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#保育園落ちたの私だ」無名の母親たちが起こした、空気に対する革命

境治コピーライター/メディアコンサルタント

2万8千人を超える署名が山尾議員と塩崎大臣の手に

3月9日、私は衆議院議員会館の会議室にいた。「#保育園落ちたの私と私の仲間だ」を掲げた署名が2万8千人分集まり、それを国会議員に手渡す催しがあると聞いて取材に来たのだ。

この署名は匿名の女性が発信者で、Change.orgというオンライン署名サービスで集まったものだ。取材に誘ってくれたのも、Change.orgの広報・武村若葉氏だった。Change.orgにはちょうど一年前に取材して個人ブログに書いている。当時お腹が大きかった武村氏はもうお子さんが10カ月になるそうだ。赤ちゃん子育て真っ最中の武村氏がこの催しをサポートしているのも素敵な偶然だと思った。

→Change.orgを取材した記事「世界は変えられる。立ち上がれ!と力まなくても、変える方法を知ればいい〜Changemakers Academy〜」

署名を渡すのは12時の予定だが、取材をする側は11時から会議室で待機した。入って驚いたのだが、重厚な三脚がどかどかと並んで置かれている。待っているうちにどんどん取材陣が増えていく。前回の記事で書いた国会前スタンディングのほのぼのムードとはどうやらちがうようだ。おそらく、各メディアの社会部ではなく政治部が中心なのだろう。実際、スーツとネクタイの取材陣が多かった。

署名の発信者の女性に少し話を聞いた。自身の子どもを保育園に通わせたのは十数年前だが、話題になった匿名ブログには強く共感した。国会で、書いたのが誰かを問題にするのはおかしいし、少子化が進んでいるのに待機児童が増えていくことに疑問を持っている。国会議員の皆さんにぜひ耳を傾けてほしい、と署名を呼びかけた動機を語った。ただ彼女は、写真は撮らないでくれとのことだ。

発信者とは別に、「一緒に署名を提出したい」と希望する母親たちが赤ちゃんを連れて入場した。孫と一緒に来たらしい年配の男性や、ひとりで来た若い男性もいたのだが、報道陣はほとんど母親たちにカメラを向けた。それはまあ、仕方ないかもしれない。

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だがカメラの放列が、ほんの数名の母親たちに集中する様は、異様だった。同じ取材する立場だが、私は引いてしまった。政治マターになったからだな、と感じた。ことが大きくなっているのだ。発信者であるごく普通の女性が2万8千もの署名を集め、さらにこんなにマスメディアまで集めてしまった。なかなか起こることではないだろう。

待っている間、プロジェクターに映る国会の様子をその場にいるみんなで見た。ちょうど、先日「保育園落ちた日本死ね」を国会で取りあげ野次を浴びた山尾志桜里議員が、再び質問に立っていた。

ふと、国会がシーンとしているのに気づき、笑ってしまった。野次なんてひとつも飛ばない。そう言えば先日の世論調査で安倍政権の支持率が落ちたと報じられていたが、政権側が”気にして”いることがわかった。へー!「保育園落ちた」が政治を動かしつつあるぞ!

だが山尾議員に対する塩崎厚労大臣の答弁は、がっかりするものだった。気にしはじめたのなら、もう少し前向きなことを言えばいいのに、質問への答えにあまりなっていない。だがひとつだけ、山尾議員が「署名を渡したいお母さんたちが議員会館に集まっています。塩崎大臣も受け取ってくれますか?」と聞くと「受け取ります」と答えた。これは素晴らしいことだ!

しかし、この答弁を聞いた母親たちは「残念です」「何も答えていないですね」と口々に、塩崎大臣の言ったことを評価できないと言っていた。当然だろう。政権側も、気にしているのなら、もっと具体的な答弁を用意しておけばいいのに。

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やがて予定より遅れて山尾議員がやってきた。母親たちの労をねぎらい、言葉を交わして署名を受け取った。ここもまた取材陣のエネルギー爆発だった。大勢のカメラで取り囲み、誰かが言い出してポジションを決めていく。「構図をつくる」のだ。マスメディアの側が「いい絵」を演出してくれるのだから、この署名活動にとっても最良の伝わり方になったのではないだろうか。

私は途中までしか居られなかったのだが、そのあと塩崎大臣は本当に署名を受け取りにきた。ニュースでは結局、塩崎大臣が受け取る”絵”が使われていたようだ。いずれにしろ、「保育園落ちた日本死ね」に端を発した運動が、さらに大きく社会に伝わったのではないだろうか。

テレビとネットで相乗しながら大きく拡散

さてこうなると、3月3日の記事でもやったように、この話題がいったいどれほど拡散したのか、データで確認したくなる。テレビ放送をデータ化するエム・データ社と、ソーシャルメディアを分析するデータセクション社、それぞれに頼み込んでまたデータを取り寄せた。結果は驚くべきものだった。

まずテレビ番組だが、前回の記事では「日本死ね」ブログが載った2月15日から、3月1日までにこの問題を取りあげた番組をリスト化したら、16番組に上った。それ以降、昨日3月13日までの番組のリストがこれだ。ちょっと長くなってしまうが、フルで掲載してしまう。

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細かく見なくてもいかに多くの番組が取りあげたかわかるだろう。番号は前回の16番の続きから振ってある。全体で85番組で、3月2日以降が69番組にもなっていた。

2週間で16番組だったのが、12日間で69番組。テレビの取りあげ方が累乗的に増えていることがわかる。

これをデータセクション社からもらったツイッターデータと重ね合わせてみよう。対象はツイートの中に「保育園落ちた」が含まれているものだ。

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先ほどのリストのテレビ番組の数を散布図的に示している。ツイート数は、10%抽出なので実数は10倍すればほぼ間違いないと言える。

3月3日の記事でもその時点での似たデータをお見せしたが、ちょうど3日から水準が大きく変わったことがわかる。29日に最初に国会で取り沙汰されたあとから、急激に人びとの関心が高まり、マスメディアも加速的に取りあげはじめた。そしてやはり、前回の記事で取りあげた5日の国会前のスタンディングと、9日の署名を渡す催しが大きく作用している。たった二週間でマスメディアを巻き込みながらうねりが大きく高まったことが一目瞭然だと思う。

そしてもちろん、10日のテレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』に野次を飛ばした平沢勝栄氏が出演し、謝罪するはずなのにさらに墓穴を掘ってしまったこともこのうねりに拍車をかけた。私はたまたま見ていて、次の選挙での平沢氏の票が心配になってしまったほどだ。いや、いまや議員個人の当選や、選挙全体の結果をも左右しかねない勢いになってきている。

名もない母親たちの革命。敵は、”空気”だ。

こうした盛り上がりに対し、いろんな意見が飛び交っている。非常に理知的に意見を言う人もいて、だいたいは男性だ。例えば、保育園が増えないのは地方自治の問題なのに国会に訴えても意味がない、という人もいる。これに対して理知的に返すこともできるのだが、私はそういう論理を駆使することにはそもそもあまり意味がないと思う。いま起こっているのは、「空気に対する革命」だからだ。

声をあげた女性たちが何に憤っているのか。保育園が増えないこと。保育士が足りないこと。一義的にはそうなのだが、本質はもっと奥にあると思う。

彼女たちが声をあげているのは、子どもを育てながら女性が働くことにあからさまに否定的な、この国の空気に対してだ。

そしていま、この国の空気が変わろうとしている。その視点からすれば、いま起こっているのは比喩でなく革命だ。働く女性たちがいま、明確に革命を引き起こしているのだ。

働くのは賛成だが、家事は手を抜かないでくれよな。さすがにそんなことを言う夫はいま、いないだろう。だが働くことに反対する実家や親戚。これはいまだに多いようだ。育休を、堂々ととれる会社はどれくらいあるだろう。子どもが病気なので早退したいと言った部下を、こいつはここまでだなと軽蔑する上司はそこここにいるだろう。ベビーカーで電車に乗ることについての議論はいまも尽きない。問題は、制度の前にある。空気にあるのだ。働く母親を否定する空気でこの国は満ちていて、窒息しそうだという悲鳴。それが「日本死ね」の真実だと思う。

こんな空気が漂う国は、どうやら日本だけらしい。欧米はすでに70年代以降、新しい空気をつくり、少子化を克服した国も多い。日本はまだ、70年代から変わらぬ空気で満ちている。それによって少子化がぐいぐい進み、人口が減り国力が弱まるのに。今後10年間で日本は人口の5%を失い。それから先は十年ごとに1000万人ずつ減っていく。何をどうやっても、右肩下がりにしかなりようがない。この空気を変えないと、ほんとうに「日本死ぬ」なのだ。

そうなるのか、空気を変えて流れを食い止めるのか、この”革命”の私たちの受け止め方に関わっている。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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