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任命拒否への批判合戦は政府の狙い通り? 日本学術会議の広報には残念さが目立つ場面も

石川慶子危機管理/広報コンサルタント
(写真:西村尚己/アフロ)

日本学術会議が提出した会員候補者6人を政府が任命しなかった問題が連日報道されています。日本学術会議にしてみれば、これまで提出した候補者が慣例通り全員が任命されなくなったことは大きな問題であることは確かです。任命のあり方だけではなく、学問の自由のあり方、税金の使われ方、学術機関としての組織のあり方、大学のあり方にまで議論が広がっています。まさに、組織にとっては危機的状況であることは確かでしょう。このように、ある日突然危機の渦中に入ってしまった場合、一体どうしたらよいのでしょうか。

政権が仕掛けた批判の「餌」が成功

この問題について広報の観点から私の意見を述べておきます。そもそもなぜ政府は6名を任命しなかったのか。私は菅政権が仕掛けた批判の「餌」だと見ました。通常広報では、よい情報で話題創出の仕掛けをしますが、このようなネガティブ情報で仕掛けるとは大胆不敵。自ら対立軸を作って話題を創出しているのです。マスコミの使命として権力監視、権力批判がありますが、何も批判のネタがないと大臣のスキャンダル探しに向かってしまいます。3200回以上も記者会見をしてきた菅首相がマスコミの特性がわからないはずがありません。どこでどんな批判をするのか、どうすると飛びつくのか熟知している筈。予測できないわけがない。6名を任命しなければ批判されるのは重々承知の上のこと。むしろそれを狙っていたと思います。この問題、大臣スキャンダルよりはよほどダメージは少ないからです。マスコミも野党もうまく群がってくれた、とほくそ笑んでいるのではないでしょうか。

国民からすると日本学術会議の会員任命拒否が違法かどうかはあまりピンとはきませんが、大学のあり方と一緒に議論が進めば、関心は高まるといえます。すぐに解決する問題でもなく、当面この話題で政権批判は続くものの、プライバシーを暴くような不毛なスキャンダル報道合戦よりはよほどましです。

迷惑なのは日本学術会議かもしれません。思ってもみなかった任命拒否、加速する報道といった出来事に戸惑うばかり。今のところは、マスコミと野党による政府批判が目立ち、日本学術会議は擁護のように見えますが、これまで果たしてきた社会的役割は適正であったか、10億円の税金の使い方は適正か、について厳しいチェックが入ることも覚悟しなければなりません。今後は国民への丁寧な説明責任が求められます。

日本学術会議は公式見解で広報活動強化を

この問題に対する日本学術会議の公式見解が少ない点がとても気になります。いきなり危機の渦中に入ってしまった場合は、公式見解書を発信することが重要です。起きた事実を客観的に整理し、この問題にどう向き合っていくのかその姿勢を示す文章が公式見解書になります。日本学術会議の場合、これまでどのような発信をしているのか振り返ってみます。10月3日にホームページに掲載されている「要望書」が唯一の公式見解書になります。要望書の内容は、内閣総理大臣宛てに前置きもなく2項目だけが記載されています。

1.2020年9月30日付で山極壽一前会長がお願いしたとおり、 推薦した会員候補者が任命されない理由を説明いただきたい。

2.2020年8月31日付で推薦した会員候補者のうち、任命されていない方について、速やかに任命していただきたい。

国民として拍子抜けしてしまいました。これでは、どう向き合っていくのか姿勢がわかりません。要望書は、公式見解書としてもっと厚みのあるものが望まれたのではないでしょうか。これまで日本を代表する学術機関として果たしてきた役割やその実績、105名の推薦理由、特に6名の推薦理由は手厚く記載し、どのような危機感を持ったのか、格調高い文章を読みたかったと思います。

その他、10月1日と16日には、梶田隆章新会長の囲み取材によるコメントは報道されていますが、用意された積極的な発信ではなく、質問に回答する守勢でした。記者の誘導ばかりが目立ち、本当に言いたいことが言えていないように見えました。10月1日のコメント概要は次の通り。

「突然のことで今日は何も言えない。今日昼すぎに聞いたから整理していない。6名が任命されなかったことは、重要な問題を提起している。だからちゃんと対応していく。会長としての思いですか、、、今用意していないので、科学と社会は距離は狭まっている。外部との対話が重要になってきている。いろいろな方向での対話が重要。軍事研究については、状況が変わらなければ決められたことは踏襲していく。個人の思いだけで言えないこともある。アカデミアと政府の関係はどういうのが理想的か。科学が社会に影響を与えている。政府と科学はつながる。科学が政府、生活をつなげていく役割がある」

この時は、突然囲まれて戸惑っていました。積極的に公式見解を述べるための場ではなかったことがコメント内容からもわかります。後半の部分はとてもよいコメントでしたが、対立軸を作りたいわかりやすい報道からは取り残されてしまいました。この部分が要望書の中に盛り込まれているとよかったと感じます。

10月16日には、菅首相と面談した後に囲み取材を受け「今後の学術会議のあり方を政府と共に未来志向で考えていきたい。発信力が弱かったことを改革していきたいと菅首相に申し上げた」とコメントしました。ぶら下がり取材対応について官邸からアドバイスを受けたのではないでしょうか。落ち着いた対応でした。

当事者による発信こそがミスリードや誤報を防ぎます。日本を代表する学術機関として積極的な発信を期待したいと思います。危機はチャンスでもあります。報道で知名度が一気に上がったわけですから、これを活動理解促進のチャンスととらえて広報活動をすることができます。たった2項目だけの要望書ではあまりにももったいない。今からでもすぐに格調高い公式見解書を掲載してほしいものです。

(10月14日収録)

<参考サイト>

10月1日 梶田新会長 コメント

https://www.youtube.com/watch?v=fZ0ckg1bQUQ

10月3日 日本学術会議 内閣総理大臣宛て要望書

http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/kanji/pdf25/siryo301-youbou.pdf

10月16日 梶田新会長、菅総理と会談後のコメント

https://www.news24.jp/articles/2020/10/16/04742623.html

危機管理/広報コンサルタント

東京都生まれ。東京女子大学卒。国会職員として勤務後、劇場映画やテレビ番組の制作を経て広報PR会社へ。二人目の出産を機に2001年独立し、危機管理に強い広報プロフェッショナルとして活動開始。リーダー対象にリスクマネジメントの観点から戦略的かつ実践的なメディアトレーニングプログラムを提供。リスクマネジメントをテーマにした研究にも取り組み定期的に学会発表も行っている。2015年、外見リスクマネジメントを提唱。有限会社シン取締役社長。日本リスクマネジャー&コンサルタント協会副理事長。社会構想大学院大学教授

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