンマンライヴ「君と生きる」だった。

真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))
真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))

この日は、2017年11月18日のお披露目ライヴからちょうど3周年の節目。ステージ前の薄いスクリーンにオープニング映像が投影されてライヴは幕を開けた。そして、1曲目の「アイデンティティ」のサビでスクリーンが落とされ、真っ白なキャンバスが登場した。

続く「闘う門には幸来たる」では、ステージの背後の巨大なモニターが5つにわかれ、5人のメンバーを映しだした。このスクリーンは、その後も楽曲によってひとつに戻ったり、ふたつになったりと合体と分裂を繰り返したのだが、実は人力で操作されていたという。会場に多くの人を入れられないコロナ禍では採算が取れないのではないかと考えてしまうほど大規模な演出だ。「白祭」などでは、ステージ前方に設置された5つのお立ち台も使われた。

真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))
真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))

この日のライヴは途中で転換があり、ステージに戻ってきた真っ白なキャンバスが歌いだしたのは新曲「ルーザーガール」。曲名の通り、人生で「負けている」側の劣等感を描いた楽曲だ。

真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))
真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))

作詞作曲を担当したのは、音楽ユニット「ツユ」のメンバーである「ぷす」。ツユの「くらべられっ子」のMVは、YouTubeですでに1,700万回以上再生されている。

真っ白なキャンバスのプロデューサーの青木勇斗は、2020年5月にファンから歌詞を公募した「共に描く」の制作にあたり、ずっと真夜中でいいのに。、ヨルシカ、YOASOBIからの影響を語っていた。「共に描く」には、ネット発の音楽を志向する萌芽があり、それを明確に押しすすめたのが「ルーザーガール」だった。この楽曲は、2021年2月24日にリリース予定のアルバムに収録されるが、そのアルバムのコンセプトとなる物語は、Twitterで「140字の物語」を綴ってきた作家の神田澪が手がける。

もう一点、コロナ禍で青木勇斗が目指していたのは、「コンテンツを深く作りこむ」ということだった。真っ白なキャンバスの現場は、「MIX」と呼ばれる掛け声やコールが激しいことで知られていたが、コロナ禍のライヴハウスではファンは発声自体ができなくなってしまった。配信ライヴでも有観客ライヴでも、今のアイドルたちはパフォーマンスや楽曲をじっくりと鑑賞される状況になっている。

真っ白なキャンバスは、「君と生きる」の開催前に3泊4日の合宿を初めて行い、パフォーマンスの向上を図った。並行して、「ルーザーガール」のような内面を深く描く楽曲を制作していたわけだ。「君と生きる」に向けて、真っ白なキャンバスにもっとも多くの楽曲を提供してきた古屋葵は、サウンドのブラッシュ・アップも行った。その成果は、そのまま「君と生きる」のステージで発揮された。真っ白なキャンバスというグループの世界観を、これまで以上に楽曲とパフォーマンスで見せつけたのだ。

真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))
真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))

メンバーの成長も著しい。2020年7月11日に初めてステージに立ったばかりの浜辺ゆりなは、約4か月で全曲(『ルーザーガール』を含めて22曲)を習得するという異常な状況に耐えきった。普通なら逃げる。「君と生きる」でも、4曲連続初披露というパートがあったが、それを乗り越える能力とメンタリティには感服させられた。

浜辺ゆりな(撮影:真島洸(M.u.D))
浜辺ゆりな(撮影:真島洸(M.u.D))

西野千明は、かつて取材の場で、ダンスが苦手だと泣き続けていたのが嘘のようなパフォーマンスを見せた。「Untune」には彼女の見せ場すらあったのだ。「セルフエスティーム」の「このまま飛び込む 勇気があれば」という歌詞を、胸に手を当てながら歌う彼女の表情もまた成長を物語っていた。

西野千明(撮影:真島洸(M.u.D))
西野千明(撮影:真島洸(M.u.D))

橋本美桜は、加入時から一歩引いてグループを見られる目線の持ち主だったぶん、背負うものも大きかったはずだ。「君と生きる」の終了後、辞めようと考えたこともあったとInstagramで明かしていたが、これまではそうした葛藤は一切語ってこなかった。「君に生きる」では、以前に比べて彼女のピッチが正しくなっていたのも印象的だった。

橋本美桜(撮影:真島洸(M.u.D))
橋本美桜(撮影:真島洸(M.u.D))

三浦菜々子は、完全に真っ白なキャンバスの歌の要であるにもかかわらず、自己評価が低すぎる人物だ。絶望に近い葛藤を歌う「モノクローム」という楽曲が真っ白なキャンバスで機能しているのは、「白キャンの歌姫」である彼女の存在があってこそである。SNSは苦手だと語る彼女が、歌うときに一気に感情を解き放つ姿には、「君と生きる」でも胸を打たれた。MCで涙を流したことも、加入後の約2年半の重圧を物語っていた。

三浦菜々子(撮影:真島洸(M.u.D))
三浦菜々子(撮影:真島洸(M.u.D))

小野寺梓は、結成時から在籍する唯一のメンバーとしてZepp DiverCity(TOKYO)に立った。彼女の抱えるルサンチマンは、ときにSNSで、ときにツイキャスで吐露されてきた。そうしたストレートな感情の発露は、私には「今っぽい」と感じられるもので、真っ白なキャンバスというグループのあり方そのものを定義づけているように見受けられてきた。

真っ白なキャンバスには、「らしさとidol」という傑作がある。2020年3月のメジャー・デビュー時に生まれた、深い苦悩を描いた楽曲だ。そして「らしさとidol」は、2020年6月22日の無観客ライヴで卒業した、オリジナル・メンバーの鈴木えまと麦田ひかるが、最後にレコーディングした楽曲のひとつになった。歌への苦手意識を隠さず、ステージでもほぼ発言しないメンバーだった彼女たちだったが、卒業へのファンのショックはあまりにも大きかった。それは不器用な人間への強い共感があったからであり、ふたりの離脱に誰よりも苦しんだのは同期の小野寺梓だったはずだ。それでも、「君と生きる」の本編最後で「自由帳」が歌われたとき、その終盤での小野寺梓のソロの歌声は、1年前の2周年ライヴよりもはるかに深く、はるかに澄みきっていた。「君と生きる」での小野寺梓の歌は、逆境を乗りこえた彼女の成長を何よりも雄弁に物語っていた。そう、彼女の立ち姿には物語がある。

小野寺梓(撮影:真島洸(M.u.D))
小野寺梓(撮影:真島洸(M.u.D))

そして「君と生きる」でのパフォーマンスは、出会いと別れを経験し、合宿での濃密なコミュニケーションも経た、真っ白なキャンバスの5人のメンバーの人間としての成長をも体感させた。

アンコール前の映像では、こんな文字列が映しだされた。「3年間描き続けたキャンバスは何色になったんだろう」。涙はどれだけ流しても色がない。キャンバスは白いまま、しかし以前より強さをたたえているはずだ。とはいえ エンターテインメントの世界は、論理と力学と呪術が絡みあう特殊な場でもある。一筋縄ではいかない。それでも、アンコールの最後だった「PART-TIME DREAMER」で、小野寺梓が「この世界で勝ちたい」と歌ったとき、強烈に胸に迫るものがあったのだ。真っ白なキャンバスが、この世界で勝つ姿を見たい。それは言い換えるのならば、「希望」と呼ぶべきものなのかもしれない。

真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))
真っ白なキャンバス(撮影:真島洸(M.u.D))
音楽評論家

1972年、神奈川県生まれ。「MUSIC MAGAZINE」「レコード・コレクターズ」などで、はっぴいえんど以降の日本のロックやポップス、ビーチ・ボーイズの流れをくむ欧米のロックやポップス、ワールドミュージックや民俗音楽について執筆する音楽評論家。著書に『大森靖子ライブクロニクル』(2024年)、『72年間のTOKYO、鈴木慶一の記憶』(2023年)、『渡辺淳之介 アイドルをクリエイトする』(2016年)。稲葉浩志氏の著書『シアン』(2023年)では、15時間の取材による10万字インタビューを担当。

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