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売り物はサッカー指導。情熱とボランティア精神に逃げてきた業界で大豆戸FCが挑む「街クラブ2.0」改革

小澤一郎サッカージャーナリスト
「街クラブ2.0」として先鋭的なクラブ運営を行っている大豆戸FC

 横浜市港北区を拠点に活動するNPO法人 大豆戸フットボールクラブ(以下、大豆戸FC)は今年1月、キリンビバレッジ株式会社が新たにクラブのオフィシャルパートナーとなることを発表した。

大豆戸FCリリース記事リンク

https://mamedofc.or.jp/sponsor_190104/

 サッカーファンなら誰もが知る通り、キリングループは1978年から40年以上もオフィシャルスポンサーとしてサッカー日本代表を支援してきた企業であり、2015年4月からはオフィシャルパートナーとして代表強化にとどまらない日本サッカー界全体へのサポートを行っている。

 キリンビバレッジ(株)が街クラブのパートナーとして支援を行うのは初の試み。今回のパートナー契約締結について、担当を務める同社の首都圏地区本部横浜支社営業担当の篠崎光雄氏は次のように説明する。

「きっかけとしては、キリングループとしてサッカーを応援しているというのが大前提にあります。大豆戸FCさんは、子どもの育成にすごく力を入れているクラブで、彼らが掲げる子どもの育成と、弊社が掲げるCSVにおける子どもの成長支援が近いこともあり、いろいろとお話をさせて頂く中で契約を結ぶことになりました」

 サッカー経験者でもある篠崎氏は担当者として現場に足を運び、大豆戸FCの指導や街クラブとしての活動方針をしっかりと確認している。だからこそ、「コーチ、保護者が怒らない。子どもに伸び伸びとプレーさせ、その中で子どもたちが自主的に考え、プレーしているのがクラブとしての魅力」と大豆戸FCのクラブとしての特徴を具体的に説明できる。

 確固たる理念と意欲的な取組みで目覚ましい改革を遂げる大豆戸FCは、今や「街クラブ2.0」と呼べる存在だ。今回は大豆戸FCの経営面での挑戦を紹介すると同時に、長くボランティア指導、ブラック部活に支えられてきた日本サッカー界の育成環境の現状と課題についても考えてみたい。

 

■「月謝1万円」の壁を打ち破る大胆な値上げ戦略

・「ちょっとだけ自慢できる」そんなクラブでありたい

・サッカーを通じて出会うはずのない感動、人、未来を想像し、非日常を提供するクラブ

出典:大豆戸FC紹介より

大豆戸FCの代表理事を務める末本亮太さん
大豆戸FCの代表理事を務める末本亮太さん

 上記のミッションを掲げ、精力的な活動が目立つ大豆戸FCだが、代表理事を務める末本亮太さんが2018年度から行った改革の一つが会費の値上げだった。

 街のボランティア少年団は、ボランティアスタッフ(お父さんやOBコーチ)が指導を行うことで2〜3千円と低い月謝で運営することが可能。しかし、大豆戸FCのようなNPOや株式会社による法人運営の街クラブは8千円〜1万円程度の月謝がかかる。

 金銭面でボランティア少年団と単純比較すると高く映る法人運営の街クラブの月謝だが、サッカー指導を生業とする有資格のコーチが指導にあたることを考えると「高い」とまでは言い切れないのではないか。ただ、長年法人運営の街クラブにとっては「月謝1万円」の壁は大きかった。

 その壁を打ち破るべく、2018年度から大豆戸FCは中学生の月会費を2万千円、小学生の月謝を1万5千円に設定した。

 中学生は週5、小学生は週3の活動となるため、月の活動回数で1日の単価を出すと千円前後となるのだが、クラブを預かる末本さんにとっては「挑戦」とも呼べる価格設定だった。その意図を末本さんは次のように説明する。

「大豆戸FCというフットボールクラブにとって、一番の売り物が『自分たちサッカー指導者』という自覚を持つというのが第一の目的でした。われわれの何が売りかというと、指導力だと思っています。これまでは、そのあたりの自覚を持てなかった、指導力に自信がなかった。

 だから、会費も上げられませんでした。でも、自分たちが売り物であるという認識を持ち、自分たちの指導力に自信があるのであれば、そこに価値を付けよう、というのが会費見直しのスタートラインでした」

 保護者からの反発や退団者の急増も想定したというが、実際に会費見直し直後に辞めた人数は5名程にとどまった。会費見直しに伴う保護者説明会を開催しなかったことで、特に選手の母親たちから「説明不足では」という声も挙がったと末本さんは説明するが、逆に「これまでの会費が安すぎた」という声も多く届いたという。

 

■薄給&休みなしのコーチ、「街クラブ1.0」に子どもと未来を託せるか?

 サッカー指導者としての指導力に付加価値を付ける目的の裏には、「長く指導を続けてもらう環境を作ることでクラブの価値が上がる」という末本さんの狙いもあった。

 月謝1万円未満でのクラブ経営を強いられていた時の末本さんの経営者としての悩みは慢性的な人材不足。優秀な若手指導者ほど、年齢を重ね家庭を持った時に十分な収入も家族との時間も確保できない「サッカーコーチ」という職業の限界にいち早く気づき、クラブのみならず指導者という職業から離れていった。

「指導者にはいい経験、いい蓄積をたくさんしてもらって、長くクラブにいて欲しい。結婚をして辞めるのではなくて、結婚をして、子どもを持っても指導を続けてもらうためには、安定したクラブ経営と彼らに払う資金が必要です。

他のクラブと比較して、『高い』と言われると確かにそうかもしれませんが、われわれからすると今の会費でも安い、会費以上の質の高いサッカー指導、教育的価値を提供していると自負しています

 

 当たり前の話になるが、ボランティア指導に頼るクラブにおいて選手や保護者は指導者の指導力がどれだけ低くとも文句は言えない。また、1万円以下の月謝で運営しているクラブは経営上どうしても一人のコーチに出来るだけ多くの人数を担当させる傾向があるため、指導の質が下がりやすい。

 学習塾や予備校などと同様、教育産業の枠組みにも入ってくるサッカークラブにおいて、きめ細かい指導を掲げるのであれば一人のコーチが担当する選手の上限は多くとも20名、理想は15名以下だろう。1チーム20名が在籍し、月謝が1万円と仮定すると、チーム単体の運営費は月に20万円。

 その予算からクラブの売上、グラウンド代など諸経費を引いて仮に15万円を人件費に使えるとしても、その月給では優秀な指導者が集まるはずもない。かといって、月給を増やすために担当チーム数を増やせば、当然のことながら指導の質は落ちる。そこが街クラブ経営における長年の課題だった。

楽しい雰囲気の中、サッカーの原理原則に基づくきめ細やかな指導を受ける大豆戸FCの小学生チーム
楽しい雰囲気の中、サッカーの原理原則に基づくきめ細やかな指導を受ける大豆戸FCの小学生チーム

 

■日常の活動への投資を促すことで「働き方改革」にも成功

 では、月謝1万円未満の街クラブがどのように経営を安定化させているかというと、春、夏、冬休みにある合宿や遠征といったイベントでの売上確保だ。

 今やJクラブのみならず、街クラブですらスペインなど欧州のサッカー大国への海外遠征を実施している現状だが、特に「海外遠征」のように非日常を謳いやすいイベントには親、それ以上に祖父母が「かわいい孫のためならば」と財布の紐を緩めやすい。

 大豆戸FCでも近年は韓国やドイツなどの海外遠征を中学年代のチームで組み込んでいるが、末本さんは「会費を上げ、様々な企業様のご支援も頂き、経営面での安定化をはかれたことで、いわゆる合宿事業でポンと売上を上げる経営から脱却できました」と話す。

「今はわれわれが合宿を企画しても参加する選手が減りました。それは競合する合宿が増えたからです。こちらのスタンスとしては、日々会費をしっかりともらい、合宿は年に数回に抑えて、行ってもその値段は抑え、会費で安定経営をする。今は合宿もバタバタ行かなくなりましたし、単発の合宿にお金をかけてもらうのではなく、日常の活動にかけてもらうようシフトしました。

 そうすると何が起きるかというと、クラブとしてあくせくしなくなりました。合宿や遠征を行うとしても無駄にお金をかけて遠方に行かず、近場で良いチームとのマッチメイクをして半日で活動終了。残りの半日は休みかチームでサッカー以外のアクティビティで楽しむというサイクルになりました。

 一昔前、私が若い頃はマイクロバスを運転してとにかく遠方まで出向くイケイケな遠征をやっていましたが、今は精査するようになりました。結果として、選手も指導者も休暇で休めるようになりました。親としても無駄な交通費や合宿・遠征での出費がなくなるわけですから良いことだと考えています。しかも、それによってクラブ、チームが弱くなったかというと、逆に結果が出るようになりました」

 クラブ経営として見た時、大豆戸FCは会費の値上げによって働き方改革に成功したのだ。

 聞くところによると、会費見直しのタイミングで辞めていったスタッフが出た一方、新たに3人の指導者が外部から入ってきたという。うち一人は、教師を辞めて四国からやってきたというから驚きだ。その指導者に末本さんがオファーを出した際、「教師の給料よりも高いです」とビックリされたのだそうだ。

 大豆戸FCに在籍する指導者は、全員がNPO法人の社員だ。法人として休暇、福利厚生もしっかりと用意されている。

 大学卒業後、外食産業に入り店舗責任者として売上記録の更新、グループ全店における全国伸び率2位という実績を残すなどビジネスマンとしての能力も高い末本さんは「良い指導者を揃えるためにはお金が必要で、そこはクラブとして経営努力が必要です」と語る。

「情熱も大事ですけど、指導者が持つサッカーへの情熱に甘えて低賃金で彼らを酷使するのは違うと考えています。クラブ経営には、情熱もお金も両方が必要で、まだまだ情熱だけに逃げているクラブが多いのが現実です。大豆戸FCは両方を求めています」

クラブ経営者としても確かな手腕を発揮する末本さん
クラブ経営者としても確かな手腕を発揮する末本さん

 

■「ボランティア指導が当たり前」、「スポーツはただでやるもの」という古い価値観への挑戦

 確かにこの業界、街クラブはボランティア精神に逃げやすい。

 実際問題、ボランティア指導がいまだ主流の日本の小学生年代において末本さんは、「昔と比べても、それほど指導レベルは上がっていないのではないか」と指摘する。また、「自分の若い頃と比較して、明らかに20代、若手のサッカーコーチが減っています」という危機的現状なのだ。

 長年、サッカー指導を売り物にしないクラブ経営がスタンダードとなってきたことで若く優秀な人材が入らず(残らず)、ボランティア少年団、街クラブの両形態において指導者の高齢化が加速している。

 そうした業界に危機感を募らせる末本さんは、40代、3児の父となった最近、敢えて居住地である茅ヶ崎の街クラブでボランティアコーチを務めるようになった。

「サッカーの指導者って凄いんだぜ、ボランティアでやっても違うんだぜ、というフェイズを自分で作りたいと思いまして。たまたま近くにあったクラブに長男が行くようになったから始めたことですけど、私は本職がプロサッカーコーチなのでボランティアコーチに行く時には常に勝負でした。

 担当した小学1年生は、これまで0−10で負けるような弱小チームだったんですけど、この前ある大会で優勝しました。一緒に小学2年生もみているのですが、出場した大会で準優勝しました。

 クラブのスタッフや選手の保護者がお世辞ではなく、『末本さんのお陰です』と言ってくれる。その言葉はもちろん嬉しかったのですが、それ以上に『プロサッカーコーチ』が提供する指導力とその価値を知ってもらえたことが嬉しかったです」

 筆者も最近、6歳になる長男が近所のボランティア少年団と法人経営の街クラブのスクールを掛け持ちするようになったことで、ボランティアとプロの指導の違いを目の当たりにするようになった。毎週末、子どもたちのためにボランティアで指導してくださるコーチの情熱には頭が下がるし、彼らが日本サッカー界の底辺を支えてくれているのは疑いようのない事実だ。

 そうした人たちを一括りにして全否定するつもりは毛頭ないし、私も感謝の気持ちの方が大きい。ただ、彼らの情熱やボランティア精神を前にした時、そこにはサッカー指導自体や指導のレベルについて議論される余地はない。必然的に私がサッカーを始めた当時、つまり30年以上も前の時代と大差ない練習メニューや幼稚園生、小学低学年でありながら練習の半分以上でボールを使わないメニューが続くような有様だ。

 サッカーを始めたばかりの幼稚園生、小学生はサッカーを楽しむことが大前提だ。サッカーを楽しむためにはボールを蹴る、ゲーム性の高い練習メニューが必要で、そこを基点にチームスポーツとしてのサッカーの競技特性、そしてプレーの仕方を段階的に教わっていく必要がある。

 大豆戸FCの末本さんがボランティアコーチを敢えて引き受けているもう一つの理由がまさにここにある。つまり、スポーツ指導の現場に蔓延している「古い価値観」への挑戦なのだ。

「ボランティアでクラブ経営や現場の指導を回している限り、クラブも親も指導に口出しできません。すると指導レベルは上がらないし、発展性がない。今私がボランティアコーチを敢えて引き受けているのは、子どもたちが可愛い、彼らの成長を見たいというのもありますが、長年『ボランティア指導が当たり前』、『スポーツはただでやるもの』だと思われてきた価値観への挑戦でもあります」

 街クラブ2.0の大豆戸FCの挑戦は、単に先鋭的なサッカークラブの働き方改革にとどまらず、サッカーやスポーツに教育的価値を見出す再定義への挑戦でもある。

 先週末(7月15日)に幕を閉じた「第39回 神奈川県チャンピオンシップ U-12兼 関東少年サッカー大会神奈川県予選」で末本さん率いる大豆戸FCのU-12はクラブ史上初となる神奈川県制覇を達成した。決勝までの道のりでは、横浜F・マリノスプライマリーと横浜F・マリノスプライマリー追浜のJ下部2チームを下している。

 こうした結果は偶然の産物ではない。大胆な改革に邁進する大豆戸FCの取材を通じて、「サッカー(スポーツ)を通した人間教育」の本質を垣間見た気がした。

(取材日:2019年2月21日、写真撮影:小澤一郎)

【ニュース】大豆戸FC応援自販機が設置される

大豆戸FC提供
大豆戸FC提供

キリンビバレッジ株式会社とのスポンサー契約に伴い、6月には大豆戸町に大豆戸FCのデザイン仕様が施された同社の自動販売機が設置された。

売上金の一部が同クラブの活動応援金になる仕組みで、代表理事の末本亮太さんは「応援金は選手の自己負担を軽減するためにも、遠征費等に有効利用させて頂く予定です」とコメントしている。

サッカージャーナリスト

1977年、京都府生まれ。早稲田大学教育学部卒。スペイン在住5年を経て2010年に帰国。日本とスペインで育成年代の指導経験を持ち、指導者目線の戦術・育成論を得意とする。媒体での執筆以外では、スペインのラ・リーガ(LaLiga)など欧州サッカーの試合解説や関連番組への出演が多い。これまでに著書7冊、構成書5冊、訳書5冊を世に送り出している。(株)アレナトーレ所属。YouTubeのチャンネルは「Periodista」。

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