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[高校野球名勝負]香月良太の血染めのボールvs智弁和歌山の強力打線

楊順行スポーツライター
2000年代、智辯の赤い文字は強力打線の象徴だった(写真:岡沢克郎/アフロ)

柳   川 030 030 000 00=6

智弁和歌山 001 100 040 01=7

 さすがの智弁打線も手を焼いた。2000年夏の準々決勝。柳川・香月良太の前に、7回まで7安打2点である。

 スコアブックの余白には、こうある。

「センバツ=香月、14Kながら1失点●」

 5カ月前のセンバツでも、両者はやはり準々決勝で対戦した。香月は智弁打線を5安打14三振と牛耳りながら、打線の援護がなく、柳川が0対1で敗れている。そのセンバツで準優勝した智弁は、この夏、さらに強力打線をパワーアップさせていた。3試合で32得点、53安打、6本塁打の猛威。前日、PL学園との3回戦では4本塁打の11点と圧倒し、PL・河野有道監督をして「モノが違う」といわせたほどだ。

 だが、一方の香月の成長も著しい。3回戦までの3試合、23回を投げて完封1を含む自責点はわずかに1、奪った三振36。最速は141キロでも、変化球とのコンビネーションが抜群だ。豪打対豪腕。午後4時半開始の第4試合にもかかわらず、観衆は4万7000を数えた。

 柳川の主将・永瀬大介捕手は、準々決勝の抽選で春の再戦のクジを引くと、ナインに拍手喝采されたという。借りを返したい思いは、それほど強い。ただ香月には、ちょっと不安があった。前日の瀬戸内戦で、右手親指のツメのわきに、血豆ができている。変化球を投げるとき、親指でかけるスピンがあまりに強烈すぎるためだった。初めての箇所。前日は大差がついたこともあり、大事をとって6回で降板しているが、わずか24時間では固まるはずもない。せめて、破れないでくれ。ふつうに投げられれば、智弁打線だって怖くない。

 先手は柳川がとった。2回、2つの失策にも乗じて4安打で3点。1点差に迫られた5回にも、4連打で3点を追加して突き放している。6対2。だが智弁ベンチでは、4点差の8回にこう声が上がった。8回や、なにかが起きるで! センバツの2回戦では、国士舘相手に8回3点差、1死走者なしと追いつめられた場面から、大量8点を奪って逆転勝ちしているのだ。同じ8回1死走者なし。打席に立ったのは、四番・武内晋一(元ヤクルト)だ。センバツの対戦で、虎の子の1点をたたき出したのはこの男。2年生とはいえ、香月がもっとも警戒している打者だ。しかも、どうにかこうにか、薄皮一枚で破れずにいた香月の血豆は限界に近い……。

変なボールでも、捕ってくれよ……

 武内は、こう感じていた。香月さんは、春よりもスピードがない。むろん、春よりも打力が向上していたこともあるだろう。だが、好打者独特の嗅覚が、香月に起きつつある”異変“をかぎ分けたのかもしれない。初球ストレートをたたくと、打球はライトスタンドに飛び込んだ。これで3対6。香月はたまらず、ベンチに戻って治療をほどこした。血豆が破れたのだ。ふだんどおりの投球ができるわけもない。直後、池辺啓二に死球を与え、後藤仁にはセンターにはじき返され、続く山野純平には曲がらないカーブを左中間スタンドに運ばれた。3ラン、アッという間の同点劇だ。

 キャッチャーの永瀬もむろん、気づいていた。9回には完全に血豆が破れ、ボールには血がついているし、変化球は投げられないからサインはすべてストレート。それも、まったく指にかからない。「変なボールがいくかもしれないけど、捕ってくれよ」という香月を「がんばれ、がんばれ」と励ますだけだ。9回、10回……一打サヨナラのピンチを招きながら、それでも香月はなんとかもちこたえていた。だが11回、四球で出した走者をパスボールで二塁に進めてしまった。そしてその走者・堤野健太郎が、後藤の中前打で決勝のホームを踏んだ。智弁のこの試合15安打目、香月の177球目……。

 社会人野球の東芝でプレーしていたとき、香月に意地悪な質問をしたことがある。血豆が破れ、変化球が投げられない状態では、マウンドを譲るという選択肢を考えなかったか……と。

「そんなことは全然考えませんでしたね。ただ、最後まで投げきることしかなかった。もっとも、もし勝っていても、翌日は投げられなかったでしょうけど」

 豪腕・香月を打ち砕いた智弁は、史上唯一の100安打、そして大会記録の11本塁打という豪打で、20世紀最後の頂点に駆け上がった。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は64回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて55季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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