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ああ、わが愛するアーセナルはどこまで落ちるのか 健全経営とフットボールは両立しない?

木村正人在英国際ジャーナリスト

サッカーのイングランド・プレミアリーグ第22節。13日、わが愛するアーセナルは本拠地エミレーツ・スタジアムでマンチェスター・シティと対戦したが、0-2で敗れた。前半10分、アーセナルDFがシティFWエディン・ジェコへの反則で退場処分となったプレーが勝負の分かれ目だった。

アーセナルが本拠地でシティに敗れるのはリーグ戦では約38年ぶり。アーセナルのセンターフォワードはイングランド代表シオ・ウォルコットが務めたが、昨夏、マンチェスター・ユナイテッドに推定2400万ポンド(約34億7000万円)で移籍したオランダ代表FWロビン・ファンペルシーの穴は埋めようがない。

2011年夏に、アーセナルの心臓だったスペイン代表MFセスク・ファブレガスと、フランス代表MFサミル・ナスリが相次いで他の有力クラブに移籍した。ウォルコットにまで移籍話がくすぶり、シーズンチケットホールダーの1人として気分はまったく晴れない。

不調のアーセナルをよそに、ファンペルシーは移籍先のマンチェスター・ユナイテッドで豪快ゴールを連発している。

昨季、悲願のUEFAチャンピオンズリーグを初制覇したチェルシーのオーナーは、ロシアの石油王ロマン・アブラモビッチ。イングランド・プレミアリーグを制したマンチェスター・シティも潤沢なオイルマネーを握るアラブ首長国連邦(UAE)のサイフ・ビン・ザイド・ナハヤン副首相が所有する。

これに対して、マンUの米グレーザー・ファミリーは新規株式公開(IPO)で資本を調達した。

しかし…。アーセナルはようやく一流に育てた選手を売って、若い才能を買い集めている。「サッカーのための軍資金はあくまでもサッカーで稼ぐ」というのがアーセナルの経営方針だ。

2011年にリバプールから推定5千万ポンドでチェルシーに移籍したスペイン代表FWフェルナンド・トーレスが全盛期の力を発揮できないように、イングランド・プレミアリーグでは大型移籍は必ずしも成功しない法則が定着しつつある。だが、オイルマネーでなりふり構わぬ補強を続けるマンチェスター・シティの実力が突出し始めたのもイングランド・プレミアリーグの現実なのだ。

ポゼション重視、ゾーンで攻めて守るアーセナルのサッカーは個人よりチーム戦術が優先する。しかし、昨季リーグで37ゴールを決め、得点王に輝いたファンペルシーを売ったおカネで他の安い選手を買ってきても、ファンペルシーの代わりは務まらない。

2003/04年イングランド・プレミアリーグでシーズン無敗優勝を成し遂げた知将アーセン・ベンゲル監督をもってしても、もはやマンチェスター・シティを倒してリーグ戦を制することが不可能であることはだれの目から見ても明らかだ。

アーセナル・サポーターは「オーナーもベンゲル監督もガナーズ(アーセナルの愛称)魂とは何かを見失った」「クラブは優勝杯を獲得するために戦っていない」とクラブの健全経営方針にうんざりしている。

イングランド・プレミアリーグのアーセナルは2004/05シーズンのFAカップを制して以来、無冠が続いている。昨年夏にスペインリーグのバルセロナに移籍したファブレガスは「これだけタイトルが取れないクラブの監督が変わらないのが不思議」との捨て台詞を残してアーセナルを去った。

アーセナルは昨季リーグ戦でマンUに2-8で敗北。1896年以来、最悪という大敗を喫した。2010年にクラブは5600万ポンドという記録的な税引き前利益を出したが、優勝を狙わないクラブに有力選手は愛想を尽かし始めている。

かつて日本のMF中村俊輔が所属したスコットランド・プレミアリーグのセルティックのライバルだったグラスゴー・レンジャーズが昨年2月、会社更生法を申請、4部リーグに転落した。現在はイングランド・プレミアリーグに復帰しているサウサンプトンも2008/09シーズンに会社再建手続きを強いられた。

チームのパフォーマンスを上げるため、監督や選手の無理な補強を行えばクラブの経営は破たんする。かといって補強を怠れば、クラブの成績は低迷、観客動員数が落ちて有力選手が流出、下部リーグに転落というマイナスのスパイラルに入りかねない。落ち目になれば歯止めがきかないというのがイングランド・プレミアリーグの怖さなのだ。

ロシアや中東のオイルマネーに頼るか、大富豪のお財布に依存するか、新規株式公開に打って出るか。そうでもしなければ、競争が厳しいリーグを戦い抜けるようなクラブは作れない。

サポーターからブーイングを浴びているアーセナルの最高経営責任者(CEO)、イヴァン・ガジディス氏はしかし、「自己完結型の持続可能な財政運営は問題なのではなく、解決策なのだ」と、アーセナル・モデルこそ健全なクラブ経営の模範と胸を張ってみせる。オイルマネーや大富豪の資金に頼るのは邪道といわんばかりだ。

今から思えば、2005年に元フランス代表MFパトリック・ヴィエラを放出したのが、アーセナルのクラブ運営が変化を告げる序章だった。アーセナルは有力選手とタイトルをあきらめる見返りに、大きな利益を生むクラブに生まれ変わった。

ガジディス氏は「もし私たちが世界金融危機から何かを学んだとしたら、サッカークラブは単に今日だけではなく、5年後、10年後、20年後の未来にまで責任を持つ必要があるということだ」と強調する。

一時は名声をほしいままにしたベンゲル監督も「良い選手を維持し続けるのは難しくなった」と控えめに述べ、ガジディス氏の経営方針に従う姿勢を見せている。しかし、プレミアリーグで6位に沈み、UEFAチャンピオンズリーグの出場権資格を維持するのは奇跡でも起こらない限り難しくなっている。

国際会計事務所デロイトのまとめによると、世界のサッカークラブ収入は2010/11シーズンで、1位がレアル・マドリード(スペイン)で4億7950万ユーロ(約575億円)、2位がバルセロナ(スペイン)で4億5070万ユーロ、3位がマンチェスター・ユナイテッド(イングランド)で3億6700万ユーロ、4位がバイエルン・ミュンヘン(ドイツ)で3億2140万ユーロ、5位がアーセナル(イングランド)で2億5110万ユーロ。

トップ20クラブの収入総額は44億ユーロ以上にのぼった。

アーセナルの収入内訳は入場料収入1億320万ユーロ(全収入の41%)、放映権料9670万ユーロ(同39%)、クラブグッズなどの商業収入5120万ユーロ(同20%)。

トップ4クラブの商業収入を比べると、レアル・マドリードは36%、バルセロナは34%、マンUは31%、バイエルン・ミュンヘンは56%。アーセナルの商業収入割合は極端に低い。

アーセナルはロンドン・ハイバリーの旧アーセナル・スタジアムが3万8500人収容と手狭だったため、4億7千万ポンドをかけて6万人余収容のエミレーツ・スタジアムを建設、2006年に開場してから入場料収入が大幅にアップした。ブランド力アップを図るとともに、マレーシア、中国などアジア市場の開拓に力を注いでいる。

ビジネスとサッカーを天秤にかけるアーセナルの経営陣に対して、英メディアは「サッカーとビジネスは2人乗りのオートバイ。ビジネスだけを優先させれば決してうまくいかない」と辛らつだ。

昨季リーグで何とか3位に入り、UEFAチャンピオンズリーグ出場権を確保したアーセナル。来季の出場権資格を失えば、シーズンチケット売り上げや国際ブランド力が大きく低下するのは必至だ。UEFAチャンピオンズリーグへの注目度はイングランド・プレミアリーグに比べても一段と高い。

財政再建か、それとも経済成長か、の議論は、クラブの財政運営とチームの成績にも通じる。高額選手を買い集める放漫経営はいつまでも続かない。選手の補強をケチればチームの成績は上がらず、クラブ収入も減少する。

アーセナルのサポーターは、「少なくとも黒字分は吐き出して、一流選手を維持し、補強に努めるべきだ」と叫び続けている。初めから優勝を狙わないアーセナルなど、熱狂的なサポーターには受け入れられない。

今季アーセナルがUEFAチャンピオンズリーグへの出場資格を失ったとしたら、サポーターが「それでも私たちはアーセナルを愛している」と叫び続けるのは難しいだろう。

それは、健全経営を優先するアーセナル・モデルの破たんを意味することになる。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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