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<朝ドラ「エール」と史実>「哀調を帯びながらもまた勇ましく」…軍歌「露営の歌」がヒットした本当の理由

辻田真佐憲評論家・近現代史研究者
(写真:アフロ)

ついに戦時下篇に入った朝ドラ「エール」。古関を大作曲家たらしめた軍歌も、かなり飛ばし気味で登場します。まず、昨日は「露営の歌」。たった1話で、同曲の大ヒットまでが一気に描かれました。

■「哀調を帯びながらもまた勇ましく、しかも何ともいへず望郷の念をそゝる音律」

「露営の歌」作曲の経緯は、すでに詳しく述べたとおりです。古関は、金子とともに、1937年7月から8月にかけて満洲に旅行しますが、その帰り道でたまたま「大阪毎日新聞」と「東京日日新聞」(現・「毎日新聞」)が募集・制定した軍歌の歌詞を発見。暇つぶし的に作曲します。それが「露営の歌」となり、コロムビアよりレコードがリリースされるや、半年で60万枚も売り上げる大ヒットとなったのです(なお、伊藤久男=佐藤久志のモデルの独唱はなく、男声合唱でした)。その作曲には、満洲旅行で見た古戦場の影響が強かったといいます。

ドラマでは、このような旅行がばっさり切られただけではなく、細かいエピソードも全部飛ばされてしまいました。そもそも、「露営の歌」もリリースしてすぐは売れませんでした。古関によれば、10月16日付の新聞に「長城に谺(こだま)する“露営の歌”/一枚の印刷歌詞を写し伝へつゝ合唱」という記事が出てから、在庫が動きはじめたそうです。

その記事の内容は、なんとも秀逸でした。「露営の歌」が前線の兵士に愛唱されているという内容なのですが、同曲が「哀調を帯びながらもまた勇ましく、しかも何ともいへず望郷の念をそゝる音律」と書かれていたのです。哀しくも、勇ましい。これほど古関の軍歌をうまくあらわした表現もありません。ただ哀しい曲は軍部に歓迎されなかったでしょうし、ただ勇ましい曲は民衆に歓迎されなかったでしょう。哀しさと勇ましさを同時にもっていたからこそ、古関の軍歌は、戦時下に禁止されることもなく広く愛唱されたのです。

また「露営の歌」はヒットのあまり、さまざまなアレンジ盤も出されました。尺八主奏版、ギター尺八四重奏版、ハーモニカ合奏版、児童合唱団の少年軍歌版、芸者歌手などが歌った流行歌版などなど。さらに、続篇にあたる「続露営の歌」や、前奏曲を利用した「さくら進軍」なども作られました。ドラマでは、このあたりがおおよそカットされており、いささか残念でした。

■「作り直すのがいやになって『ああ』というため息が出たので、それを冒頭に持ってきたよ」

さて、これに続く軍歌は、「陸軍が制作する映画の主題歌」。これだけで、音楽史に詳しいひとはピンときます。「露営の歌」にならぶ、古関の大ヒット軍歌「暁に祈る」です。

「暁に祈る」は、松竹映画『征戦愛馬譜 暁に祈る』の主題歌です。映画はヒットしませんでしたが、軍歌は、古関裕而、野村俊夫、伊藤久男の3人がトリオを組み、大ヒットさせました。ですから、福島トリオに焦点を当てる「エール」に登場するのは、誰もが予想していたことでしょう。ただ、気になるのは、この軍歌が1940年のものだということ。さきの「露営の歌」が1937年のものですから、あっという間に3、4年もたってしまったということになります。

そんな「暁に祈る」にも、「露営の歌」に負けないほど、名エピソードがあります。

制作にあたっては、まず野村が歌詞を書き、つぎに古関が曲をつけ、最後に伊藤が歌いました。ところが、映画にあわせて軍馬の活躍を宣伝したい陸軍省馬政課の出水(いずみ)謙一中佐は、なかなかオーケーをくれませんでした。歌詞はなんどもダメ出しされ、そのたびに書き直し、作曲し直しに。その回数は、7、8回に及んだといいます。その苦労については、野村はのちに「作り直すのがいやになって『ああ』というため息が出たので、それを冒頭に持ってきたよ」と、冗談まじりに振り返っているほどです。

あゝ、あの顔で、あの声で

手柄頼むと 妻や子が

ちぎれる程に 振つた旗

遠い雲間に また浮ぶ

出典:「歌詞カード」

■金子の詩吟で「ああ」のメロディーを思いつく

作曲をめぐる話も見逃せません。古関は、野村の歌詞を見て、すぐ中国の戦場を思い浮かべました。古関は、1938年の秋、ほかの作詞家・作曲家たちとともに、上海、南京、安慶、九江などの華中(中支)をめぐっていたのです。それですらすら筆が動いたのですが、冒頭の「ああ」の部分だけが、どうしてもピタッとくるものができませんでした。そんなとき、金子の詩吟をやる声が聞こえてきました。これだ! こうして古関は曲を思いつき、「暁に祈る」のメロディーが完成したのです。

福島トリオの苦労。戦場への取材。妻の思わぬ助力――。まさに、今回の朝ドラにぴったりのエピソードばかりではありませんか。「暁に祈る」は「露営の歌」とちがって、このあたりの話も出てくるのではないかと期待したいと思います。

評論家・近現代史研究者

1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『古関裕而の昭和史』(文春新書)、『大本営発表』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)などがある。

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