『エルピス』が、年間を代表する「ギャラクシー賞」大賞に輝いた「理由」
5月31日に行われた、「第60回ギャラクシー賞」(放送批評懇談会主催)の贈賞式。
この日、すでに公表されている「入賞作」の中から選ばれた、「大賞」が発表されました。
テレビ部門の「大賞」に輝いたのが、『エルピス-希望、あるいは災い-』(関西テレビ放送)です。
今回、大賞候補といえる入賞作は、全部で14作品ありました。
9本は、ドキュメンタリーや報道番組などのノンフィクション系です。
残りの5本が、フィクション系としてのドラマでした。
●連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(日本放送協会)
●夜ドラ『あなたのブツが、ここに』(日本放送協会)
●大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(日本放送協会)
●『エルピス-希望、あるいは災い-』(関西テレビ放送)
●日曜ドラマ『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ放送網)
NHKの強さが目立ちますが、壮観ですよね。
いずれも高く評価された作品であり、ドラマの豊作年だったことがわかります。
またノンフィクション系の入賞作も負けてはいません。
文化庁芸術祭賞で「大賞」を受賞した、BS1スペシャル『正義の行方~飯塚事件 30年後の迷宮~』(日本放送協会)をはじめ、秀作が並んでいました。
しかし、それでも今回、テレビ部門「大賞」として1本を選ぶとしたら、やはり『エルピス』になるでしょう。
そう言える価値が、このドラマにはあったからです。
『エルピス』の挑戦
主人公は大洋テレビの人気アナウンサー、浅川恵那(長澤まさみ)。
そして、もう一人の主要人物が、情報バラエティ番組ディレクターの岸本拓朗(眞栄田郷敦)。
2人が、約10年前に起きた連続殺人事件をめぐる「冤罪疑惑」の真相を探っていく物語です。
何より、「冤罪事件」を扱っていることに驚かされました。
冤罪は、警察だけでなく、検察や裁判所の大失態でもあるからです。
しかも、このドラマ、「権力」や「忖度」や「同調圧力」などに挑む者たちを描いただけではありません。
メディアが自ら真相を明らかにすることをせず、警察の発表をそのまま流したのであれば、それは冤罪に加担したことになります。
『エルピス』はテレビ局を舞台とすることで、メディアのあり方にも一石を投じる離れ技を見せてくれたのです。
もちろん、恵那と拓朗の取り組みも簡単には進みませんでした。
プロデューサーの村井喬一(岡部たかし)の言い分が実にわかりやすい。
「お前ら如きが、玩具みたいな正義感で手出ししていいようなことじゃねえんだよ! 冤罪を暴くってことは国家権力を敵に回すってことだ。わかるか?」
これに対して恵那は、「あたしはもう、わかりたくありません!」と啖呵を切りました。
おかしいと思うことを飲み込むのは、もう止めようと決意するのです。
テレビの現場のリアルを、これだけ反映させた強いセリフの応酬など、なかなか見られるものではありません。
作り手たちの「覚悟」
そこにあるのは、このドラマの佐野亜裕美プロデューサーと、脚本の渡辺あやさんが抱え持つ、肝の据わった「覚悟」でした。
佐野Pが手掛けてきたのは、たとえば『大豆田とわ子と三人の元夫』(関西テレビ放送制作・フジテレビ系)であり、『土曜ドラマ 17才の帝国』(NHK)です。
どちらもテレビの常識やドラマの定型を蹴散らすような快作でした。
今回の『エルピス』を含め、いずれも2020年6月まで所属していたTBS時代から練ってきた企画です。
その実現のためにカンテレ(関西テレビ)へと移籍したわけで、こんな「1本入魂」の作り手、そうはいません。
渡辺さんもまた、只者ではありません。尾野真千子主演『カーネーション』で、NHKの朝ドラに異例の「不倫」を持ち込んだ脚本家です。
今回、渡辺さんの脚本が優れていたのは、大上段に正義が悪を裁くという、単純な社会派ドラマにしなかったことです。
恵那には、自分がテレビを通じて真実をきちんと伝えてこなかったという自責の念があります。
また拓朗にも、中学時代にいじめで自殺した友人を救わなかったという負い目があります。
それぞれの罪悪感を抱えた2人を、長澤さんと眞栄田さんがリアリティに満ちた演技で造形し、ドラマに奥行きを与えていました。
さらに、政治部記者役の鈴木亮平さんや、物語のきっかけとなるヘアメイク係の三浦透子さんなどの熱演もあります。
演出は大根仁監督。キレのいい映像と、俳優たちの資質と力を限界まで引き出す演出術で、このドラマを支えていきました。
テーマ、脚本、演技、そして演出。いずれも、これまで見たことのない果敢な挑戦であり、成果だったのです。
ギャラクシー賞大賞、おめでとうございます!