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「日本郵政が異例の手当廃止」を深掘りする。~同一労働同一賃金政策のゆくえ~

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 本日のお題は「正社員の待遇下げ、格差是正 日本郵政が異例の手当廃止」というニュースについて。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180413-00000004-asahi-bus_all

日本郵政グループが、正社員のうち約5千人の住居手当を今年10月に廃止するとのことです。報道によれば、「「同一労働同一賃金」を目指す動きは広がりつつあるが、正社員の待遇を下げて格差の是正を図るのは異例だ。」とされています。

 これは一体どのような背景に基づく話なのでしょうか。ニュースを深掘りしてみたいと思います。

 「同一労働同一賃金」という言葉を知っていますか?

 これは正社員とパートや契約社員などの非正規社員との間の処遇について差がある場合、「不合理」であってはならないという考え方で、労働契約法やパート労働法という法律で定められています。

 この同一労働同一賃金政策は、安倍政権の掲げる働き方改革の大きな柱であり、首相自身も「非正規という言葉を一掃する」などと力を入れている政策であるため聞いたことがある人も多いかもしれません。

 そもそも同一労働同一賃金政策の狙いは、処遇の低い非正規社員について改善を行うことにより、国内消費を増大させ、景気循環させるという点にあります。

 その流れの中で、東京地裁と大阪地裁は契約社員に住宅手当や扶養手当を支払わないのが「違法」であるとしていたため、日本郵政としては待遇差の解消を図ろうとしていたのです。

 ここで、待遇差の解消方法としては、

(1)非正規雇用の処遇を上げるor(2)正社員の処遇を下げる

という二つの方策が考えられます。政権の狙いとしては当然(1)なのですが、今回のニュースでは(2)の方策が採られたということで、ニュースでも「異例だ」と紹介されているのです。

 しかし、本当に「異例」なのでしょうか。もう一歩掘り下げたいと思います。

 上で述べたように、同一労働同一賃金政策は正社員と非正規社員の処遇が不合理であってはならないとするものです。そのため、裁判で違法とされた処遇の差、具体的には扶養手当(家族手当のようなもの)や住宅手当について待遇を合わせる必要があります。

 ここで検討しなければならないのは、「企業のサイフは一つである」という点です。当然のことですが、賃金の原資には限りがあります。通常、企業は「総額人件費」という人件費に使うべき予算を定めており、その範囲で賃金・ボーナス・手当・残業代等を支払います。もちろん、余裕があれば払えば良いという話なのですが、日本郵政の場合、非正規社員数は19万7000人と言われます。

 今回日本郵政が廃止することにした正社員の住居手当は最大で1月あたり2万7000円の支給だそうです。説明を簡易にするために敢えて最大値で計算すると

19万7000人×2万7000円

 =53億1900万円

という莫大な金額を「毎月」支払わなければなりません。ボーナスなどでは無いので、「利益が上がったら」ということもできません。「毎月」なのです。

 

 郵便業務など、1円単位の利益を稼いでいる業種において53億円を定期的に支給することには相当の検討を要することは言うまでもありません。

 もちろん、業績好調で支払いが容易ということであれば非正規社員の処遇改善を行えば良いのですが、中小企業をはじめ、日本企業において簡単に改善することができるという企業は多くないでしょう。

 このような実現可能性を考慮しているからこそ、日本郵政の最大労組(組合員24万人)も会社の提案に合意したのでしょう。しかも、廃止後も10年間は一部を支給する経過措置を設けるとのことですので、会社側も相当の配慮を示していると言えます。

「内部留保を取り崩して非正規処遇の待遇を改善しろ」というのは簡単です。但し、内部留保を取り崩したのであれば将来の投資ができません。また、取り崩して余裕があるのは一時的な話なので、永続的に手当を払うにはその分だけ利益を上積みしなければなりません。

 同一労働同一賃金といっても、突然サイフが増えるわけではありません。無い袖は振れないのです。日本郵政ですらそうなのですから、日々存続を懸けて闘っている中小企業にとってはなおさらでしょう。単純に「改善すれば良いではないか」という話ではないのです。

 このように、本ニュースは安倍政権の政策・東京地裁などの判決・今後の人事政策・働き方改革法案など様々な事情が絡み合っているニュースですので、単純に「支払えば良い」という話では無いのです。

 ニュースを見る際には背景事情にも思いを馳せてみるとまた違った見え方がしてくると思います。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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