渡會将士「最高傑作ですと、20周年の時に言うのは軽薄かなって」――次へ向かうための“翌日の音”①
20周年、約3年振りのフルアルバム、これまでとこれからが詰まった、“次”へ進むための音
シンガー・ソングライターで、brainchild’sのボーカリストとしても活躍している渡會将士の4thアルバム『MorroW SoundS』が9月4日に発売される。約3年振りのフルアルバムは「翌日の音」と名付けられ、ポップネスとファンクネスが交差し生まれる高い熱量と眩しい光を放ち、20周年を迎えた渡會将士の新たな旅への出発点になる作品だ。とにかく歌が飛び込んできて、刺さる。この作品に込めた思いをインタビューした。
「20周年を迎え『MorroW SoundS』というアルバムを作ると宣言。完全にタイトル先行でした」
――『MorroW SoundS』は約3年振りのフルアルバムになりますが、構想はいつ頃から?
渡會 今年20周年を迎えたタイミングで、ノリで『MorroW SoundS』っていうアルバムを作りますって発表したんです。FoZZtoneとして2004年にミニアルバム『boat4』をリリースしたことが、本格的な音楽活動のスタートで、そのミニアルバムの一曲目が「MorroW」という曲でした。そんな“きっかけ”になった曲をタイトルにしたアルバムを作りたくて、『MorroW SoundS』と名付けてタイトル先行で、収録曲はこのタイトルに合うか合わないかが判断基準で、その方向性だけブレなかった気がします。
「今までやってきたことの蓄積で作れた部分が大きいって素直に思えた」
――このアルバムのマスタリングを終えた直後のSNSで渡會さんが「今まで色々な人達と沢山の作品を作ってきたから、続けてきたから作れたアルバムだなぁ」と呟いていました。
渡會 あれは本当にできあがった直後で、最初は手放しに今までで一番いいって呟こうとしたんですけど、20周年でそういうことを言うのって軽薄だなって思って(笑)。全作業が終わった後に、ずっとお世話になっているマスタリングエンジニアの方から『いいアルバムですね』って言われて、『うわ、初めて言われた』と思ってそれが凄く嬉しかったんです。今までも言ってくれていたみたいですが、記憶になくて…(笑)。振り返った時に、今までやってきたことの蓄積で作れた部分が大きいって素直に思えたし、これからこういう取材でアルバムのことを話す機会もあると思ったので、その時に最高傑作ができましたって言えばいいかなと思っていました(笑)。
「海の家でライヴをやるという、海なし県出身者の夢が叶った『Daybreaker』」
――7月にリリースしたこのアルバムのリード曲的存在の「Daybreaker」はすごくキャッチーで、夏のシングルって感じです。
渡會 海なし県出身なので昔から海に憧れていて、昔、桑田佳祐さんが海の家で弾き語りをやっている映像を観て、それをすごく覚えていて。波の音が聴こえる海の家でライヴをやってみたかったんです。そうしたら「Daybreaker」を作る直前に、鎌倉・材木座海岸の「DAY DREAMER’S DECK」という海の家の方から「海の家でライヴやりませんか?」というオファーが届きました。
――渡會さんのファンの方ですか?
渡會 そうなんです。ファンの方に夢を叶えていただきました。
――まさにDaydream=空想が現実になりました。
渡會 なのでこれを夏のシングルにしてMUSIC VIDEOもアーティスト写真もここで撮って、「DAY DREAMER’S DECK」さんになにか恩返しできないかな、と。曲も「Daydreamer」というタイトルの曲を作ろうと思ったのですが、ある意味夢が叶ったので、「夜明け」というニュアンスで「Daybreaker」というタイトルにして、曲を作り始めたらスムーズにできあがりました。
――波の音に包まれながら歌ってみていかがでしたか?
渡會 最高でした。どのフレーズをどう歌ってもいい雰囲気になって、刻一刻と陽が傾いて暗くなっていく時間の経過を、全員で共有できるたことがとても素敵でした。
「写真はイメージです」の反響
――アルバム一曲目の、4月にリリースした「写真はイメージです」は、現代社会のおかしさを端的に表す言葉とシニカルな歌詞で話題になりました。
渡會 当初はその反響がよくわかっていなくて、後輩のミュージシャンに「あの曲めちゃくちゃいいですね」って言ってもらえたり、全国でインストアライヴをやった時に「『写真~』を聴いて5年ぶりに来ました!』って声をかけてもらったり、色々な人から反応があって、この曲いい曲なんだって自分の中で再確認できた部分があります。
――「写真はイメージです」は今年1月に作った曲と前回のインタビューでおっしゃっていましたが、このアルバムに収録されている作品は新しい曲が多いのでしょうか?
渡會 「in the mood」は10年前に作った曲です。当時、クズ感満載の恋愛ソングを作りたくて、いい曲ができたと思ったのですが時代的にコンプライアンスが厳しくなってきて、リリースするのが怖くなってやめました(笑)。しばらく寝かせて聴き直したときに、ちょうど倫理の結び目がガチガチでつまらない世の中だなって強く思ったタイミングで、この曲結構ひどいことを歌ってるけど、クズ感満載だから逆に心に響くなって思いました。それと、ひょんなことからシンガー・ソングライター志望の高校生たちの前で話す機会があって、それもこの曲をアルバムに入れようと思ったひとつのきっかけなんです。
「ダメなところを曝け出すということは必要」
――興味深いですね。
渡會 すごく勉強になりました。「今何を聴いてるの?」って聞いたら、ボカロを聴いてるコが多くて、それはサブスクに加入するお金がないから、と。その時ルーパーを持って行ってこうやって遊ぶんだよって教えても、高くて買えない、と。「アプリだと700円で手に入るよ」といってもそれも高いっていう。そうなるとYouTubeのボカロの曲にたどり着くしかなくて、しかもそういう曲の歌詞ってなかなかきついことを言ってるんですね。それについてはどう思うの?って聞くと「顔出ししてるアーティストがとても言えないような辛辣なことを、自分たちの代わりに言ってくれてるからスカッとするんです」と。それってかつての僕たちがHi-STANDARDとかパンクを聴いていたのと同じ感覚で、それを今ボカロがやっているんだという衝撃を受けて。それでハッとしたんです。真っ当な人間になろうとする人は多いけど、ミュージシャンはそれじゃダメだな、と。ちゃんとクズでいいという言い方は変かもしれないけど、ダメなところを曝け出すということは必要なことだと思い、この曲を入れようと。今回再構築というよりはクズさを損なわずに、クズのさなぎが蝶にふ化して、キラキラ輝いてるイメージです。
「クズな奴の歌詞も、いいメロディに乗った瞬間共鳴、共感してもらえる。それが音楽のいいところ」
――ザクザク響くギターと美メロが印象的でした。
渡會 技術的にもひとつのコード進行にとどまらないでずっと転調し続けて、最後にまた戻るという結構ドラマティックな進行になっています。クズクズ言い過ぎましたけど(笑)、自分でもきれいなメロディが書けたと思います。洋楽を聴いている時、英語はわからないけどメロディがきれいで、いいなと思って歌詞を翻訳してみると、男が振られた女性に縋るタイプの曲ね、はいはい、みたいな。そんな経験がたくさんあります。でもそれが音楽のいいところだと思っていて、嫌な思い出とかも美メロに乗せた瞬間にみんなが「わかるー」ってなるのが救いだなって思っています。
「今回はポップネスの精神をもう一回取り戻したかった」
――渡會さんが書く“ひと筋縄ではいかない”ポップスは、いい意味で心がざわざわしますが、貫かれているのは真ん中には美メロがどっしり構えている、そんな感じがします。
渡會 今回はある意味ポップネスの精神をもう一回取り戻したかったというか、シンガー・ソングライターだということをより意識しました。いつもレコーディングの時は、信頼しているバンドのアイディアを受け入れて一緒に作っていくことで、納得いくものができていました。でも今回は例えば曲によっては全部打ち込みでやったり、自分のエゴを強く残してみようと思いました。
――「蝶結び」は斬新な視点で、言葉もリズムを作っているラブソングです。
渡會 自分がいまだに蝶結びができなくて、でもその“仕組み”はわかって一瞬結べたけど、結局まだできない。英語ではバタフライではなくボウノットっていうのですが、そもそもほどきやすいための結び方で、それを日本では蝶々みたいな形だから蝶結びという名前にした瞬間、謎の美学が生まれて(笑)。上に丸が二つ、下に紐が二つという決まった形があって、それを毎回ミスらずに綺麗に結ぶ行為って、すごく日本人的だなと思うし、お守りのような感じだなと。自分が結べないがゆえに、結べる人たちに対して、何か特殊なものを感じてしまうんです。
「日常生活の中で違和感を感じることは、流したままにはできない。ツッコミたくなる」
――「写真はイメージです」も、紙パックのコーヒーの写真に書いてあったこのフレーズが気になって曲ができたとおっしゃっていました。誰もが気になっているけど、でもそれ以上“ツッコまない”ことを渡會さんはそれはおかしいとツッコんで、ポップスに昇華させています。
渡會 本当ですね。人と会話してても、例えば言い回しとかに違和感を感じることがたくさんあって、でもみんなそこは流してしまう。僕は気になることは溜め込んで、そこから曲を作ることも多いし、今回のアルバムは特にわかりやすいテーマをなるべく選びたいと思いました。記憶の中で視覚化できるようなものや、聴き慣れたフレーズだったり、それこそ「写真はイメージです」や「蝶結び」も映像としてパッと浮かんでくると思います。
――「Wake me up」(2023年10月)は、優しく背中を押してくれるような爽やかなポップスで、後半のハイトーンのボーカルとコーラスが印象的です。
渡會 普段の生活の中で何か我慢を強いられたり、高い目標に向かわなければいけなかったり、自分で自分を抑圧しているところが多かれ少なかれみんなあると思う。だから自分にご褒美を用意して明日も頑張りましょうという提案であるし、『MorroW SoundS』っぽいかなって。後半のコーラスは、やっぱり合唱好きなんだと思います。
「人間ってなんだかんだ失敗する中で生きていることを実感したり、それが自分の経験になったりする、ということをより感じる時代」
――「Offshore」はアルバムの中で、光度が強いというか、シンプルだけど強烈なグルーヴを感じることができます。“肌感覚”という言葉が刺さります。
渡會 「写真はイメージです」と同じタイミングにできた曲で、コスパ、タイパっていうことがすごく言われる時代だけど、その“システム”でうまくいけてる人って、世の中のほ年んのわずかな人だと思うんです。みんなそのレールから転げ落ちまくっている気がして。それこそどこ行くにも全部GPSで道案内してもらってる自分がいて、でもそれで目的地にたどり着くのは、ただタスクをこなしただけという感じがする。例えばスマホを忘れて、迷いながら知らない道を通って、知っている道に出たときの安心感ってなんかいいし、その途中でたまたま見つけたお店とかもすごく特別な存在になるし、人間ってなんだかんだ失敗する中で生きていることを実感できたり、それが自分の経験になったりするのかなって思います。打ち込みで作った曲ですが、絶対生音が欲しいと思ってベースとドラムは演奏してもらいました。
――<この人生のコスパなどどうでもいいと思えたのさ 彷徨ってきた肌感覚が行けと囁いている>という歌詞が強烈だし、この感覚をなくしてはいけないと思いました。
渡會 人間という生き物自体がものすごく面倒くさいと思う存在で、いかにスリムにスマートに仕事をこなすかという時に、AIに切り替えたりロボットを作ったり、人間をどんどん排除していくというのが現代の流れだと思います。でもその結果仕事の現場に誰もいなくなるというおかしな状況になっています。
【後編】に続く