任天堂の不思議な決算 何もしないのに120億円の損
任天堂の2020年3月期の第1四半期(2019年4~6月)連結決算が7月30日に発表されました。売上高は約1721億円(前年同期比2.4%増)、営業利益は約274億円(同10.2%減)でしたね。
【参考記事】決算の見方が苦手な方へ「ゲーム会社は“優等生” 簡単に分かる決算の見方」
同社は日本を代表する企業なので、ゲームメディアから経済系メディアまで各所で取り上げられていました。経済系は正攻法で決算を取り上げ、ゲームメディアはゲームの出荷本数を追いかけていたのが特徴的ですね。ちなみに任天堂は決算で面白い現象が起きる会社だったりします。今回の同社の決算では、為替差損が約120億円あり、「円高が響いて大幅な減益」という内容になっていたと思いますが、まさにこれがその現象です。これだけを見ると「任天堂は調子が良くない」と思った人もいると思いますが、もう少し見てみましょう。
任天堂の決算記事を見るとき、“常識”を前提にして省いていることがあります。それは「為替差損」と「為替差益」です。簡単に説明すると、「為替」とある通り、為替相場の変動で、手持ちの海外の現金を日本円に換算してその増減があったときに発生します。増えていれば「為替差益」、減っていれば「為替差損」という具合です。これは海外の現金を持っていると、どの会社でも発生します。ただし記事で触れるレベルに膨らむことは普通あまりないのです。ところが任天堂の決算記事には、金額と共にこの用語が頻繁に出るのです。
ゲーム会社は、ゲーム機やソフトを売らない限りは利益が出ない業態なので、長期の開発に耐えられるよう、リスクヘッジとしてかなりの現金を持っています。ところが任天堂は、年間で2000億円以上の販管費(会社の維持費・人件費)がかかるので、約7400億円の現金を円、ドルやユーロで保持しているわけです(世界に会社があるので)。そして決算のたびにドルやユーロの現金を円に換算して、「〇円の現金がある」と発表するのです。実際の現金の残額に変動がさほどなくとも、為替相場次第(円高・円安)で巨額の利益が出たり、大きな損失が出る可能性があるわけです。昔、同社の広報室担当者とこの話になったとき「要は為替相場の問題、帳簿上の数字だけの話なんです。実際は何も変わってないんですけれど……」とぼやいていました。
つまり今回の為替差損の約120億円は、巨額ゆえにニュースの価値はありますが、経営の視点からは何ともしようがないのです。ちなみに、この為替の変動は悪いことばかりではないのです。過去には任天堂は、本業が振るわず営業赤字だったとき、巨額の為替差益でカバーしたことがありました。為替相場の変動がゼロのときは、為替差損・差益が発生しないのですが、何せ約7400億円の現金ですから、少しの為替相場の変動でも大きく影響してしまうわけです。
さて今回の任天堂の決算を振り返ってみます。「販売費及び一般管理費(販管費)」が前年度同期と比べて約36億円分増えて、営業利益も30億円分減りました。普通であれば「まずい!」となるわけですが、何せ約7400億円の現金があるわけで、経営的にはびくともしません。
ですが記事には「変わりません」と書いても仕方ないので、「円高が響いて減益」となるわけです。それは全くの事実ですが、見る人によっては「気にしない」となります。減益なのですが、任天堂の現金が本当に120億円減っているわけではなく、決算の仕様の問題なので、そういう見方もできるのです。むしろ大切なのは、次の第2四半期(19年7~9月)に発売される「ニンテンドースイッチライト」の売れ行きでしょうね。
ちなみに今回決算の販管費の増加分について同社の広報室に聞くと「研究開発費です。販促費も含んでいます」ということで、詳しい内容は教えてもらえませんでした。ただ参考資料を見ると研究開発費は約10億円増えているものの、まだ不足していました。だから何か別のものも仕掛けている可能性もありますよね。
決算は「味気ない」と思う人もいると思いますが、興味のある企業だと企業の特徴や課題も分かっているので、なかなか楽しいものです。また任天堂の決算を今後見るときは、ぜひ為替差損・差益に注目してみてください。