配信が育てて放送で爆発した日本の「ゲーム・オブ・スローンズ」
2011年から続いた壮大なドラマがついに最終回を終えた
「ゲーム・オブ・スローンズ」という米国HBO製作のドラマをご存知だろうか。2011年にスタートした壮大なシリーズだ。中世のイングランドを模したと思われる「架空の史劇」。七つの王国が覇権を争って、血なまぐさい戦いと裏切りに次ぐ裏切りが繰り広げられる。ドラゴンや魔術、歩く死者たちも登場するファンタジーでもある。HBOは有料チャンネルなので放送コードに過度に縛られず、残虐な殺戮シーンも露わなセックスシーンも平気で出てくる。毎回見ると体力が消耗した気分になるほどの重厚なドラマだ。言葉を重ねるより、この公式ツイッターの映像を見た方が世界観がつかめるだろう。
その「ゲーム・オブ・スローンズ」(以下、ファンたちが使う愛称ゲースロと呼ぶ)がいよいよこの5月20日に最終話を終えた。世界中でこのドラマを見続けてきたファンたちが感慨に浸っている。上のツイートの映像も、終了に当たってキャストたちがファンたちに感謝を述べているものだ。
スターチャンネルのみの放送が日本でも盛り上がる!
日本ではスターチャンネルという有料放送で2013年から放送されていた。スカパーやケーブルテレビで視聴できるチャンネルだが、一般的なプランには入っておらず2300円のオプション料金を払って加入するものだ。だから少々敷居が高く、他にもここでしか見れないドラマやヒット映画もいち早く見ることができるとは言え、加入に二の足を踏む人も多いだろう。
5月20日の世界同時放送も、日本ではスターチャンネル加入者だけでとなるとそんなに盛り上がらないのだろうか。そう思って、「エンタメツイート分析」で知られる角川アスキー総研にお願いして、「ゲースロ」についてつぶやいたツイート数を集計してもらった。それが冒頭のグラフだ。
この日の放送は、午前10時の「世界同時放送」と夜11時からの再放送の2回だった。グラフを見ればわかる通り、夜の方がツイート数は多かった。だが午前10時という普通は就業時間内の放送であることを考えると、午前の放送でもよくこれほど盛り上がったとも思う。「ゲースロ」のために半休を取った人もいるのではないか。
またこの日のツイート数は角川アスキー総研のデータによると「4504」となっている。午前と夜を合わせたものとは言え、これは地上波で放送されるドラマと比べても遜色ないレベルだ。「ゲースロ」は最終話でついに地上波ドラマ並みの盛り上がりに至った、と言えそうだ。
もっとも、米国ではHBOの放送の視聴者数が1930万人だったというから、あちらのツイッターは桁違いに盛り上がったのだと思う。
huluが育ててスターチャンネルで爆発したゲースロファン
それにしても2300円の有料オプションチェンネルでの放送で、これほどツイッターで盛り上がったのは不思議だ。「ゲースロ」ファンはいつの間にそんなに増えたのだろう。
そこで角川アスキー総研に数年間のツイート推移データをもらった。グラフにしたのがこれだ。
データは2016年1月からのものだ。月単位の「ゲースロ」ツイート数をグラフ化している。4月からのシーズン6の放送に連れてツイートが動いており、2017年7月のシーズン7放送ではっきり山ができている。「ゲースロ」の日本での盛り上がりの端緒だ。
さて「ゲースロ」は2018年には放送がなかった。最終章はあまりにも製作に手がかかり2019年の放送になったのだ。ところが、この年はさらにツイッターで盛り上がっている。どういうことだろう?
「ゲースロ」はスターチャンネルでの放送は2013年からだが、2016年からはhuluが過去シリーズの配信を一挙に始めた。実は筆者もこの年にhuluで見るようになった。先に当時高校生だった娘が発見し、筆者にも見るよう勧めたのだ。最初は登場人物が多く複雑な物語でついていけなかったが、シーズン1の第9話で衝撃的な展開となり、その後はすっかりハマった。2016年に全シーズンを見終わると、2017年にはスターチャンネルに加入し、最新話を放送で見るようになった。娘の策にまんまとハマったのかもしれない。
これに似たプロセスをとった人は多いのではないだろうか。huluで発見し、シーズン7からスターチャンネルに加入する。そういう流れができたのではないか。
また2017年からはAmazonプライムビデオでも配信が始まった。ユーザー数の多いAmazonの配信で見るようになった人もかなり多いだろう。過去のシーズンを全部見終わると、最終章をいち早く見たくてたまらなくなるに決まっている。この数年間でスターチャンネルは加入数を大きく伸ばしたに違いない。
つまりこのグラフは、2016年から2018年にかけてhuluとAmazonプライムの配信サービスで徐々に「ゲースロ」ファンが育っていき、今年の最終章はスターチャンネルで爆発した道筋を示していると言える。配信と有料チャンネルという間口の狭いメディアながら、力のあるコンテンツがファンを育ててヒットに至った。そんな好例となった。
筆者は新著「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」でコンテンツのファンがSNSで徐々に育ってあるときに火がつくと爆発する様子を分析したが、まさにそんな現象がここでも起こったのだ。
コンテンツのストック型価値
配信サービスが発達することで、コンテンツは大きく価値を高められる方向性が見えてきた。ドラマは放送するときに価値を最大化するものだったが、配信によってストック型の価値が高まった。そしてそれが作用して放送時の価値も高まる。そんな現象が起こるようになってきた。
これに似たことは、マーベルの「アベンジャーズ」シリーズでも起きている。シリーズを積み重ねることで、最終作「アベンジャーズ/エンドゲーム」が世界の興行史のトップに立とうとしている。さらにシリーズの過去作品の価値も高まる。倍々の累乗効果が起きているのだ。
これについてはこちらの記事でも書いているので参考にしてもらえればと思う。
放送一辺倒に価値を置く日本の構造はそろそろ見直したほうがいい。日本ではテレビ局がハリウッドのスタジオの役割を果たしているとよく言われるが、放送の比重が高すぎて「ゲースロ」のような展開は難しそうだ。何か新しい動きが必要になっている。
さてここまで読んでくれた方なら「ゲースロ」に興味を持ってもらえただろう。huluかAmazonプライムの会員ならすぐ見ることができる。とっつきにくいが、騙されたと思ってシーズン1の第9話まで見て欲しい。きっとあなたもハマるはずだ。シーズン7まで毎晩見てしまうだろう。くれぐれも、家族に白い目で見られないようご注意を。