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ヒットメーカー・林哲司 シティポップブーム、今一番興味がある音楽、初のクラシカルコンサートを語る

田中久勝音楽&エンタメアナリスト
写真提供/BSフジ

竹内まりや×杏里×林哲司

先日、ドラマ『和田家の人々』(主演:相葉雅紀/テレビ朝日系)の主題歌「Watching Over You」を歌う「Peach&Apricot」が、竹内まりやと杏里の豪華ユニットだったというニュースが話題を集めた。作詞は竹内まりや、そして作曲と編曲を手がけたのが林哲司だ。さらにこのシティポップ感溢れる作品にはギターで山下達郎が参加し、まさに最強の布陣で作り上げた一曲だ。

林哲司といえば竹内まりや「SEPTEMBER」、上田正樹「悲しい色やね」、杏里「悲しみがとまらない」、杉山清貴&オメガトライブ「ふたりの夏物語」、中森明菜「北ウイング」等、数えきれないほどのヒット曲を送り出した日本を代表するメロディメーカーの一人だ。その作品のひとつ、松原みき「真夜中のドア~stay with me」(1979年)が2020年、インドネシアのシンガー・Rainychがカバーしたことで世界的なヒットになり、この40年の時を経てのリバイバルヒットに林の元には取材依頼が殺到した。今も「なぜ?」を紐解いている最中だという林にインタビューした。シティポップの人気について、そして当時の音楽シーン・業界について、さらに12月26日に女性ストリングスユニット・1966カルテットとタッグを組み、杉井清貴、中島愛、藤澤マサノリ、松城ゆきのをゲストボーカルを迎えて行う、初のクラシカルコンサート(東京・紀尾井ホール)について聞かせてもらった。

「真夜中のドア~stay with me」は世界的なヒットになる以前から、国内で様々なアーティストがカバーし、聴き継がれ、歌い継がれてきた名曲で、DJの間でも定番の楽曲だった。そんな国内でのベースがあった上で、2020年インドネシアのシンガー・Rainychがカバーしたことがきっかけとなり、世界中に拡散されていった。

「ヒップホップの人気、グルーヴに偏った時代が続いて、メロディ回帰が進んだことも、シティポップブームの要因のひとつかもしれません」

「たくさんの方にずっと支持されてきた曲だということをきちんと説明した上で、インフルエンサーのカバーによって、世界的なヒットになったということを伝えなければいけないと思う。この曲も含めて海外でのシティポップブームということを考えると、近年はずっと世界的にラップブームが続いていて、メロディよりもグルーヴの方に偏ってしまった時代が続いていて、そういうところからメロディ回帰になったという部分は、どこかにはあると思っていて。そんな時に、当時僕らがアメリカやイギリスの音楽に憧れて、それを分析しながら作っていた音楽が、海外のリスナーには新鮮だったかもしれません。当時海外レコーディングが流行っていて、そこでエンジニアさんと話したのは、日本人はアメリカの音に近いものを作るけど、器用だからか、そこにどこか哀愁感とか切なさみたいなものを入れてくる、と。それが、サブスクになって全世界で聴かれるようになった今、新しい音楽、あまり知られていない音楽を、自分のセンスで発掘してそれを広げるDJやユーザーが、80年代のアメリカの音ではなく、日本のシティポップに目を付けた気もしています。それに対して反応した、ニュートラルに音楽を捉える今のYouTuberやインフルエンサーがカバーして、加速して拡散していったと、今のところは理解しています。ブームって一度火が点くと、理由は関係なく広がっていくものだし、でもどうして80年代のアメリカの音楽にいかなかったのかな、という疑問は今もあります」。

「多感な時期にラジオから流れてくるヒットチャートに夢中になった。でもアーティストではなく“楽曲志向”だった。それも作曲家の道に進んだことに、つながっているのかもしれない」

林は大学時代、ポップスを学ぶためにヤマハ音楽振興会「作曲・編曲コース」に通い、そこでスコアの書き方やレコーディングのテクニックを取得し、音楽の現場を知る。その教室で出会ったのが萩田光雄、佐藤健、船山基紀という後に日本を代表する作・編曲家となるヒットメーカーたちだった。そして1973年シンガー・ソングライターとしてルバム『BRUGES(ブルージェ)』でデビューし、その後、作・編曲家となる。

「ビートルズとスティービー・ワンダーが自分の中での2大巨頭ですが、アーティストを追いかけるというよりも、当時、ラジオから流れてくるヒットチャートの“この曲”が好きという聴き方でした。そこが一般リスナーの人がそのアーティストのファンになっていく心理と、楽曲志向という、分かれ道になっている気がします。僕の場合は後者で、何年のあの曲を歌っていたあの人が好きという感覚なので、だから作曲の方にいったのかもしれません」。

松原みき「真夜中のドア~stay with me」、竹内まりや「SEPTEMBER」、1979年にスマッシュヒットしたこの2曲が、“新しい”作家の登場を印象づける

アレンジャーとして、太田裕美の名盤『心が風邪をひいた日』(1975年)の中で「袋小路」(作詞:松本隆/作曲:荒井由実)、「ひぐらし」(同)を手がけるなど、頭角を表してきた。そして日本では「スカイ・ハイ」のヒットでおなじみのイギリスのバンド・ジグソーに提供した「If I Have To Go Away」(1977年)が、欧米のチャート賑わせ、徐々に自信を手にし、その後の活躍は誰もが知るところだが、80年代の音楽シーンはメロディメーカー・林哲司の登場により大きく“色”が変わったと言ってもいい。それを予感させたのが、1979年の松原みき「真夜中のドア~stay with me」、竹内まりや「SEPTEMBER」の2曲のスマッシュ・ヒットだろう。リスナーに新しい音楽の到来を予感させる、新しい作家の登場を認知させる“破壊力”を感じさせてくれた。

「シンガー・ソングライターが増えてきて、作家も新しい世代の人たちが活躍し始めるタイミングだったと思います。もうちょっとポップス仕立てのものをやりたいというアーティストもミュージシャンも増えてきて、ちょうどターニングポイントで、スタジオミュージシャンもドラムのポンタ(村上ポンタ秀一)を筆頭に、後藤次利(ベース)、松原正樹(ギター)という人達が台頭してきて、アレンジも変わってきて、音楽自体も変わっていきました」。

「自分の中にあるヨーロッパの薫りを誰かに歌って欲しい」と思い、シャンソン歌手・松城ゆきののアルバムをプロデュース

松城ゆきの
松城ゆきの

1982年から84年にかけて作り上げた上田正樹「悲しい色やね」、杏里「悲しみがとまらない」、そして杉山清貴&オメガトライブのデビュー曲「SUMMER SUSPICION」、中森明菜「北ウイング」などのヒット曲が、林哲司の音楽、スタイルが確立するきっかけになっている。現在も先述したPeach&Apricotへの楽曲提供を始め、その創作意欲はますます増しているようで、最近ではシャンソン界で、フレンチポップスが似合う若手シンガーの発掘に注力し、松城ゆきのに出会った。そして彼女の1stアルバム『Le Premier Pas』(11月16日発売)をプロデュースした。

「僕はカンツォーネもたくさん聴いてきたし、フレンチポップスにも影響を受けていて、戸川京子さんともフレンチポップスのアルバムを2枚作って、松本伊代さんの曲でもフレンチポップスのフレーバーを感じるものを書きました。またそろそろ自分の中にあるヨーロッパの薫りを誰かに歌って欲しいなと思って探していたら、彼女に出会いました。正統派ではあるけど、やっぱり他のアーティストとは違う歌を歌っていたので、それを聴いた瞬間面白いものができるかもしれないと感じて、売野雅勇さんや松井五郎さん、竜真知子さん、吉元由美さんという作詞家の方達に歌詞を書いてもらい、じっくり作っていきました」。

12月26日、東京・紀尾井ホールで初のクラシカルコンサートを開催

1966カルテット
1966カルテット

杉山清貴
杉山清貴

そんな松城も出演する、初のクラシカルコンサート「林哲司 クラシカルコンサート 2021』が12月26日東京・紀尾井ホールで行われる。杉山清貴、中島愛、藤澤ノリマサ、松城ゆきのがゲストボーカルとして出演し、アレンジと演奏はビートルズの楽曲を始め、洋楽をクラシカルにカバーする女性ユニット・1966カルテット(松浦梨沙(ヴァイオリン)、花井悠希(ヴァイオリン)、伊藤利英子(チェロ)、増田みのり(ピアノ)だ。林も大きな影響を受けたビートルズという共通点があるだけに、そのアレンジが楽しみだ。

「元々クラシック的なアプローチの作品も多くて、今回は1966カルテットが、僕の作品をどう料理してくれるのか、楽しみです」

「元々クラシックはよく聴いているし、シティポップの作曲家というイメージが強いと思いますが、バレヱ音楽や映画音楽、クラシック的なアプローチの作品もかなりやってきているので、自分の近年のライヴ活動とは違う、枝葉としてこういうスタイルのライヴを見せられるのは嬉しいです。以前、杉山(清貴)君がやった、クラシックをベースにしたライヴに行った時、僕のアレンジではなかったのですが、その時に、手前味噌になりますが、自分のメロディの聴こえ方がすごくよかったんです(笑)。そこで感じたのはメロディがいいものはギター一本でもいいと思うけど、同時にオーケストレーションでメロディを奏でてくれた時に、そのよさが倍増していけばこんなにいいことはないと思いました。あの時ポップスとは違うメロディの聴こえ方を味わうことができました。それが今度室内楽としての趣、カルテットで、自分のメロディをお届けするというのは、まだやったことがないので楽しみです。逆にいうと、僕がアレンジをやれば僕のテイストになってしまうので、今回はクラシックをやってきて、ロックを違う角度から捉えた1966カルテットが、僕の作品をどう料理してくれるのかという楽しみもあります。杉山君の全く変わらない美しい声には驚くしかなくて、藤澤さんも彼がYouTubeで『P.S.抱きしめたい』(稲垣潤一)をカバーしているのを聴いて、素晴らしくて驚きました。僕が大好きなバラード「Be Yourself」(カルロス・トシキ&オメガトライブ)のピアノの弾き語りでのカバーも、最高でした。中島愛さんは『真夜中のドア』をカバーしてくれたり、以前僕のライヴに出演してもらってことがあって、素晴らしい表現力の持ち主です」。

中島愛
中島愛

「真夜中のドア」「September」「思い出のビーチクラブ」「サマー・サスピション」、演奏する楽曲の一部も発表されている。素晴らしい歌と、改めて林哲司メロディの素晴らしさに浸れるライヴになりそうだ。さらにこのコンサートを深堀りするミニ番組『作曲家・林哲司 melody collection トーク』(BSフジ)もスタートした。

BSフジ『林哲司 クラシカルコンサート2021』特設サイト

林哲司 オフィシャルサイト

音楽&エンタメアナリスト

オリコン入社後、音楽業界誌編集、雑誌『ORICON STYLE』(オリスタ)、WEBサイト『ORICON STYLE』編集長を歴任し、音楽&エンタテインメントシーンの最前線に立つこと20余年。音楽業界、エンタメ業界の豊富な人脈を駆使して情報収集し、アーティスト、タレントの魅力や、シーンのヒット分析記事も多数執筆。現在は音楽&エンタメエディター/ライターとして多方面で執筆中。

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