想定内だったゴーン氏が使用したPCの押収拒否 弁護士が拒んだ理由と特捜部の狙いは?
カルロス・ゴーン氏の逃亡劇には日本の内外に相当数の協力者がおり、ゴーン氏と彼らとの間で長期間にわたって綿密な計画が立てられていたはずだ。特捜部もその全容解明に向け、警察と共同で捜査を進めている状況だ。
事務所のパソコンに何が残っている?
ただ、ゴーン氏が弁護士事務所で使用を許可されていたパソコンは、必ずインターネットのログ記録を保存し、毎月分を翌月15日までに裁判所に提出しなければならない決まりとなっていた。現に保釈後、これまでこの条件は遵守されてきた。
そうすると、ゴーン氏がそうした痕跡の残るパソコンを協力者との謀議のために使ったとは考えにくい。現に、保釈中に使用を許可されていた携帯電話には、逃亡の準備をうかがわせる不審な通話履歴はなかった。
むしろ、端的に保釈許可条件に違反し、こっそりとスマートフォンなどを隠し持っており、これを使って協力者とやり取りをしていたとか、家族や秘書らを介して協力者と謀議を進めたと考えるのが自然だろう。
その意味では、弁護士事務所のパソコンには大したやり取りは記録されていないものと思われる。特捜部も、念のため分析すべく、まずは弁護人に任意提出を求め、拒否されたので令状で押収しようとしたのだろう。
弁護士には押収拒絶権がある
ただ、刑事訴訟法は、弁護士に対して押収拒絶権を認めている。「業務上委託を受けたため、保守し、又は所持する物で他人の秘密に関するものについては、押収を拒むことができる」というものだ。守秘義務を担保するための制度にほかならない。たとえ弁護人を辞任しても、この押収拒絶権はなくならない。
むしろ、弁護士が業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を正当な理由なく漏らせば、刑法の秘密漏示罪で処罰されるほどだ。最高刑は懲役6か月だ。それだけ弁護士と依頼者との間の秘密の保持は重要だ。相談した内容が弁護士から外部に筒抜けになるようだと、だれも弁護士に安心して相談などできないだろう。
その意味で、特捜部からすると、弁護人がこの押収拒絶権を行使し、パソコンの押収を拒絶することは、まさしく予想通りの流れだった。
特捜部の狙いは
では、なぜ特捜部はこの結末が分かっていながら、あえて弁護士事務所に赴いたのか。本人が承諾した場合などには弁護士も押収を拒絶できない決まりなので、そうした展開を期待したこともあるだろう。また、特捜部としてやるべきことはやっている、というポーズの意味もある。
ただ、本音は、ゴーン氏の弁護団を悪者にするためではないか。マスコミに対し、わざわざ弁護士事務所のあるビルの中に複数の捜査員が立ち入る場面を撮影させている点からもうかがえる。
すなわち、ゴーン氏側は、日本の刑事司法におけるさまざまな問題点を指摘し、国外逃亡は正当だったと主張するはずだ。これに対し、特捜部は、政府ともども自らの正当性を主張しているが、特に初めからゴーン氏を保釈すべきではなかったといった方向に話を持っていきたい。
そのためには、たとえ法律上の権利や制度に基づく行為であっても、濫用であり、弁護側に非があり、ゴーン氏とグルであるかのような印象を社会に与える必要があるというわけだ。
情報戦へ
最近も、明らかに検察からリークされたと思われる次のような報道が目を引いた。
ゴーン氏の保釈保証金は、その後の5億円と合わせ、総額15億円だった。これまでの最高額はハンナングループ元会長の20億円だったが、ゴーン氏の資産総額からして、ゴーン氏はこの記録を大きく塗り替えるだろうと見られていたが、そうならなかった。
ゴーン氏にとって痛くも痒くもない金額だったからこそ逃亡に及んだもので、それはまさしく弁護人や裁判所のせいだと印象づける報道にほかならない。
今後、次のような点も検察側からリークされ、マスコミで報じられるのではないか。
・保釈許可に際しては、保釈許可条件の設定とは別に、「私が責任を持って裁判に出頭させます」といった身元引受人による引受書を差し入れることが多いが、ゴーン氏の場合、だれが引受人になっていたのか。弁護人だったのか。それとも、こうした引受書なしで保釈されたということなのか。
・もともとゴーン氏側は、裁判所に保釈の許可を求める際、自らGPS端末を装着するとか、検察庁に毎日出頭するなどと申し入れていた。これで今回の逃亡劇を完全に防げたとまでは言わないものの、裁判所がこれらを保釈の許可条件にしなかった経緯は何だったのか。
・保釈が許可されたあと、例えばパスポート1通の携帯が許可されたタイミングで、裁判所が保釈許可条件を変更し、GPS端末の装着といった内容を盛り込まなかったのはなぜだったのか。
・検察やその指揮を受けた警察は、ゴーン氏に対する24時間の人的監視を実施していなかったのか。実施していたものの、予算と人員配置の関係で年末年始だけ緩めたとか、弁護側から「人権侵害だ」といったクレームが付いたことでやめたといった事情でもあったのか。
ゴーン氏の逃亡劇は、情報戦の局面に入ったと言えるだろう。(了)