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なぜクリアソン新宿は百年構想クラブに認定されたのか スタジアムを「留保」としたJリーグに変化の兆し?

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
2月11日に行われたクリアソン新宿新体制発表会。今季は5名の元Jリーガーが入団。

■クリアソンの百年構想クラブ認定が意外だった理由

 2021年シーズンの開幕を前日に控えた2月25日、Jリーグの理事会が行われ、新たに3つのクラブがJリーグ百年構想クラブ(以下、百年構想クラブ)に認定された。すなわち、JFL所属のヴェルスパ大分と鈴鹿ポイントゲッターズ、そしてひとつ下の関東リーグ1部のクリアソン新宿。いずれのクラブも、関係者に取材した経験があるが、最も意外だったのがクリアソンであった。

「われわれのクラブは、新宿区の行政や地域団体など、たくさんの方から支援や応援を受けてきました。今回、百年構想クラブに認定していただいたことは、われわれにとって大きな節目です。その一方で都心のクラブゆえに、われわれにはスタジアムの問題は常につきまとっています。これは難易度の高い問題で、いちクラブだけで解決できるものではありません。これをひとつのきっかけに、東京都のサッカー、さらにはJリーグ全体が発展していけばと思います」

 そう語るのは、クラブを運営する株式会社Criacao(クリアソン)の代表取締役社長、丸山和大氏である。クリアソン新宿は2005年、立教大学のサークル活動でサッカーをしていた仲間たちによって設立された。新宿区をホームタウンに定めたのは、東京都リーグ1部時代の17年。それにしても、なぜ新宿だったのか? 丸山氏の頭にあったのは、まず「フットボールとビジネスを両立させるなら、やっぱり東京。それも23区がマスト」というものであった。

 その上で丸山氏は、23区すべての政策をチェック。結果として、最も響いたのが「多様な人たちが互いの強みを活かし合う」という新宿区の考え方だった。新宿区には、オフィス街もあれば、繁華街もあれば、エスニック街もあれば、学生街もある。加えて、人口の10.5%近くが外国籍。そうした多様な価値観を受け入れ、新宿区の象徴となることをクリアソンは目指している。

新宿区の吉住健一区長。「今後の民意の情勢を踏まえ、可能な形でクリアソンを応援していく」としている。
新宿区の吉住健一区長。「今後の民意の情勢を踏まえ、可能な形でクリアソンを応援していく」としている。

■ポジティブ要因は「クラブ経営」と「地域との連携」

 百年構想クラブとは、将来のJリーグを目指すクラブにとっての「最初の関門」と理解してよいだろう。その条件は細かく規定されているが、特にJリーグが重視しているのが(1)健全なクラブ経営、(2)地域や行政との連携、(3)スタジアムの3点。クリアソンの場合、(1)と(2)はポジティブな評価であったが、(3)については決定的なネガティブ要因となっていた。

 まず、ポジティブな要因から見ていこう。基本的に入場料収入がない地域リーグにおいて、株式会社Criacaoが事業の主体としているのは、企業・大学などへの教育事業やビジネスコンサルティング事業。パートナー企業に対しては、単に企業名の露出ではなく、地域ネットワークやスポーツの価値をかけ合わせる形で、スポンサーアクティベーションを展開してきた。パートナー側の評価も高く、このコロナ禍でも堅調に収益を上げている。

 一方で、地域のクリアソンに対する期待値も、驚くほど高い。今年の2月11日、新宿区内で行われた新体制発表会を取材した際、強い印象を残したのが、登壇した人々の多彩な顔ぶれである。新宿区の吉住健一区長をはじめ、東京商工会議所新宿支部、新宿区商店会連合会、東京青年会議所新宿区委員会、そして新宿区サッカー協会の代表者が勢揃い。それぞれの立場から「新宿からJリーグを目指すクラブ」への期待について語るパートまで設けられていた。

 この人たちは、クリアソンに何を期待しているのか? それは大きく2つある。まず、地域性も住民の出自も多様(あるいはバラバラ)な地域において「新宿をひとつにする存在」として。そして、コロナ禍によって不当に背負わされた、新宿区に対する「負のイメージを払拭させる存在」として。クラブが現在行っている、新宿の飲食店支援のクラウドファンディングは、その端的な事例といえよう。

クリアソンのホームタウンである新宿区は、スタジアムのみならずトレーニング施設も極めて限られている。
クリアソンのホームタウンである新宿区は、スタジアムのみならずトレーニング施設も極めて限られている。

■ネガティブ要因「スタジアム」に対するJリーグの意外な判断

 このように、クラブ経営と地域との連携については、Jリーグ側もクリアソンを高く評価していたと思われる。問題は、スタジアム。新宿区には、Jリーグを開催できるスタジアムはないし、建設するための土地の確保も厳しい状況だ。そこでクリアソンはJリーグに対し、3つの案を提示している。すなわち(A)当面は都内の複数スタジアムを活用する。(B)区内にある新国立競技場を活用する。(C)地域の民意が醸成されて、土地等の条件が整えば、いずれ区内に新スタジアムを建設する。

 これについてJリーグ側は、現行ルールに則り(A)(B)ではなく(C)で可否を判断したようだ。その上で、クラブと吉住区長にもヒアリングをして「規約に則った審査の結果」、クリアソンの百年構想クラブは認定された。もっとも吉住区長は「今後の民意の情勢を踏まえ、可能な形でクリアソンを応援していく」としながらも「新スタジアム建設の可能性は現時点ではない」という立場らしい。となると、スタジアムについてJリーグ側は、事実上「留保」したことになる。

 おそらく1年前だったら、クリアソンの申請をJリーグが認定することはなかっただろう(あるいは門前払いになっていたかもしれない)。これまで箱(スタジアム)重視だったJリーグに、もしかしたら変化の兆しが生まれているのかもしれない。背景として考えられるのが、コロナ禍の影響。実はFC今治の岡田武史代表も、昨年夏にインタビューした際に「今後もコロナ禍が続いたら、Jリーグのライセンス基準にも影響があるかもしれない」と指摘している。

 百年構想クラブ認定を受けて、丸山社長は「コロナ禍という厳しい状況だからこそ、多文化共生などの課題先進地域である新宿から、地域振興と課題解決の力になれるクラブとして、引き続き精進していきます」と意気込みを語る。「箱ありき」ではない、上を目指すクラブのあり方が認められたのだとしたら、これは単にクリアソンだけの問題にとどまらない。ニュースとしてのバリューは決して大きくはないものの、そこに私は「ポスト・コロナ」に向けた、Jリーグの変化の兆しを見る思いがする。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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