アンチェロッティ・マドリード、最強伝説はいつ崩れるのか?伏線回収の妙
的外れなマドリードへの批判
「カルロ・アンチェロッティ監督のレアル・マドリードも終焉に向かうのか?」
今シーズン序盤、そうした懐疑的な声が目立った。
昨年10月末にFCバルセロナとのクラシコに0-4と大敗を喫したことが、不安を掻き立てた理由だろう。本拠地サンティアゴ・ベルナベウで屈辱を受けたようなものだった。直後、チャンピオンズリーグでACミランにもホームで1-3と敗れ、さらに批判は増した。
「アンチェロッティは退任すべきで、ブラジル代表監督になるのを容認していたら…」
スペイン王者、欧州王者を勝ち取ったばかりのアンチェロッティへの批判も出た。
勝てば官軍負ければ賊軍、場当たり的な意見が氾濫した。キリアン・エムバペは期待を裏切るパフォーマンスが続き、ジュード・ベリンガムも爆発力に陰りが見え、トニ・クロースの引退の穴も目立った。好調だったわけではない。
しかし、芯を外した批判だった言える。
アンチェロッティ・マドリードはそれほどヤワではない。
アンチェロッティが撓ませるチーム
アンチェロッティ監督は、史上類を見ない名将と言える。ジョゼップ・グアルディオラやユルゲン・クロップのような斬新でスペクタクルを重んじた理論を落とし込むタイプではない。しかし、一つの型にはめることなく、選手次第で次々に戦術を生み出せる「無限の奥行を感じさせる」名将である。
「我々は相手にボールを持たれても、少しもストレスに感じない」
アンチェロッティ監督は淡々と言うが、攻守のバランス感覚に優れている。スペクタクルにも、カテナチオにも引っ張られない。できる限り勝率の高い戦い方を選択できる。
攻められても力強く受け止め、攻撃に回ったら一気呵成、総力戦で凌駕する。追いつめられているように見えても、土俵際ではたき込んで相手を倒す、“強さの幅”のようなものが圧倒的に違う。
徹底的にイニシアチブをとって、めくるめくパスワークで相手を翻弄し、時代の先駆けになるようなスタイルではない。派手さはないだろう。むしろクラシックな戦い方で、守りは難攻不落、攻撃は電撃的。言わば、堅守カウンターが主体だ。
しかし、カウンターオンリーでもない。「選手ありき」だからこそ、ピッチの中でカメレオンのように戦い方を変化させ、敵を幻惑させることができる。効率を極めた戦いだ。
折れそうで折れない。その撓みこそが、マドリードの神髄である。
エムバペの失敗も伏線
失敗も、伏線のようにつながる。
バルサ戦、エムバペが何度となくオフサイドトラップにかかっていた。それが敗因にもつながった。結果、修正できなかった指揮官も、罠にかかり続けたエムバペも批判された。
しかし、その敗北も周りとアジャストさせる一つのプロセスだったように思える。戦い方を徹底させることで、戦いの幅を作るというのか。それこそが、戦いにおける撓みになる。
2024年最後の試合、セビージャ戦でエムバペは最終ラインの前で待って、ボールを受け、強烈なロングシュートを決めている。味方が裏を走ってラインを下げたことで、スペースが生まれていた。得意のゴールパターンだった。
アンチェロッティは、戦術として選手にやるべきことを与え過ぎない。エムバペに「オフサイドにかからないように」などというのは愚鈍な監督でもできる。失敗も折り込み済みでトライを続け、促す。そこで選手同士がピッチで理解し合い、何が効果的なのか、それぞれが決断できている。
臨機応変な集団を作り出せるのが、アンチェロッティという指揮官だろう。
セビージャ戦、ベリンガムも1,3,4点目とあらゆる局面でボールプレーヤーとしての強さを見せ、確実に起点となっている。オールラウンダーの面目躍如。オールコートで決定的なプレーが出せるようになって、むしろ、昨シーズンよりも進化した。
これは驚くべき手腕である。
昨シーズンも、マドリードはカリム・ベンゼマという戦術の軸がいなくなったことで、前線でボールを収め、プレーメイクすることができなくなった。おそらく、この問題を解決できる監督は、地球上にそうはいまい。実際に前半戦はアトレティコ・マドリードに敗れ、セビージャ、ラージョ・バジェカーノと引き分け、凡庸な戦いを続けていた。
しかし、アンチェロッティは4-4-2でベリンガムがトップ下で起用する戦い方を見つけた。ストライカーなしでも、お互いが生かし合う形を作り出したのである。まるで魔法だ。
批判に動じない
特筆すべきは、アンチェロッティ監督が選手の力を引き出せる点にあるだろう。
例えば、セビージャ戦で大砲を打ち込むようなロングシュートを決めたフェデリコ・バルベルデをシューターとして覚醒させたのは、イタリア人監督である。
「すべての大会を含めて、フェデリコが二桁の成績を収めなければ、私は監督を引退する」
なんと、アンチェロッティは(2022-23シーズンに向けた)会見でそう言い放った。そこまでして選手を啓発し、実現させた。おそらく、そういう仕組みを整えている算段もあるのだろうが、傑出した慧眼と度量だ。
昨シーズン序盤には、ロドリゴが先発しながらゴールを外し続け、周りからは起用に関して批判が巻き起こった。しかし、アンチェロッティは少しも怯まなかった。いつしかロドリゴはシーズンのベストイレブンに値する活躍をした。
イタリア人指揮官の見る目が確かで、選手の信頼が厚いのはあるだろう。ルカ・モドリッチのようにキャリアのあるベテランを、スーパーサブとして用いる手腕も瞠目に値する。プライドを考えれば、そのマネジメントは簡単ではないが、選手が納得するだけの重みがある。今やモドリッチは最高のゲームチェンジャーだ。
マドリードの周囲は、雑音であふれている。毎日、何かしら騒ぎが起こる。その中で仕事するのは簡単ではない。指揮官は常に決断を迫られる。そこで必ず批判が起こるが、起こっていることを伏線と捉え、回収できる。かつてベンゼマを使い続けた時も批判を浴びたことがあったが、アンチェロッティは1ミリも動じず、最高の時代を作り出しているのだ。
イタリア人指揮官は選手のタレントを引き出す。選手の才能、コンディション、タイミングを計る天才と言える。今後はブラヒム・ディアス、アルダ・ギュレル、エンドリッキ、ラウール・アセンシオのように才能に恵まれた若手選手も覚醒させるだろう。
「正体がわからない」
そう揶揄されるほど、イタリア人監督のマネジメントは変幻自在なのだ。