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中学生の自殺を受けて、教育のあり方について考えたこと(2)

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 前回の記事で紹介しましたが、岐阜市では、中学3年生の自殺を受けて、教育のあり方を再検討する動きがあります。わたしも委員を務めた「公教育検討会議」では本日市長に提言書を出す予定です。

前回記事:中学生の自殺を受けて、教育のあり方について考えたこと(1)

■理念を具体化する3つの柱

 前回記事でもこの提言の理念について紹介しました。ですが、

きれいごとならいくらでも言える。問題は本当に実現できるかどうかだ。

 そう思われる方もたくさんいらっしゃる、と思います。

 そこで今回の提言では、以下のとおり、3つの柱と施策の方向性を示しました。

提言案(概要版)より抜粋
提言案(概要版)より抜粋

 ひとつひとつを細かく説明する時間は今回ありませんが、ここではいくつか例示しながら、なぜ、こういう柱、方向性になったのか、解説したいと思います。

■残業100時間超えも多いのが学校の現実

 まずは、岐阜市のある中学校の現実の一端を見たいと思います。次のデータをご覧ください。スマホ等からの方は細かくて読みづらいと思いますが、こちらは、岐阜市のある中学校の先生方の残業時間(時間外勤務時間)のリアルなデータです。昨年度の4月、6月、11月の様子です。わたしもたくさんの学校や教育行政の支援や助言を行っていますが、ここまで赤裸々にデータを公表している例はとても珍しいです。下記のリンク先には、他の3校のデータも載っていますので、関心のある方はご覧ください。

画像

岐阜市公教育検討会議第4回資料

 いじめを苦に中学生が自死した中学校とは別の学校ですが、同じく実習校・研修校と位置付けられた中学校で、ほとんどの教職員の残業が月あたり80時間や100時間を超えています。しかも、忙しい人は、4月も6月も11月も連続して過重労働です。正直、いつ倒れてもおかしくないような働き方をしています

 もちろん、このなかには、進んで前向きに仕事に励んでおられる方もいることでしょう。ですが、健康を害しかねない水準であることは注意が必要です。しかも、これほどの残業時間で、学校にばかりいては、先生たちが学校外で過ごすことや視野を広げることは、少なくなります。

 多忙を言い訳にして、子どもたちのSOSを軽視していい、なんてことは決してありませんが、これほど忙しいと、睡眠不足やメンタル不調にもなりやすく、子どもたちの心のケアが薄くなるケースもあると思いますし、いろいろな仕事が気にかかって、子どもたちにとって重要なことが、つい後回しになってしまうこともあるかもしれません。

写真素材:photo AC
写真素材:photo AC

 あくまでも、ある中学校の一事例であり、これを安易に他校に適用、一般化するつもりはありませんが、こういう現実もあるということは、共有したいと思います。これでは、いくら理念の高い提言をしても、あるいは今後、立派な計画ができあがったとしても、学校側には推進、具体化する力は残っていないのかもしれません。

 たとえるなら、いくら高級車を買っても、ガソリンがない状態では、走りません。岐阜だけでなく、おそらく各地の学校が似た状態の部分もあるのではないでしょうか?

■診断なきところに改善・改革なし

 ところが、岐阜市にかぎった問題でもありませんが、岐阜市の学校の多くでも、教育委員会側でも、働き過ぎの現状を多少は認知しながらも、要因を観察、分析することは、ほとんどなされていませんでした。

 これも、たえるなら、医者がちゃんと診察やレントゲン検査などをしないまま、手術を始めるようなもの。

 ですから、この公教育検討会議の提言では、各学校の業務と多忙の状況を可視化し、診断して、改善を講じよ、と述べています。

 なんのことはない、ごく当たり前の話なのですが、この当たり前が、なおざりになっているのです。

 また、学校だけに頑張れと叱咤激励しても限界はありますから、教育委員会サイドで負担軽減策を講じたり、各校共通して取り組んだほうがよいことなどを探して、実行することを提案しました。前回の記事で述べた、土曜授業の見直しなどがその一例ですし、とりわけ多忙を極める実習校・研修校については、たとえば、部活動は完全に部活動指導員や地域活動に任せて、教員は関わらないといった大きな舵取りも必要ではないか、と私個人としては意見しています。

■子どもたちには、家庭と学校以外のサードプレイスがあったほうがいい

 もうひとつ考えたいことがあります。それは、子どもたちの心のケアや教育には、もちろん先生たちや保護者の役割が大きいことは確かなのですが、地域の教育力も大事になる、ということです。

 別の言い方をすれば、家庭でもない、学校でもない、別の居場所があったほうがよい、という子ども・若者もいるのではないか、ということです。”ナナメの関係”とよく言われますが、親や教師は、タテの関係であり、評価する、される関係とも言えます。そうではない、安心して気軽にまじめなことが話せる大人がもっといてもいいんじゃないか、そういう思いで「サードプレイスの充実」という方向性を提案しています。

 たとえ、家庭がつらい、学校がしんどい、先生にはSOSを発信できない、という子たちがいても、あるいは、「自分はダメなヤツだ」と自己肯定感が低い子どもがいても、地域のなかで、ちょっとでも自分の役割があったり、できることが増えたりする場があれば、ずいぶん自信や安心になるのではないか、と思います。

(写真素材:photo AC)
(写真素材:photo AC)

 すでに岐阜市は、進んでいるところもたくさんあって、夏休みに東大等と連携して、子どもたち向けのサイエンス・スクールを開催していますし、メディアコスモスという図書館や交流センターがくっついた、ほんと立派な施設などもあります。すでに”ナナメの関係”を増やしていく取り組みはあるわけですが、今後さらに身近なものにしたり、プログラムを充実させたりすることが望まれます。地域には、子どもたちとつながっていない、人材がまだまだたくさんいると思いますし。

 こうした施策の方向は、提言のなかでは一部分ですが、例として紹介しました。ご関心のある方は、詳しくは提言本体をご覧いただければと思いますし、この提言を超えることや、はみ出すことも含めて、どんどん教育委員会や学校は発案して、実行してもらえたらと思います。保護者や地域、企業、NPO等の力も大切になってきます。

 本当に悔やまれることですが、失われた中学生の命は戻ってはきません。事実関係を検証し、再発防止に向けた教訓を重く受け止めることと並んで、これまでの教育のあり方を再点検し、反省を踏まえて今後の教育を少しでも前に進めることが大事になると、わたしは考えます。

 各地でもいじめ問題の検証報告等は出ています。しかしながら、残念ながら、そのあと、「教育が変わった、よくなった」と聞くことはほとんどありません。見えにくいだけかもしれませんが。「教育はすぐに変わるもんじゃない」などと悠長なことを言っていては、子どもたちは卒業してしてしまいますし、被害者にも申し訳ないと思います。

 岐阜市も今後どうなるかは未知数です。提言など、たんなる紙切れになるかもしれませんが、まずは、一人でも多くの方に提言の趣旨や背景を理解いただき、どんどんアイデアや力をお寄せいただければと思い、この記事を書きました。他の地域でも多少でも参考になることがあれば、踏まえていただければと思います。いま目の前にいる、子どもたちのためにも。

※本稿はあくまでも妹尾個人の見解であり、公教育検討会議や岐阜市の見解を代弁するものではありません。

(参考文献)ここには書ききれなかった具体策や全国的な課題など

妹尾昌俊『変わる学校、変わらない学校』

妹尾昌俊『教師崩壊』

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☆妹尾の記事一覧

https://news.yahoo.co.jp/byline/senoomasatoshi/

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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