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虐待は今なお続いている~野田市小4虐待死事件で父親の裁判始まる

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授
栗原勇一郎被告の裁判が行われている千葉地裁

 千葉県野田市で小学4年生の栗原心愛さん(10)が虐待を受けて死亡した事件で、傷害致死などに問われた父親の勇一郎被告(42)の裁判員裁判が21日、千葉地裁(前田巌裁判長)で始まった。被告は、傷害致死罪などの成立は争わないとしたものの、「飢餓状態にして衰弱してもかまわないと考えたことは一度もありません。妻に指示して食事を与えないようにしたこと、十分な睡眠を取らせなかったこと、(心愛さんの)背中に座って両足をつかんで反らせたこと、浴室に連れ込みシャワーで冷水を浴びせ続けたことはしていません」など、心愛さんが亡くなるまでの経緯について、事実関係の多くを否認。心愛さんが学校のアンケートで父親の暴力を訴えた、2017年11月上旬の件については、「暴行を加えたことはありません」と否認した。

次女には愛情、長女は虐待

 検察側の冒頭陳述によれば、勇一郎被告と妻は、長女の心愛さんが生まれてまもなく別居状態となり、その後離婚。再婚して同居するようになるまでの8年間、心愛さんとは離れて生活していた。復縁してまもなく生まれた次女には愛情を注いだが、心愛さんを疎ましく思い、気に入らないことがあると繰り返し虐待。検察官は裁判員に対し、事件の全体像を「日常的、継続的虐待の末に死亡させた事件です」と説明した。

 勇一郎被告にとっては、成長の過程を知らない心愛さんは、「妻の連れ子」のような感覚だったのかもしれない。

自らがなした虐待の原因を娘に求める被告

 一方、弁護側は精神的に不安定だった妻に代わり、勇一郎被告が家事や育児を一生懸命やっていた、と主張。「幸せな家庭を築きたいと思っていた」「(家族を)愛していた」などと強調した。

 弁護側冒陳を通して見えてきた勇一郎被告の主張は、虐待に至るのは、心愛さんの側に原因があり、暴行等の程度も検察側が言うひどひどくない、というものだ。

 たとえば、2018年12月30日から19年1月3日頃までの間に、心愛さんの両腕をつかんで体を引きずったり、体を引っ張り上げた床に打ち付けたり、顔や胸にも暴行を加えて、顔面打撲や胸骨骨折の傷害を負わせた、という件。

 被告側は、心愛さんの宿題につきあっていたところ、途中で投げ出したので注意したら、心愛さんが暴れたため、腕をつかんで持ち上げたり引きずったり取り押さえたりしただけ、と主張。傷害については、心愛さんが暴れた結果の自傷行為だということになる。

死に至る虐待についても…

 虐待は暴力行為だけではない。18年7月には、浴室で心愛さんに手に大便を持たせた姿を携帯電話で写真撮影したことが、強要罪に問われている。

 これについて被告側は、夜中に心愛さんが騒ぎだし、その後「トイレに行きたい」などとも言ったが、「いつものウソ」を思い行かせなかったところ、本当に大便をしてしまった、と述べた。さらに、被告がビニール袋を持ってくると、心愛さんが大便を手に持っており、「どうするの?」と聞くと、「撮りたければ撮れよ」と言うので撮影した、とのこと。つまり、心愛さんが自発的に大便を手に持ち、父親に撮影するよう挑発したという主張だ。

 死に至る虐待についても、心愛さんが寝転んで暴れたので、浴室につれていったところ、さらに抵抗したので、落ち着かせるためにシャワーを2,3秒、3回くらいかけただけなのに、ストンと崩れ落ちて亡くなった、というのが被告側の主張になる。

祖父は「穏やかで優しい子」と

 勇一郎被告が語る心愛さん像は、嘘つきで暴れたり奇行がある、というものだ。しかし、彼女についてそのような問題を語るのは、彼だけだ。

 この日は、被告人の実父の調書が朗読された。児童相談所が一時保護を解除した際など、心愛さんは勇一郎被告の実家、つまり祖父母の家で生活していた時期がある。実父は心愛さんについて、「穏やかで優しい。周りに気遣いできる素直な子。何らかの問題を感じることはなく、ごく普通の子だった」と述べている。朝も、7時頃には起こされなくても自分で起き、身支度も自分でやるしっかり者だった、という。

 心愛さんが最後に通った小学校の担任教師の調書も朗読された。それによれば、「笑顔を絶やさず、いつもニコニコしており、なんでも真面目に取り組む子」だった。4月から10月にかけては学級委員となり、「クラスをまとめようと、ちゃんと役割を果たしていた」という。

 亡くなって何ら反論もできない心愛さんに問題があるように言いつのり、そこに虐待の原因があるかのように印象づけようとする。勇一郎被告による心愛さんへの虐待は、その人格を貶めるという形で、今なお続いていると言わざるをえない。

泣き叫ぶ子を撮影

 検察側は、被告人の携帯電話に保存された映像を数点、証拠提出した。そのうちの1つ、11月4日深夜に浴室横の脱衣所での心愛さんの様子を映した52秒の動画のうち、5秒を再生した。法廷の大型モニターはスイッチが切られ、傍聴席からは映像は見えなかったが、裁判官や裁判員のモニターから音声は聞こえた。心愛さんは泣き叫んでいた。そうした映像が他にもある、という。

 このような動画を映して保存するという行為からは、被告人の心愛さんに対するサディスティックなまでに冷酷な態度が伺える。

 しかも、法廷で娘が泣き叫ぶ声を聞いても、彼は情状1つ変えなかった。裁判の冒頭では、「心愛ちゃん、本当にごめんなさい」「娘のためにできることは、本事件としっかり向き合い、事実を明らかにすることだと思います」などと述べ、何度か涙も見せた勇一郎被告だが、その涙は果たして誰のために流されたものなのだろうか。

 ちなみに、この心愛さんが泣いている映像を見た裁判員の1人の具合が悪くなり(泣いているように見えた)、裁判長は休廷を宣言。その後、再開したがまもなく再び休廷し、裁判長はこの裁判員の解任を明らかにした。

来週には妻などが証言

 起訴事実の中には、妻に対する暴力行為も含まれている。これについても、妻がちゃぶ台をひっくり返し、心愛さんを蹴るなどの暴行があったために、それを止めるために馬乗りになって、ほほを平手打ちしたもの、という。要するに、妻の暴力を自分が止めた、という主張だ。

 妻は、傷害ほう助罪で執行猶予のついた有罪判決がすでに確定している。来週には、勇一郎被告の法廷で証言することが決まっている。

 被告人の母親や妹、小学校の担任教師、児童相談所の職員なども証言する。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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