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「アベノミクスとナショナリズム」の相関関係

木村正人在英国際ジャーナリスト

日経平均株価が2月5日の東京株式市場で一時、約4カ月ぶりに1万4千円を割るなど、安倍晋三首相の経済政策アベノミクスに強烈な逆風が吹いている。

3日には、安倍首相が任命したNHK経営委員でベストセラー作家の百田尚樹さんが東京都知事選に立候補した元航空幕僚長の田母神俊雄氏の応援演説で「南京大虐殺はなかった」と発言した。

菅義偉官房長官が「個人的な演説は放送法に違反しない」と擁護するなど火消しに追われた。

一方、ティム・ヒッチンズ駐日英国大使が時事通信の内外情勢調査会で「過去の過ちを挽回する最善の方法は、犯した過ちを認め、より良い未来を積極的に築くことだ」と講演、悪化している日韓・日中関係の改善を求めた。

安倍首相に厳しい英紙フィナンシャル・タイムズのアジア担当部長デービッド・ピリング氏は「安倍政権の基盤はアベノミクスとナショナリズム」というのが持論だ。

アベノミクスとナショナリズムの間には因果関係があるとまでは言えないが、かなり強い相関関係がある。時系列で追ってみると。

12月26日安倍首相が政権1年に合わせて靖国参拝。在日米国大使館が異例の「失望」表明

12月30日大納会で6年2カ月ぶりの高値。日経平均株価1万6320円

12月31日安倍首相が百田氏原作の映画『永遠の0』を鑑賞して感極まる

1月25日NHKの籾井勝人会長が従軍慰安婦について「戦争をしているどこの国にもあった」と発言

2月3日百田さん「南京大虐殺なかった」発言。ヒッチンズ駐日英国大使「過去の過ちを挽回する最善の方法は、犯した過ちを認め、より良い未来を積極的に築くことだ」

2月5日日経平均株価1万4000円割れ

株価急落の原因は、米連邦準備理事会(FRB)による出口戦略の影響を避けるため、安全資産の「円」に買いが殺到、円高が進んだためだ。

しかし、意地悪な人はこうみる。

アベノミクスによる円安でも思ったほど輸出量は増えなかった。これでは設備投資は進まない。景気の好循環は生まれない。原発再稼働もできず、エネルギー輸入が貿易赤字を膨らませる。4月には消費税が増税される。アベノミクスはピークを過ぎた。

さらに口の悪い人はこう言うかもしれない。

第1次安倍内閣は「お友達人事」の弊害と国家色の強い政策の強行で自滅した。第2次安倍内閣も籾井会長、百田さんといったお友達人事からほころびが広がっている。年末の靖国参拝は「結局、安倍首相は『やらなければならない政策』より『やりたい政策』を優先するリーダーだ。アベノミクスは結局、人気取りの手段」だったことを物語る。

海外はお友達の籾井会長、百田さんの発言から「日本は過去を直視できない。安倍首相は自分にとって都合の良い歴史観しか持てない歴史修正主義者(レビジョニスト)」という印象をさらに強めただろう。

籾井発言はロンドンのシンクタンク、国際戦略研究所(IISS)の専門家ブログでも紹介されるほどだ。フィナンシャル・タイムズ紙も籾井、百田発言を取り上げ、安倍首相がNHKへの影響力を強めようとしていると報じている。

安倍首相がこれで大喜びなのか、それとも困っているのか筆者にはわからない。しかし、そろそろ日本は友人である米国や英国の忠告に耳を傾けるべきだろう。これが最後の忠告かもしれない。

「日本のことだから放っておいてくれ」「日本は先の戦争で何も悪いことはしていない」「悪いのは反日外交を続ける中国や韓国だ」という日本国内の一部にしか通じない理屈を言い募ることにいったい、どんな意味があるのか教えてほしい。

「米国や英国がどうした。そんなに偉そうなことを言えた義理か」と開き直るのもいい。しかし、その代償を払うのは中国でも韓国でも、ましてや米国でも英国でもない。日本国民なのだ。

国際社会は中国が米国に挑む大国になることを前提に外交・安全保障の基本方針を立てようと東アジア情勢に注視している。

残酷な言い方かもしれないが、国際社会が日本側に立たなければならないという義理はない。1%台の成長しか見込めない日本より、7%成長の中国の方が国際社会にとっては大切なのだ。

英メディアを見ていると、「尖閣で偶発事件が起きても巻き込まれるな」(フィナンシャル・タイムズ紙の著名コラムニスト、ギデオン・ラクマン氏)という空気が広がっているように感じられる。

米国も欧州もオーストラリアも中国との戦争は避けたい。中国には現在の国際秩序に従って、発展してもらいたいと考えている。その中で「中国への譲歩もやむなし」と考える海外の政治家が決して少なくないのも事実なのだ。

第二次大戦で、英国が、自分より優れた工業力を持つドイツに勝つことができたのは「米国と戦列を組むことが、日本との宥和よりも重要だ」という外交・安全保障の基本政策を早期に立てたことに尽きる。

1月30日、ロンドンの大和日英基金でロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのアントニー・ベスト准教授が「英国、日本とパールハーバー(真珠湾)」と題して講演した。

ベスト准教授は、英国の外交公電や情報機関の機密文書から英国と日本が戦争にいたった歴史を研究している。講演でベスト准教授は「日本軍はアジアでは最強でした。しかし、1932年の上海事変で中国は予想以上にうまく戦った。日本軍は勝つことができなかったのです。日本は国際社会の調停にも従わず、中国人の取り扱いも残酷でした」と話した。

講演後、「英国が日本を見限った最大の出来事は上海事変だったのでしょうか」とベスト准教授に質問してみた。ベスト准教授は「非常に長いプロセスだったと思いますが、上海事変が大きかったように思います」との見方を示した。

産経新聞によると、中国は安倍首相の靖国参拝批判を74カ国・地域のメディアで行い、日本側は46の在外公館などが反論したそうだ。

日本側の反論が効果的かと言えば、まったくそうではないと筆者は思う。外務省は心の底では安倍首相が靖国参拝を繰り返すことを望んでいない。だから反論も歯切れが悪い。靖国参拝で安倍首相は日本国内の支持率を上げることはできても、外交的には破滅的だからだ。

ロンドンで多くの講演会、討論会に参加しているが、中国の大使館員、メディアが安倍首相の靖国参拝を質問したり、批判したりしたケースはゼロ。中国は自らは国防費の2桁拡大を続ける一方で、計算ずくで国際世論をつくり、日本の防衛力強化にブレーキをかけようとしている。中国は日本と違って良い意味でも悪い意味でも統率がとれている。戦略的なのだ。

NHKの籾井会長、百田さんが歴史問題で不規則な発言をする日本ほど中国は愚かではない。自称・真正保守の人たちは挑発に乗りやすく、自ら歴史問題の地雷原に突進していくので、中国もやりやすいだろう。

日本は先の大戦と同様、中国との「世論戦」に負けつつある。アベノミクスがピークを過ぎた安倍政権がナショナリズムに頼んで従軍慰安婦をめぐる河野談話の見直しに突き進めば、日本は間違いなくジ・エンドだ。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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