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「定年後再雇用後の賃下げ」に潜む真の問題点は?〜世代間の公平を考える〜

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:アフロ)

 今日はこんなニュースがありました。最高裁の弁論です。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180420-00007757-bengocom-soci

同じ仕事をしているのに、正社員と非正社員とで賃金に差を設けることは認められるのかーー。定年後に嘱託職員として再雇用されたトラック運転手が、正社員との賃金に格差があるのは違法だとして同じ賃金の支払いを求めた訴訟で4月20日、最高裁第二小法廷で弁論が開かれた。

労働契約法20条では、正社員(無期契約労働者)と非正社員(有期契約労働者)との間で、不合理な労働条件の違いを禁止している。非正規労働者は全労働者の約4割を占めるとされ、政府が「同一労働同一賃金」の実現を目指す中で、最高裁がどのような判断を示すか注目が集まっている。判決は6月1日。

 これはどのような事件なのでしょうか。

 横浜市にある運送会社「長澤運輸」(ドライバー77名)の男性社員3人が定年退職した後、同社に有期雇用の嘱託社員として再雇用されました。再雇用後も仕事はトラック運転ということで変わりませんが、賃金は2割程度引き下げられている点が違法であると訴えています。

 一審の東京地裁は、同じ仕事をしているのに賃金を下げるのは違法とした一方、二審の東京高裁は、「定年後の再雇用において、一定程度賃金を引き下げることは広く行われており、社会的にも容認されていると考えられる」などとして、同法に違反しないと判断。原告が逆転敗訴しました。

 一体、この裁判の何が問題なのでしょうか。紐解いていきたいと思います。

 そもそも昔は60歳になると「定年」となり、そこで雇用が終了し、同じ会社で雇われる保証はありませんでした。

 しかし、現在では、「高年齢者雇用安定法」により、原則として65歳までの再雇用が企業の義務となっています。

 それはなぜか。

 端的に言えば、年金財源の問題なのです。以前は年金支給開始は60歳からとされていました。しかし、少子化により財源が持たないことが明らかとなりつつあります。そこで、現在、年金の支給開始年齢を65歳まで段階的に引き上げ中なのです。

 つまり、年金政策失敗のツケを民間で肩代わりしている状態です。

 そのため、当初の再雇用の趣旨は、年金が支給されない分を給与で払って欲しいというものであり、定年前の給与を補償せよという点ではなかったのです。

 だから、高年齢者雇用安定法は賃金について定めを置いておらず、定年後再雇用という方式を認めています。なぜ一旦定年で雇用終了させて再雇用するという回りくどいやり方をするかと言えば、雇用が継続したままだと不利益変更法理というこれまでの裁判で確立されてきた賃下げ規制が働くので、定年退職によりいったん労働条件をリセットし、再雇用で賃下げをするというスキームを最初から想定しているのです。

 皆さんの周りにも、定年後再雇用で賃金が下がったと言う人がほとんどなのではないでしょうか。そのため、国は「高年齢雇用継続給付」という制度を設けて、賃下げ分の補填をしています。つまり、定年後の賃下げは国も認めていた制度なのです。

 この点が最高裁で認められるか、というのが冒頭のニュースなのです。

 仮に、6月1日に行われる初の最高裁判断で、定年後再雇用の賃下げが認められないとすればどうなるでしょうか。

 以前「『日本郵政が異例の手当廃止』を深掘りする。~同一労働同一賃金政策のゆくえ~」(https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20180413-00083946/)でも述べたように、企業の賃金原資には限りがあります。

 もちろん、判決で企業が敗訴すれば、定年前の水準を維持した給与支払をしなければなりません。しかも、再雇用については雇用が「強制」されているので、人を選ぶこともできません。

 では、賃金原資に限界がある場合、どこから削るか。それは若い人です。

 例えば、入社時の労働条件を下げる、賃金カーブを緩やかにして、生涯年収を下げる、残業禁止にする、ボーナスを下げる等々です。既にいる社員は不利益変更となるため容易に賃下げできません。一方で、定年後の社員も判決により下げられないとなると、結局「これから入る人」が下げられる。

 このような意見をすると、必ず現れるのが「生産性を高めてより高い賃金を払えば良い」という意見です。もちろん、払えるなら払えばいいのですが、言うは易しです。

 この長澤運輸という会社は運送業です。基本的に運行本数×単価が収入の上限となります。

 「生産性を高める」と言ってもスピード違反をするわけにもいきません。そして、ドライバーには休憩も与えなければならないし、労働時間も削減しなければなりません。

 ホワイトカラーで大幅に業務効率化やイノベーションの余地があればまだしも、中小の運送業でどうやって「生産性」を上げよというのでしょうか。

 さらに、Uberなどのテクノロジーにより、個人事業主による配送が今後発展することが見込まれる中、中小の運送業はどうやって利益をこれまで以上に確保すれば良いのでしょうか。

 もちろん、運行単価を上げられれば良いのですが、「上げる」と申し出ると契約自体がなくなるリスクを常に抱えている訳です。

 このように、経営に極めて困難性がつきまとう中で、人件費については必然的に限りが生じます。

 その中で、「定年後も定年前の給与を補償せよ」という判決が出た場合、割りを食うのは誰でしょうか。このような視点でもぜひ考えていただきたいと思います。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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