地裁・高裁は念書の有効性を認める判決 司法も旧統一教会の手口に引っ掛かったのか?最高裁で覆されるのか
被害者家族である中野容子さん(仮名)が起こしている裁判の上告が、最高裁で受理されて弁論がひらかれることになり、2024年3月26日に立憲民主党を中心とした、野党による統一教会国対ヒアリングが行われました。
司法も旧統一教会の手口に、引っ掛かった恐れも
中野さんの母親は旧統一教会の信者時代に1億円もの献金をしており、返金を求める裁判を起こしますが、1審、2審とも敗訴します。
その理由は「返還請求や不法行為を理由とする損害賠償請求など、裁判上・裁判外を含め、一切行わないことをここにお約束します」という念書に署名をさせられ、その様子を教団側がビデオに撮っていたために、念書の有効性が認められたためです。しかし中野さんは諦めずに最高裁に上告しました。6月10日に、最高裁が弁論をひらくことになり、地裁、高裁で判断された敗訴の判決が見直される可能性が出てきています。
立憲民主党の山井和則議員は「もし最高裁で念書が無効との判断が出ると、全国で念書を書かされた被害者の人たちの高額な献金が返金される可能性も出てきます」と話します。
筆者は、地裁、高裁で念書の有効性を認めるような判断が示されたのをみるに、社会や政治、行政だけでなく、司法の場においても、旧統一教会の手練手管な手口に引っ掛かってしまった恐れを感じています。
岸田首相の答弁により、状況が一変
この状況の布石になったのは、2年前の12月の衆議院予算委員会における被害者救済法案(後の不当寄附勧誘防止法)の議論のなかで、同党の山井議員が岸田文雄首相への念書の有効性についての質問がきっかけです。岸田首相は次のように答えています。
「法人などが寄付の勧誘に際して、個人に対し、念書を作成させ、あるいはビデオ撮影をしているということ自体が、法人等の勧誘の違法性を基礎づける要素の一つとなり、民法上の不法行為に基づく損害賠償請求が認められやすくなる可能性がある」
つまり、教団側が念書やビデオを撮って「自主的に献金した」との正当性を訴えることは、かえって勧誘の違法性を示す要素になるとの認識を示したわけです。おそらく、これは長年、返金をさせない状況を作ってきた教団側にとって大きな衝撃だったことでしょう。こうした行政側の見解もあり、司法の場でも念書の有効性の判断を見直すことになるのではないかとみられています。
「非常に長い、耐え難い時間でした」
しかし、ここに至るまでの道のりは容易ではありません。それは国対ヒアリングで語る中野さんの言葉からもわかります。
「亡き母の統一教会の被害が2015年に発覚してから、9年近い月日が経っています。2017年4月に東京地裁に提訴しましたが敗訴となり、2022年7月7日にも東京高裁で敗訴となりました。2022年7月に最高裁への上告の手続きをしましたが、最高裁でひらかれる弁論の期日とされている、24年6月10日までは約1年11か月が経っています。非常に長い、耐え難い時間でした」
中野さんの代理人でもある木村壮弁護士から事件の概略が話されました。
「お母様の被害は、ご自身の財産を持っていかれただけでなく、お父様の(5千万円を超える)財産を献金させられた2つを含んでおり、被害は1億を超えています。これまで、統一教会と地方教会の幹部信者を訴えておりますが、念書の有効性が裁判で認められた形で一審、二審とも請求棄却になっています。しかも、この却下はそもそも裁判を申し立てたこと自体が適法ではないということで、審理を行わないことになっています。これに対して不服があり、上告及び上告受理申し立てを一昨年前にしました」
「上告受理申し立て」について
「上告というのは、憲法違反とか裁判の構成自体に違法な手続があったとか、非常に限定的な事案でなければ認められないこともあり、上告自体は認められませんでした。それとともに、上告受理申し立てを同時にしておりまして、ようやく受理する決定が出まして、6月10日に弁論がひらかれることになりました」(木村弁護士)
上告受理申し立てをした理由を2つあげます。
「1つ目は念書の作成経緯です。当時(元信者の母親は)高齢で判断能力が非常に弱かったとか、統一教会の言いなりにならざるを得ない心理状態に陥っていた経緯だけではなく、念書の内容自体が非常に不当ということも重要な事実になります。つまり統一教会に対して損害賠償請求権を持っているにもかかわらず、それに関する訴えを起こしてはいけない合意をさせられた。これが不当な内容だといえることになります。2つ目は、お父様の財産を献金させられたことについて違法性が認められなかったことについても、上告受理の申し立ての理由にしています」
これらを理由としていますが、「最高裁はこの点を排除していませんので、この論点で弁論がひらかれることになるのではないか」と見解を話します。
最高裁の判断に対して望むこと
中野さんは、最高裁に対して「(地裁・高裁での)却下というのは門前払いで、裁判そのものをしないという判断です。献金被害の状況について事実認定は、ほとんどされないままでした。その事実認定をして、念書がとられた状況について正しい評価をして、念書の無効の判断を出してほしい」と望んでいます。
さらに「最高裁の判断はとても重いものだと思います。ここで念書無効との判断が示されれば、被害回復を諦めていた被害者の献金請求が実現する可能性が大きくなります。多くの被害者の救済につながると思います。逆に念書が有効のままであれば、これからも多くの被害が継続することは間違いありません」とも話します。
何より、中野さんは「解散命令をさらに前に進めるような影響があってほしい」と考えています。
「考えてみれば、信者に対して『献金を返してくれとはいいません』という念書や合意書を取り付ける宗教というのは一体どういうものなんでしょうか。それだけでおかしいとは思いませんか。母は高額の献金をさせられたばかりか、さらに持っていかれたお金を取り戻しませんとの内容の念書をとらされている。詐欺的行為に遭ったように私は思っています」(中野さん)
旧統一教会の被害者らの思い
信者である元妻が1億円もの献金をして被害に遭っている橋田達夫さんは「中野さんとお会いできてここまでこられたことが、自分自身にとっても嬉しいことです。念書について、無効の判断が出てほしいと思っています」と同じ被害者家族の立場から話をします。
旧統一教会の被害者でもあるA子さんは「自分が被害を訴えてから2年ほどがたちますが、当時ものすごい嫌がらせがあり、いまだに毎日のように続いています。被害の発言をするだけでも、被害者の方は攻撃を受けて二次被害に遭っている状況です。自分の生活をまともにしていくことが難しくて、発言がどんどんできなくなっていくことが現実に起こっています。(被害の声を上げられない人が)未成年の方ということもありますので、被害者が声を上げなくても救われていくような仕組み作りが必要だと思っています。そういった議論を続けてほしいです。何より中野さんの裁判が本当にいい結果で終わってほしい」と話します。
組織的に行われてきた裁判対策について明かす
ジャーナリストの鈴木エイト氏は過去の教団資料を通じて、念書の実態について話します。
「中野さんのお母さんが念書をとらされたのは、2015年になります。2013年の統一教会の内部資料がありますが、この中にコンプライアンス、クレーム対策についての記述があります」
重点とすべきことに「A.功労者(教団内部用語で、高額献金者のこと)、高齢食口(こうれいシック:高齢者の信者のこと)に対して信仰の証となるような文書を残す。献金が、信仰にもとづき任意になされたことを示す契約書を残す」というものがあるとのことです。
「裁判の対策としてこういうものをとることをやっています。同じ時期に作られたもので、高齢者ケア状況調査表があります。高齢の信者のシミュレーションをする一覧表なんですけれども、その中には高齢者信者の年齢のシミュレーションとして、83歳、85歳、88歳があります。『今後の対応として、念書や感想文をとる努力をする。喜んで学んでいる記録映像で残す』というものがあります。古くからこういう形で献金を返さないための裁判対策を組織的にやっていたことがわかると思います」と話します。
司法における救済を受けさせないことは、権利の制限の意味合いが大きい
中野さんからも話がありましたが、返金の訴えさえも起こさせない合意は、司法における救済を受けさせないというものです。
木村弁護士は「これは権利の制限という意味合いが大きいものになります。念書の有効性についてやはり最高裁がきちんと判断を示すということは、今後の被害救済にとって非常に重要」と話していますが、最高裁の判断に多くの被害者、その活動に携わっている人たちが大きな期待を寄せています。
もう二度と旧統一教会の手練手管な手口に、行政、司法を始めとした日本社会全体が引っ掛からないためにも、過去に教団が引き起こしてきた被害に対して、今後も国民一人一人が厳しい目を向け続けることが求められています。