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「ロッキー4」と「クリード 炎の宿敵」に見る、34年の時の流れ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
シルベスタ・スタローンとマイケル・B・ジョーダン(写真:Shutterstock/アフロ)

「クリード 炎の宿敵」のスティーブン・ケープル・Jr.監督は、「ロッキー4/炎の友情」が公開された時、まだ生まれていなかった。主演のマイケル・B・ジョーダンも、1作目「クリード チャンプを継ぐ男」の監督で今作のプロデューサーであるライアン・クーグラーも、同様だ。「ロッキー4」から34年。時の流れは、「〜炎の宿敵」で、しっかり感じられる。

「ロッキー」シリーズに登場したアポロ・クリードの息子アドニス(ジョーダン)を主人公に据える「クリード」は、長年の「ロッキー」ファンだったクーグラーの着想で生まれたもの。彼はこのアイデアをデビュー作「フルートベール駅で」を作る前から持っており、シルベスタ・スタローンとのミーティングも、「フルートベール〜」が成功する前に行っている。1作目は、アドニスが父について知り、自分もボクサーになると決意、ロッキーにコーチを頼むという話だった。そして、この「〜炎の宿敵」で、彼は父の復讐を果たそうとする。「ロッキー4」でアポロを殺したソ連のボクサー、イワン・ドラゴ(ドルフ・ラングレン)の息子ヴィクターと対戦するのだ。そしてロッキーは、アポロの時と同じように、不安を抱きつつも、リングの脇で彼を支えることになる。

 そんなふうに「ロッキー」のストーリーを語り続けるのだが、「ロッキー4」と違い、今作には、政治色がまったくと言っていいほどない。

「ロッキー4」で、友人アポロの復讐のためドラゴと戦ったロッキー。今度はアポロの息子アドニスのコーチとして再び敵に再会する。
「ロッキー4」で、友人アポロの復讐のためドラゴと戦ったロッキー。今度はアポロの息子アドニスのコーチとして再び敵に再会する。

「ロッキー4」が公開された1985年、アメリカとソ連は冷戦関係にあった。その前年には、ソ連を筆頭に、東側諸国がロサンゼルスオリンピックをボイコットしている。当時のアメリカ人にとって、ロシア人は最大の敵。そんな状況下で作られた「ロッキー4」で、アポロとドラゴの戦いは、アメリカ対ソ連の戦いだった。映画のはじめのほうに出て来る試合のポスターには、「Russians Invade U.S. Sports(ロシアがアメリカのスポーツを侵略する)」とあるし、アポロはロッキーに「これは僕らとあいつらとの戦いなんだ」と言う。記者会見でも、試合の会場でも、アメリカの国旗がこれでもかというくらい出てくるし、最後にロッキーが勝った時も、彼はアメリカの国旗に包まれて祝福される。

 キャラクターの描かれ方にも、それは明白だ。アポロが明るくチャーミングなのと対照的に、ドラゴは血も涙もない冷血漢。表情もなければ、セリフもほとんどない。それだけに、アポロが倒れた時、「あいつは死ぬなら死ぬだけだよ」と言うのが強烈に印象に残るのだ。体はロッキーやアポロより大きく、つるりとした肌をもつドラゴはまるでロボットのようで、観客に、こいつならどれだけ憎んでもいいと感じさせる。

 しかし、「〜炎の宿敵」に登場するドラゴは違う。歳をとったのはもちろんだが、それだけでなく、かなり荒んだ雰囲気で、苦悩を感じさせる。息子ヴィクターに厳しい父として語りかけ、クライマックスでは、重く、深い感情を見せるのだ。このドラゴは人間で、人の親。決してロボットなどではない。

ステレオタイプは避けたかった

 それらはもちろん、意図的だ。ケープル・Jr.監督は、これをアメリカ対ロシアの話にしないことを、最初から強く決めていたと語る。「それをやってしまったらステレオタイプになってしまう。僕は、これを、人間について、人の感情についての映画にしたかった」(ケープル・Jr.監督)。

「ロッキー」を黒人の側から語る話であるだけに、なおさらそこは重要だった。

「今作の主要キャラクターは、黒人。だが、映画は、それについてとくに何も言わず、彼らが普通に日々を過ごし、普通の問題に直面する様子を描く。そこには、人種も国境もない。人間は、人間。それは、黒人を違った視点から見せることになり、ポジティブなイメージを与えることになると思った」(ケープル・Jr.監督)。

ロッキーとの対戦の後、ドラゴは息子ヴィクターをボクサーとして育てることに情熱を傾けた。そして今、再びアメリカへ。
ロッキーとの対戦の後、ドラゴは息子ヴィクターをボクサーとして育てることに情熱を傾けた。そして今、再びアメリカへ。

 ドラゴに人間味を与えることには、ラングレンも大賛成だったようだ。今回のドラゴのみすぼらしいルックスを考案したのも、彼。この30年余り、ドラゴがどんな人生を歩んできたのかを、じっくりと考えたのである。「僕のアイデアがあまりにも大胆だったもので、監督に、あまり極端にはしないでくれと言われたほどさ(笑)。結局、僕は、白髪にし、あざを作り、歯を黄色くして、顔色を悪くするにとどめた。それでも、撮影中、現場を訪ねてきた僕のエージェントは、『おい、大丈夫か?』とパニックしていたよ。僕は、『これは特殊メイクですから』と言って、安心させてあげた(笑)」(ラングレン)。

 それよりずっと大変だったのは、セリフだ。80年代と違い、今やロシアはハリウッド映画にとって大きな市場となっている。ロシアの観客も見るとあれば、ロシア語のセリフはきちんとやらなければならない。「『ロッキー4』ではほとんどセリフがなかったのに、今作で僕はドルフに40個くらいロシア語のセリフを与えた。彼は怒っていたよ」とケープル・Jr.監督は笑う。だが、「彼は一生懸命学んでくれた」と、彼の努力を褒め称えるのも忘れなかった。

 そしてもうひとり、時の流れを感じさせるのが、ブリジット・ニールセンだ。

「ロッキー4」にドラゴの妻として登場したニールセンは、映画が公開された年にスタローンと結婚。ふたりは翌86年の「コブラ」でも共演したが、87年に離婚した。出番は少ないものの、今作で、彼女は久々にスタローンと同じ映画に出る。その2本の映画の間に、彼女は3人の男性と結婚した。そして昨年は、54歳という高齢で彼女にとって5人目の子供を出産し、話題を集めている。スタローンも、その後、3度目の結婚をし、3人の娘を授かった。また、最初の妻との間に生まれた長男を心臓病で亡くすという不幸も経験している。

 そうやって人が年齢を重ね、人生を歩んでいく中でも、「ロッキー」はずっと愛され続けてきた。そして今、新たな世代の手によって、その愛は、さらに育まれていっている。映画は、世代を超え、人種を超えて人と人をつなげる。「クリード」は、映画の持つ、そんなパワーの象徴するのだ。

「クリード 炎の宿敵」は、1月11日(金)全国ロードショー。

場面写真:2018 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. AND WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC.

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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