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セクハラ被害者は少数派ではなく、静かなる多数派 ノルウェーのメディア業界でも動き #MeToo

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
オスロ市内で開催、メディア業界でのセクハラ対策について Photo:Abumi

セクハラや性被害に声をあげる動きは、ノルウェーのメディア業界を今大きく揺らしている。

先日紹介したアフテンポステン紙による特集「487人の女優がセクハラ被害を共同告発」後は、連名申告に参加する女優が増加。この記事を執筆中の時点で573人となっている。

ノルウェーでは#MeTooは起きないはずだった?

少し前にさかのぼろう。まだノルウェーで#MeTooの動きが小さかった頃だ。10月23日、最大手紙アフテンポステンのスタンヘッレ編集長(男性)は、「ノルウェーのメディア界は透明度が高く、そのようなことがあったら、すでにニュースになっているはずだ。米国やスウェーデンのような動きは、この業界では起きないだろう」とコメントしていた。

「それはどうかな」というのがその時の筆者の個人的意見だった。ノルウェーには2008年から住んでいる。個人のネットワークやどれほど現地の人と深く話をするかにもよるが、筆者はオスロ大学で勉強していた頃から、ノルウェー人女性たちからセクハラや強姦被害の話を聞いていた。それは女性たちの間ではよくあるテーマだった。パーティーなどでの望まないレイプを、警察に届けた友人はひとりもいない。

ノルウェーでのニュースなどを知れば知るほど、警察や裁判所に訴えても、被害を訴えた側のほうが失うものが大きいのも明白だった。

スウェーデンに押されて、ノルウェーで#MeTooの動き

ノルウェーのテレビ局や新聞社で働く女性たちは、今、声をあげはじめた。隣国スウェーデンのほうが #MeToo運動の動きが加速しているため、それに背中を押された形だ。スウェーデンではノルウェー以上に運動の規模が大きく、加害者の氏名を公表する傾向がノルウェーより強い。

「スウェーデンのようにはするな」というアドバイス

外国人の筆者から見ていて気になるのは、ノルウェーのメディア全体で、「スウェーデンのようにする必要はない」、「スウェーデンのように加害者の名前を出す必要はない」という声が頻繁に掲載されることだ。

「加害者の名前を出すと、心理的・法的・社会的にも、損をするのはあなた」、「スウェーデンや#MeTooに触発されないほうが、賢い」というメッセージをやけに投げかけるなと感じていた。「自分の周囲や会社は、スウェーデンや米国ほどではない。そこまでひどくないはずだ」と思いたい無意識の感覚、自社を守ろうとする防衛本能ではないだろうか。

一時期は、「SNSで自分も#MeTooと告白すると、正しい行動だったのかと後悔する女性もでてくる」という記事も出ていた。

各業界で働く男性たちは「ここまでひどいとは思わなかった。驚愕している」というコメントを出し始めている。「ここまでひどいと思わなかった」とは、女性たちは同じレベルで感じていないのではないだろうか。

「みんな、こういうことが起きているのは知っていたよね」

大手新聞社やテレビ局のトップが集まり、「メディア業界での#MeToo」について議論がされていた。

「みんな、こういうことが起きているのは知っていたよね」。先日、オスロで開催された議論でパネリストが発した言葉だ。

「会社のパーティーでお尻をつかまれた」など、匿名でセクハラ体験を話す女性ジャーナリストたちの声が紹介された。

※ちなみに、ここでも「相手の名前やメディアハウスの名前は出さないように」と注意がされていた。

#MeTooはマイノリティではなく、静かなるマジョリティ

会場では、「セクハラや性被害を体験している人の数は、マイノリティではない。『静かなるマジョリティだ』」という意見がでる。

「女性は我慢する必要はない」として、各社のこれからの対策が発表される中、会場からはこのような意見も出た。

「『おっぱいぐらい、触ってもいいじゃん。ハハハ』と笑う雰囲気がある。『それくらい、別にいいじゃん、ハハハ』と。この『笑うカルチャー』=『豚のユーモア』には問題がある。リーダーはこのような雰囲気をなくすように、率先して取り組む責任がある」。

今ノルウェーの大手メディア各社では、#MeToo暴露が始まっており、男性が多いリーダー陣はびくびくしているのではないだろうか。

ノルウェーのメディア各社でもセクハラ被害

11月11日、ノルウェーのテレビ局など数社で実績を重ねてきたAleksander Schau氏(男性)は、自身のTwitterで加害者の名前は出さずに24の投稿を連投し、大きなニュースとなった。26年間にわたり、自身が見聞きしてきたセクハラや性被害のエピソードを暴露したのだ。

「私たちは、あなたが誰か知っている。あなたたちは終わりだ。冬がくる。忘年会の夜、同僚が眠るホテルの部屋に入って、セックスしようとしたあなた。同僚の女性の同意をとらずに、彼女の下半身に手をいれたあなた。忘年会で嫌がる彼女の胸を触ろうとしたあなた」。

同氏はさらに詳しい描写をしたこのようなツイートを連投。

その後、テレビ局TV2や国営放送局NRKは、一部のツイートのエピソードは自社で起きたものだと認めている。

テレビ局や新聞社、セクハラがなかった企業はない

現時点ではTV2での#MeToo騒動が拡大中。セクハラ被害を上司に告発していた女性は職を失い、加害者の男性はテレビ局で契約更新されていたこと、上司らが何もしてこなかったことなどが次々とスクープされている。

とある女性記者、ハルボ氏は、アフテンポステン紙で働いていた22歳の頃、出張先のホテルで男性の同僚に襲われそうになったと#MeToo運動をきっかけに告白。当時はアフテンポステン紙の上司らに、「警察に通報しても相手にされず、自分にとって辛くなるだけだろう」と「諭され」、行動を起こさなかったことを悔いていたと話した。彼女の弁護士は、当時のアフテンポステン紙の対応にも非があるとしている(VG)。

15日、国営放送局NRKでの討論番組では、VG紙のステイロ編集長らの対応が問われる。男性社員が女性にセクハラをしていたにも関わらず、男性は契約更新できたことについて、同氏は弁解。「ケースによっては、間違いを犯した人にもチャンスを。しかし二度目のチャンスはあるとは限らない」と話した(「セクハラは1回はしていいのか」、と筆者は耳を疑った)。

20日のナショーネン紙では、「メディア・芸能界では、よくないカルチャーが蔓延している。各社のリーダーたちが何が起こっているか知らなかったというのには、無理があるだろうと」と社説を掲載した。

このようにノルウェーのメディア界でも#MeToo告発が加速している。

対応策は?今後はノルウェー政界でも#MeTooか

各社の対応策として挙げられているのは、被害を申告する制度を作ること(会社の上司ではなく弁護士に直接相談メールなど)、各社だけの責任とするのではなく業界全体で改善すること、また男性の執行役員が圧倒的に多い業界なので女性のリーダーを増やすことなどだ。

一方で、このノルウェーでの動きは、白人中心だなと筆者は感じてもいる。現地で取材していると、#MeTooノルウェーで声を出しているのは白人ばかりで、移民背景がありそうな人の姿は今は目立っていない。

今後はノルウェーの政界などでも#MeTooの動きが加速しそうな気配もある。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在16年目。ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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