服部隆之インタビュー・前編 “令和のブギ”、ドラマ『ブギウギ』主題歌「ハッピー☆ブギ」ができるまで
NHK連続テレビ小説『ブギウギ』の主題歌、“令和のブギ”「ハッピー☆ブギ」は、当初は中納良恵とさかいゆうが歌うことを想定して書かれた!?
NHK連続テレビ小説『ブギウギ』が盛り上がっている。ドラマの軸となるのは音楽。劇伴、そして主題歌「ハッピー☆ブギ」(11月15日発売/アナログシングル盤11月22日発売)を手がけているのが、大河ドラマ『新選組!』(2004年/NHK)、『真田丸』(2016年/同)、そして『華麗なる一族』(2007年/TBS)、『半沢直樹』(2013年/同)、『王様のレストラン』(1995年/フジテレビ)、『HERO』(2001年/同)、『イチケイのカラス』(2021年/同)等、これまで数多くの名ドラマや、映画『ドラえもん』シリーズ、ガンダムシリーズ等の映画の劇伴を手がけてきた日本を代表する音楽家の一人・服部隆之だ。ドラマでは草彅剛演じる羽鳥善一のモデルになっている作曲家・服部良一の孫でもある。
服部は「ハッピー☆ブギ」を制作中から中納良恵(EGO-WRAPPIN')と、シンガー・ソングライターさかいゆうに歌ってもらおうと決めていたという。そこに主演を務める趣里が加わり、まるで朝が来たことを祝福してくれるファンファーレのような、ワクワクさせてくれる令和のブギができあがった。
この作品について、そして中納、さかいについて、さらに“歌手”趣里についてインタビューした。もちろん祖父・服部良一さんとその音楽についてもたっぷりと聞かせてもらった。前・後編に分けてお届けします。
「さかいさんは本当に息をするように歌うというか、歌に自然に入ることができる」
――「ハッピー☆ブギ」は曲を書きながら、中納さんとさかいさんに歌ってもらおうと決めていたとお聞きしました。なぜこの二人だったのか、教えて下さい。
服部 さかいさんは「オフコース・クラシックス」というフルオーケストラをバックに、ゲストがオフコースの代表曲を歌うというコンサートとレコーディングで、何度か共演していて、その時からその歌に惚れ込んでいました。本当に自然に息をするように歌うというか、歌にスッと入ることができる。それで凄い歌を歌ってくれる。こんなシンガーなかなかいないと思います。
「最初は女性の曲にしようっと思っていました。でもビージーズのように男性のファルセットでパワフルに歌ってもらうのもいいなと思いました」
――日本人離れした歌い方ですよね。
服部 この曲は最初女性の曲にしようと思っていました。でもビージーズみたいな男性のファルセットでパワフルに、あのテンションで高いところを歌ってもらうのもいいなと思いました。そうなるとキーの問題が出てきますが、さかいさんは「オフコース・クラシックス」で、オフコースのあのキーの高い曲をキーを下げずに歌っていました。ファルセットと地声のハーフで高音が出るし、普通の歌手だとファルセットになるとどうしても細くなりがちですが、さかいさんは強いファルセットが出るんです。
「中納さんのフェイクは自由で柔らか。テクニックを強調しない歌のうまさは別格」
――中納良恵さんの声、歌の魅力を改めて教えて下さい。
服部 EGO-WRRAPIN’の「くちばしにチェリー」に聴いて衝撃を受けたのが最初です。あの曲の中で中納さんは途中からフェイクしているのですが、そのフェイクの仕方が、これ聴いたれ!ってあざとい感じではなく、ものすごく自由に柔らかくフェイクをするんです。その感じがすごくいい。今の流行りの歌い方がひとつあって、気持ちいいところに必ず少しファルセットを入れたり、Aメロのところで歌い方を必要以上に洋楽に寄せてみたり、個人的にはそこにあまり惹かれなくて…。もっとナチュラルに日本語として歌って、でもそこに歌のうまさというのが内包されて、テクニックが入っていない心地いい歌が好きなんです。山下達郎さんや竹内まりやさん、小田和正さんがそうです。
「オーディションでは正直趣里さんより歌がうまい人はいました。でもその演技の凄さに引き込まれてしまいました」
――当初中納さんとさかいさんで決まっていたわけですが、そこに趣里さんが加わることになった経緯を教えてください。
服部 僕は最初のオーディションから観させていただいたのですが、趣里さんがどんどん進化していったんです。誰が歌っているのかわからない状態で歌の音源だけもらって、判断するというブラインドテストもありました。正直趣里さんより歌がうまいい人は他にもいました。でも課題曲として「東京ブギウギ」を歌って、プラス芝居をするというケースがあって、趣里さんの芝居を観た時にあまりに凄すぎてビックリして。その独特の表現力から生まれる存在感とか、役になり切っているところとか、もう引き込まれてしまいました。今、毎日テレビで観ていても、独特で自然な芝居で、大仰じゃないというか、でも表情ひとつとってもとにかくうまいなって思います。
「趣里さんは女優であることはもちろん、このドラマでは“歌手”になってもらう必要があった」
――ドラマなのでまず演技力が求められますよね。
服部 今回は女優であることはもちろん、笠置シヅ子がモデルの福来スズ子を演じるということは、“歌手”になってもらう必要がありました。趣里さんは真面目な性格なので、歌のレッスンにも情熱を持って向き合ってくれ、元々リズム感がよくて、その上でボイストレーナーから言われたことを、まるでスポンジのように吸収して“掴んで”いって、毎日成長していきました。歌い込んでいくうちに声も太くなって、なにより音程感がしっかりしていて、ファルセットがブレなくて強いんです。ドラマの第1週目に歌った「東京ブギウギ」と時間を経ってからの「東京ブギウギ」は全然変わっていて、それは声が太くなって歌に自信がついて、歌が前に出てきたからです。
――笠置シヅ子さんの歌の多く、特にブギはリズムがとてもポイントになっていると思います。
服部 笠置さんはリズム感がいいのに、ピッチも完璧でとても“律儀”に、正確に歌っている印象があります。ブルージーな声で歌う曲もありますが「東京ブギウギ」はすごくストレートに歌っています。リズムは洋楽だけど、歌に洋楽のエッセンスを入れずに、洋楽に寄っていかずに、日本人がストレートに歌うことで独特の世界観ができあがっていると思います。その歌を趣里さんは見事に表現してくれています。
「歌が日々進化していく趣里さんを見て、主題歌も歌ったらどうかな、と思っていたら、制作サイドも同じことを考えていました」
――主題歌「ハッピー☆ブギ」についてですが、趣里さんの歌がどんどん進化していく様を見て、主題歌を歌う一人に抜擢されたとのことですが、これまでNHKの朝ドラの主題歌で、主役が歌うことはあまりなかったと思います。さかいさんは「主役が主題歌を歌うことで説得力が出る」とおっしゃっていました。
服部 歌がどんどんがよくなっていく趣里さんを見て、主題歌を歌ったらどうかなって心の中で思っている時、ドラマの制作サイドも同じことを考えていたようで、主人公が主題歌を歌うのは今まであまりなかったことなので、トライしてみようということになりました。趣里さんにこの話をした時は晴天の霹靂だったようで、ビックリしていました。でもレコーディングしてみると、狙い通りすごくいいハーモニーができあがりました。趣里さんは、服部良一作品の有名な曲、マイナーな曲を含めて難しい劇中歌をこれでもかと歌ってきてからの「ハッピー☆ブギ」のレコーディングだったので、経験値も蓄積されていたと思います。「温もりのある柔らかな気持ちで歌ってほしい」とアドバイスしただけで、後は自由に歌ってもらいました。3人の歌がドライブがかかっていく感じが出ていて、すごくいい歌になりました。
「朝ドラはバラードや爽やかな曲が多い印象があるけど、今回は何の迷いもなく疾走感溢れるブギにしようと思った」
――隆之さんは「ハッピー☆ブギ」について「敗戦の悲嘆に沈む日本人の明日への活力になるようにと世に送り出された、笠置シヅ子と服部良一によるブギへの讃歌です」とコメントしています。
服部 今回は劇伴の他に主題歌の制作も依頼されました。主題歌を劇中でもしっかり使用したいということで、制作サイドは劇伴とのトータリティを考えてくださっているんだなと粋に感じました。そして主題歌は何の迷いもなくブギを作ろうと思いました。フルのビッグバンドなんですが、今回は大好きなストリングスを一切使わないということと、ハモンドオルガンをフィーチャーしようと決めてアレンジを考えました。朝ドラの主題歌はどちらかというとバラードや、爽やかな曲が多い印象なので、僕は最初から最後まで突っ走っている感じの曲を書こうと。でもスタッフと話をしている中で、ブギというのは笠置さんの娘さんにとっては、子守唄でもあったのでは、という話が出てきました。
「ブギは、笠置さんの娘さんにとっては子守歌だったかもしれない。だから二番のスローな部分は、趣里さんと中納さんの声で娘と母を表現してもらいました」
――それが二番のスローになる箇所ですね。
服部 そうです。疾走感を感じるものを書こうと思っていたので、それはどうなんだろうって思いましたが、話を聞いて納得できて、やってみると自分でもなるほどと思いました。当時笠置さんがステージに立っている時、娘さんは楽屋にいて、もしかしたら母親が歌っているところを観たり聴いたりしたかもしれない。だからあのスローな部分は子守唄で<ブギはララバイ シルキースポットライト>という歌詞を書きました。最初に趣里さん、次に中納さんが歌っていて“娘”と“母”が歌っているところなんです。舞台の合間に楽屋に行って子供をあやしたり、もしかしたらお乳を飲ませていたかもしれない、それでまたステージに向かう、そういう母娘のことを表現したかった。趣里さんの自然な声と中納さんのブルージーな声で、娘と母親の対比を楽しんでいただきたいです。
――一度聴くと忘れられない派手なホーンのイントロで始まって、疾走感がある歌からあのバラード部分、そのメリハリに引きつけられます。
服部 耳に残る派手なイントロは、テレビの音楽を作っている僕の悪い癖かもしれません(笑)。ドラマ『HERO』もそうでしたね。バラードになった時の中納さんのあの歌い方が絶妙なんです。母親の広い心を見事に表現してくれました。
「ハッピー☆ブギ」で初めて作詞に挑戦
――先ほど歌詞のお話が出ましたが、隆之さんは「ハッピー☆ブギ」で初めて歌詞を手がけました。
服部 今回はサビで<ブギウギ>という言葉を使うということだけ決めて、あとは本当は脚本家さんか作詞家さん、中納さんに書いてもらおうと思っていました。でも<ブギウギ>という言葉の置き場所が決まったら、気が付くとまるでクロスワードパズルのように自分で言葉を埋めていました。ブギ讃歌なので、ブギがどんなに素晴らしいのかということと、先ほど出ましたがブギは笠置さんの娘さんにとってはララバイだったかもしれないという視点の、2つの軸で成立しています。作詞はパーソナルな部分が出る表現方法だと思います。今回そこは出ていませんが、それにしても恥ずかしいです(笑)。
【後編】に続く
※服部隆之氏の「隆」は、「生」の上に横棒が入る旧字体が正しい表記です。