「考える」は最大10分しか続かないが、「悩む」は永遠に続けられる
「悩む」と「考える」の違い
「悩む」と「考える」は明確に異なります。何らかの問題に直面したとき、その問題を解決するための意思決定プロセスを指す、という意味では同じです。しかし「悩む」だと、解決策は導き出されませんが、「考える」だと、解決策を見つけられます。(この場合の解決策を、『仮説』と呼んだりします)
テストや試験の最中をイメージするとわかりやすいでしょう。ひとつひとつの問題を見て、「考える」というプロセスを経て解答を見つけることができます。正しい解答を見つけられなくても、「きっとこうだろう」という仮説は見つけようと努力します。
ただ、試験の準備をしっかりしてこなかったり、心の余裕がなかったりすると「考える」ことができず、(どうしよう、わからない。どうしよう……)という「悩む」プロセスに入っていしまいます。「悩む」が始まると、解答を見つけることができません。
「考える」はデータを処理すること
このように認識するとわかりやすいでしょう。「考える」はデータを処理できている状態のことで、「悩む」はデータを処理できていない状態であると。データが処理できない理由は2つです。
■ データが存在しない
■ データが格納されている記憶装置に正しくアクセスできない
人間の脳が処理するデータの記憶装置について、簡単に解説しましょう。ここでいう記憶装置とは、「短期記憶」「長期記憶」「外部記憶」の3つです。「短期記憶」とは、いわゆる「ワーキングメモリ」のこと。情報を処理するために常に格納しておく作業記憶装置です。「長期記憶」は、長い歳月をかけて蓄積してきた知識の図書館のようなもの。「外部記憶」とは、何らかのヒントを言われても思い出せず、人間の脳の外にある記憶装置。資料やシステムのデータベース上に存在します。
普通、人が考えようとしたときは、最もアクセススピードの速い「短期記憶(ワーキングメモリ)」にアクセスをします。しかし、この領域に求めるデータが格納されていなければ、もっと脳の深い部分にある「長期記憶」にアクセスします。
たとえば、
「来月は何月ですか?」
と質問されたら、誰でも即答できるでしょう。今月が何月であるかは、これまで、何度も何度も脳が処理をしているので、短期記憶の中にそのデータが格納されています。それに「1」を足せばいいのですぐに処理ができます。もし今月が3月であれば、解答は「4月」になります。いっぽう、
「あなたの隣の席に座っている人の長所を10個出してください」
もしくは、
「あなたの同僚の長所を10個出してください」
と言われたらいかがでしょうか? 「長所を10個? そんなにあるかな? マジメなところ、時間を守るところ、親切なところ、オシャレなところ、資格を2つ持っているところ……。あと、何があるかな……。10個も長所を出せないよ……」となるかもしれません。「えーっと……」と、脳の長期記憶にアクセスしても出てこない場合は、外部記憶に頼ることになります。誰かに質問すると、「あ、そういえば、英語がペラペラだった。あと、ひと月に10冊も読書しているなんて、すごい。初めて聞いた」と、新たな解答を得ることになるでしょう。
つまり「考える」というのは、脳の「短期記憶」になければ、「長期記憶」「外部記憶」にもアクセスする動作をすることなのです。
「悩む」は堂々巡り
それでは「悩む」というのは、どう定義すればよいのでしょうか?
おそらく悩んでいるだけの人は、データを処理しようとするのですが、アクセスするのは「短期記憶」だけで、「長期記憶」「外部記憶」にはアクセスしないのです。そのため「堂々巡り」を繰り返すことになります。
(隣の席に座っている人の長所を10個出せ? なんでそんなことしなくちゃいけないの? あの子に長所なんかあるかな。強いて挙げればマジメなところとか、時間を守るところとか……。それぐらいかな。あ~。考えても出てこない……。こんなことやっても意味がない。バカバカしい。あの子に10個も長所なんてあるわけないでしょ……)
脳の「長期記憶」にデータが格納されていても、「やる気」がない人はアクセスができません。日頃からアクセスするクセがない人は、「考える」ことができず「悩む」ことばかりしています。どこかに正しい「答え」があるはずなのに、この世にそんな「答え」は存在しないと決めつけ、永遠と堂々巡りを繰り返してしまいます。
(お母さんにいつも部屋をきれいにしなさいと言われたけど、どうすればいいの? わかんないよ。私だって部屋を片付けたいけど、ついつい散らかしちゃうんだもん。どうすればいいわけ? 誰か教えて!)
(上司との人間関係がうまくいってない。どうして俺の上司はあんなに怒ってばかりなんだろう。他の人には優しいのに、俺にはいつも厳しく言ってくる。意味がわからない。ああいう人をブラック上司って呼ぶんだろうか。ホント、どうしたらいいんだろう)
(当社の売上が全然上がらない。なぜ従業員のみんなはマジメにやってるのに、お客様は評価してくれないんだろうか。マジメにやってる人間ほどバカを見るとはよく言ったものだ。マジメすぎるから駄目なのか……。どうしたらいいのか、誰か教えてほしい……)
このような「脳内おしゃべり」をし続ける人が「悩む」習慣のある人です。
中華鍋を使って料理したいのだが、手の届く範囲のキッチン周りを探すだけで、「中華鍋がない。中華鍋がない! どうしたらいいんだ、どうしたらいいんだ」と独り言を言い続けている人のようです。近くで見ている人は、「食器棚の上にあるんじゃないの?」「食器棚だけでなく、倉庫にもいくつか調理器具があるはず。そこを見に行けばいいのに」「それら全部を見てもなかったら、買いに行くか。誰かに貸してもらえば?」と思うはず。
案外、「悩む人」を客観的に見ている、周りの人のほうが、その解決策を見つけられやすいものです。ですから我々のような「コンサルタント」と呼ばれる人が存在するのです。
正しい「問い」の見つけ方
「考える」ためには、まず長期記憶にアクセスしなければなりません。そのために、正しい「問い」をすべきです。正しい「問い」をするための「切り口」をどれぐらい持つか、が考える習慣を手に入れるための重要な要素です。たとえば、
「ディズニーランドの人気アトラクション『ジャングルクルーズ』の待ち時間が13,200秒です」
と言われても、普通よくわかりません。「13,200秒」という数字を眺めていても、どれぐらい待てばいいか解決策を導き出すことができない。待つべきか、それとも別のアトラクションへ行くべきかの意思決定ができません。ですから、正しい「問い」をしてみます。
「13,200秒って、何分だ?」
こうすることで、「220分」だということがわかります。しかし、これでもわかりづらいですから、さらに「問い」を繰り返します。
「220分って、何時間だ?」
すると、「3時間40分」だとわかります。ここまで来ると、意思決定するうえでの判断材料が手に入ります。
昨今、とても簡単なデータ処理さえしない人が増えています。インターネットが普及し、「考える」よりも先に「検索」してしまう人が増えたからです。自分の脳の「長期記憶」へアクセスする習慣が減ってきたことが原因でしょう。しかし、自分自身が抱える問題のほぼすべては、「検索」で解決策を見つけることはできません。ヒントしか得られないからです。ヒントを掴んだうえで「考える」ことをすればいいのですが、脳の基礎体力がない人は、データ処理する体力がないため「悩む」というプロセスに入ってしまいます。
現場での研修やコンサルティング経験からして、ひとつの「問い」を得て「考える」というプロセスを【10分】以上続けることは困難です。これ以上続けると、「考える」ではなくなります。「悩む」という無限ループにはまっていきます。したがって、「1週間、考えても答えが出ない」「ここ1ヵ月間、ずっと考えているのですが、なかなかいいアイデアが出てこない」などと言う人がいるのですが、そんなことはあり得ないのです。「10分」を目安に「問い」の種類を変化させて考える習慣を手に入れましょう。