映画に賭けた“野良犬”の意地~元キックボクサー企画&出演『名無しの十字架』公開~
12月1日(土)より銀座シネパトスで、失踪した元キックボクサーが重要なカギを握るサスペンス&アクション映画『名無しの十字架』が公開される。この映画を企画したのは、自身もキックボクサーとして数々の伝説を生んだ小林聡(40)、その人だ。
ぶっきらぼうで不器用。それが野良犬
映画の公開は、小林本人からのメールで知った。いかにも小林らしい、ぶっきらぼうな文章なのだが、「よろしくお願いします!」の繰り返しには切実さがにじんでいる。すぐにメールを返信し、翌日、小林がキックの指導にあたる東京・竹芝の『野良犬道場』を訪ねた。
あいさつもそこそこに、野良犬はひと吠えした。
「映画館170席で1日3回上映。それを3日間満員にしろだって。あと10日しかないのに。だから、メールも送れる人全員に4時間かけて送りましよ」
一斉送信で済むところを、一人一人文面を変え「キャバ嬢みたいにガーッと」送り続けたのだという。
「オレ、一斉メールは好きじゃない。なんかイヤじゃないですか? 頼みたくないヤツにも送られちゃうし。でも、こういう苦労はしょうがないんですよ。オレが自分でやるっていった映画なんだから」
いつも不機嫌そうで、どこか不器用。嫌いなヤツは嫌い。さんざん毒を吐きながらも、やると決めたらとことんやる。現役の頃と変わらぬ小林がそこにいた。
強さと人間臭さをあわせ持つ“伝説”の男
16歳でキックを始めた小林聡は、「勝つより倒す」を信条に国内外の強豪と壮絶な倒しあい演じ続けた。その白眉は01年、タイの現役ムエタイ王者との対決だろう。「日本人にはおよそ不可能」といわれた“ムエタイ越え”を、なんとKO勝ちで果たしてみせた一戦は、キックボクシング史上に残る“伝説”として語り継がれている。
だが、小林聡の魅力は決して強さだけではなかった。
ジムや団体を渡り歩くかと思えば、寝袋ひとつで海を渡りタイへ、オランダへ。強さに飢え、流浪するさまから、ついたあだ名は“野良犬”。野良犬は、勝利しても倒せなければ不貞腐れたように客席をにらみつける。K-1になびくファンや選手、マスコミに「Kなんとか? なんぼのもんじゃい!」と吠える。壮絶に倒すが、壮絶に倒されもする。感情や生きざまをそのままリングに乗せる“野良犬劇場”をキックファンは愛し、野良犬は愛されたままリングを去った。
2007年3月の引退後は、キック指導をしながら役者修業を続けてきた。そんな小林が映画の企画を思い立ったのは1年前、スポーツ紙で原作者、郷一郎氏のインタビューを読んだことがきっかけだった。
「むくわれない」の一言が野良犬を突き動かした
「“キックボクサーが主人公のミステリー小説”というだけでビビッと来たんですよね。それで取り寄せて読んでみたら、人間の美しさとか汚さが出ている作品で、オレはこれで表現したいと思ったんですよ」
思いをしたためた手紙に、自身が出演した短編映画のDVDを添えて原作者に送った。「これで返事が来なかったら縁がねぇんだな」。腹をくくったわずか3日後、携帯が鳴った。原作者の郷一郎氏からだった。
初対面となった新宿東口の喫茶店で、小林は映画化の快諾と共に郷氏から印象的な一言を聞く。
プロレスも大好きだという郷氏に、小林は尋ねた。
「なんでプロレスラーじゃなくてキックボクサーが主人公なんですか?」
郷氏が答えた。
「やっていることのわりに、一番むくわれていないスポーツに見えたから」
胸を射抜かれた気がした。
「自分の中にあった思いだけど、悔しくて言えないっていうか。声を大にして言えない部分だった。それを言い当てられた気がしたんですよ」
柔道やレスリングのようにオリンピック競技ではない。ボクシングのように、あるいは一時代を築いたK-1のように激闘が地上波に乗るわけでもない。だから日本王者となっても、世界王者になってさえ、世間の耳目を集めることはほとんどない。どんなに殴られ、蹴られ、ヒジで切られても富や名声は遥か遠く、遠いままリングから消えてゆく。
1日ぶっ続けで7時間の練習を週7日続け、相手を倒し、数々の伝説を作った小林ですら、そんなキックボクサーの宿命から逃れることはできなかった。
歯噛みする思いは、今も澱(おり)のように残っている。
「自分も引退して、後輩もみんな引退して、でも、なんかみんな楽しそうじゃないんですよ。だけどキック界は『そんなの知らねえよ』って。そんな風に見えたんですよ。もちろん当たり前のことなんだけど、なんか腹立って。その気持ちと郷さんの言葉がハマッちゃって。『オレがこれを表現して世に出さなきゃいけない』って使命感にかられたんですよね」
悔しいからやめられない。キックも、役者も
資金繰りやわずらわしい人間関係、限られた制作日数…。何度も挫折しかけたが、そのたびに踏みとどまった。
「もう意地ですよ。映画化を許してくれた原作者も、必死に動いてくれてる監督やプロデューサーも裏切るわけにいかない、『どうせムリ』だと言ってるヤツらに笑われたくない。その意地と、この作品が好きで表現することが好きっていうだけですよ。好きだから、いろんな奇跡が生まれる。奇跡が奇跡を呼んでできた作品なんですよ」
映画が完成した今、周囲からは「次のことを考えろ」と言われている。だが、小林は聞かない。「今のことを一生懸命できなきゃ、次はないと思ってるから」と、“客集め”に奔走する日々。ただ、役者修業は変わらず続けていくと決めている。
「オレ、この道で10年間は恥をかこうと思ってるんですよ」
照れ笑いしながら小林は言った。
「演技の技術で勝負しようと思ったら、10代からやってるヤツに勝てるわけない。でも、悔しい思い、悲しい思いって、普通の人よりいっぱいしてると思うんですよ。オレはそれを表現することに賭けるしかない。だけどキックの試合って、相手に表情を見せないのが鉄則じゃないですか。さらけ出すには時間がかかる。だから10年は恥をかこうと」
最後に、「なぜ演じるのか」と尋ねた。ぶっきらぼうに「好きだから」と吐き捨てたあと、少し間を置いて小林は続けた。
「好きなのと、できないのが悔しいから。まだできる、もっとできると思えるのが魅力というか。試合もそうじゃないですか。今までの自分のベストバウトは? と聞かれたら『次の試合』って答える。それに似てるかもしれない」
意地と悔しさがヒリヒリとにじむ“野良犬劇場”は、リングからスクリーンへ舞台を移した。初めて観た時、キックボクサー・小林聡はすでにいくつものベルトを巻くチャンピオンだったが、役者・小林聡は、まだ3回戦ボーイ。成長を見届けられる幸福を噛みしめつつ、映画館へ行きたい。
12月1日(土)より東京・銀座シネパトスにて上映
『名無しの十字架』初日舞台あいさつに小林聡も参戦!
◆日時
・1回目:10:15の回上映後 (11:50~)
・2回目:12:30の回上映前 (12:30~)
◆登壇者(予定)
久保直樹監督、神尾佑、松尾れい子、小林聡、和田聰宏、 カラーボトル(音楽)