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達成は過去8人のみ。井上尚弥、難関4団体統一王者への挑戦。いよいよ開始ゴング!

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
計量で闘志を燃やす両雄(写真:山口フィニート裕朗/アフロ)

 ビッグマッチが頻繁に組まれるアメリカから見ても今年、日本のボクシングファンは恵まれていると感じる。4月、さいたまスーパーアリーナで開催されたゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)vs村田諒太(帝拳)のミドル級統一戦。6月、同アリーナで行われた井上尚弥(大橋)vsノニト・ドネア(フィリピン)のバンタム級3団体統一戦。そして11月、同会場で実現した寺地拳四朗(BMB)vs京口紘人(ワタナベ)の日本人トップ同士によるライトフライ級統一戦。これらの垂涎カードを締めくくるのがバンタム級4団体統一戦。有明アリーナで13日挙行されるWBAスーパー・WBC・IBF世界バンタム級王者井上尚弥vsWBO王者ポール・バトラー(英)の開始ゴングまで間近となった。

ボクシング界はFIFAとは違う

 「The Four-Belt Era」(4ベルト時代)というフレーズがある。この言葉はボクシング界から発生したというよりもMMA(総合格闘技)などのメディアがボクシングの現状を皮肉って創作したものだと思われる。4ベルトとはWBA(世界ボクシング協会)、WBC(世界ボクシング評議会)、IBF(国際ボクシング連盟)、WBO(世界ボクシング機構)、この4つのタイトル承認団体を指す。根源はすべてWBAで、その後他の3団体が独自のチャンピオンを承認し枝分かれして行った。

 それぞれの団体に関して背景などの説明は別の機会にしたいが、加盟国数など最大の勢力を誇るのがメキシコに本部を置くWBC。近年、組織が充実しビッグマッチの締結など急速に存在感を高めているのが一番後発だったWBO(本部はプエルトリコ)である。

 グローブが着用され、ルールが明確化したのち、プロボクシングの世界王者は各階級一人だった。その後設定されるジュニアやスーパーが頭につく階級も存在しなかった。ざっくりと現状を表現すると「チャンピオンの値打ちは四分の一に低下した」という見方ができる。だからこそと言ったら現状を黙認していると指摘されるかもしれないが、井上vsバトラーはボクシング界、ファンにとってエポックメーキングなイベント、勝者は絶対的な名声を手にする。

なぜ4団体に分裂しているのか?

 繰り返すが、タイトル承認団体が4つも存在することはボクシング界にとって好ましい現象ではない。自業自得と言っていい。各団体はプロモーター、関係者たちの親睦組織に近く、毎月発表されるランキングは彼らの勢力分布図だと表現できる。現在、佳境を迎えているサッカー、ワールドカップを主催するFIFA(国際サッカー連盟)のような存在ではない。そこがプロボクシングの急所であり、批判を招く元凶であると思う。

 だが私は逆にそれがボクシングの魅力の一端だと感じている。それぞれのエゴが優先され、文字通り選手がリングで戦うように討論し合った結果が、団体が4つに分散した要因だと考えている。その後メジャー団体が4つに留まっている事実は、業界を牛耳る力関係が収束した証だと思う。WBAとWBCに比べて新興のIBFとWBOが船出した当時は正直、力量不足のチャンピオンも誕生したが、新陳代謝が進むにつれて弱者は淘汰されていった。そして強い、著名チャンピオンたちのトレンドが4団体統一王者に向かっている今、その価値はマックスに達していると断言できる。

風穴を開けたクロフォード

 昨日10日(日本時間11日)米ネブラスカ州オマハでWBO世界ウェルター級王者テレンス・クロフォード(米)が挑戦者の欧州王者ダビド・アバネシアン(ロシア)に6回2分14秒KO勝ち。6度目の防衛に成功した。最初に2階級下のライト級でWBO王者に就いたクロフォードは王座を返上。次に獲得したWBO世界スーパーライト級王座を防衛しながら、WBC王座を吸収し、最後はIBFとWBA王座を保持していたジュリアス・インドンゴ(ナミビア)を3回KOで破り、4団体統一王者に君臨した。2017年8月のことだ。

 井上やヘビー級3団体統一王者オレクサンドル・ウシク(ウクライナ)とパウンド・フォー・パウンド・ランキング最強の座を争うクロフォードは、「4ベルト時代」になって初めて全ベルトを統一したミドル級王者バーナード・ホプキンス(米)以来3人目の快挙を成し遂げた。2人目のジャーメイン・テイラー(米)は比類なきチャンピオンに就いたホプキンスの2度目の防衛戦で小差の判定勝ちを収め、一挙に4団体統一王座を奪取。一躍スポットライトを浴びた。

アバネシアン(左)相手に快勝したクロフォード(写真:Tom Hogan / Hogan Photos)
アバネシアン(左)相手に快勝したクロフォード(写真:Tom Hogan / Hogan Photos)

 しかしテイラーはホプキンスとのダイレクトリマッチを前にIBF王座を返上。その後WBA王座も手放した。テイラーのケースは、一流王者(ホプキンス)を攻略するのは比較的イージーだったが、守るのは困難だったという典型的な例。次々と指名防衛戦を通告するタイトル承認団体と折り合いをつけるのは、リングで発揮するスキル以上に困難を伴うのかもしれない。もっともテイラーは団体に支払うタイトルマッチの承認料を渋ったのがベルトを放棄する直接の理由だった。試合で獲得する巨額ファイトマネーの一桁台のパーセンテージの金額だが、テイラーだけではなく、オスカー・デラホーヤなどスーパースターでもこだわったケースがあり、複数のベルトを保持する難しさを痛感させられる。

 クロフォードに話を戻すと、彼の偉業はテイラーから12年ぶりの出来事だった。その間、ある階級で王者に就いたら、ベルトを失うか返上すれば上のクラスへ転向して複数階級制覇を狙うのが時代の風潮になった。2,3本ベルトを統一したチャンピオンはいたが、通常、各クラスに4人もチャンピオンが君臨しWBAに至っては同一階級でもベルトを乱発していただけに実力があれば、複数階級制覇は比較的容易な状況だった。その意味で一念発起して行動に出たクロフォードと実現をサポートしたプロモーター、トップランクは称賛されていい。

ウシクも2階級4団体制覇に王手

 4つのベルトを置き土産に強豪とスター選手が集結するウェルター級へ進出したクロフォードはWBO王座を守りながら、他の3つのベルトを保持するWBAスーパー・WBC・IBF世界ウェルター級統一王者エロール・スペンス・ジュニア(米)との4団体統一戦が締結間近と伝えられた。井上vsバトラーと同様の設定だ。しかし交渉は成立せず、クロフォードは昨夜、別の相手と戦った。頂上対決実現のため、クロフォードはトップランクを離れフリーエージェントとなったが、実を結ばなかった。

 一方、井上がバンタム級で優勝したワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)のシーズン1を制してクルーザー級の4ベルト統一を果たしたウシクはヘビー級に進出し、アンソニー・ジョシュア(英)に連勝し3ベルトをキープしている。最重量級でも比類なきチャンピオンに王手をかけているが、もう一人のWBC王者タイソン・フューリー(英)との大一番は実現に向かう雰囲気ながら正式決定は見送られている。

Uの変化

 巨額ファイトマネーが動くビッグマッチは当事者が大物なほど、逆に締結しやすい傾向がある。だが、こと4団体統一戦に関しては事情が異なるようだ。勝利に浴して得られる名誉は4倍になっても、一挙にファイトマネーが4倍になることはないだろう。それでも全17階級にそれぞれ唯一のチャンピオンが君臨すれば、どんなに素晴らしいことだろう。たとえ時間がかかったとしても分散したベルトを束ねるという作業は、それだけでも偉大な仕事に思える。これまでその難関を突破したのは以下の8人(獲得順)。

バーナード・ホプキンス(ミドル級=米)

ジャーメイン・テイラー(ミドル級=米)

テレンス・クロフォード(スーパーライト級=米)

オレクサンドル・ウシク(クルーザー級=ウクライナ)

ジョシュ・テイラー(スーパーライト級=英)

カネロ・アルバレス(スーパーミドル級=メキシコ)

ジャメール・チャーロ(スーパーウェルター級=米)

デビン・ヘイニー(ライト級=米)

 現在進行形なのはカネロ、チャーロ、ヘイニーの3人。そこに井上が加わるまで半日ほどになった。もちろん予想断然有利でも絶対勝つとは試合が終了するまでわからない。偶然のヘッドバットが発生してどちらかが深い傷を負い、試合が成立しないことだってありえる。だが井上は必ずやってくれるだろう。

ジョージ・カンボソス(右)を下し比類なき王者に君臨したヘイニー(写真:Top Rank)
ジョージ・カンボソス(右)を下し比類なき王者に君臨したヘイニー(写真:Top Rank)

 計量で井上は53.45キロ、バトラーは53.50キロをマークし、リミット118ポンド(53.52キロ)に合格。Unified(統一)からUndisputed(比類なき)へ。“Uの変化”はもうすぐだ。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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