Yahoo!ニュース

大スターも油断は禁物。主役を消しても立派に続く、アメリカのテレビドラマ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「Roseanne」は、娘役ギルバート(左)と夫役グッドマンで続くのか?(写真:Shutterstock/アフロ)

 主演女優が人種差別ツイートをしたせいで打ち切られた番組「Roseanne」が(1本のツイートでキャリアを失ったスターの愚行と、トップ番組を容赦なく切ったテレビ局の英断)、その女優抜きで続くかもしれない。アメリカ時間先月29日にテレビ局ABCが打ち切り発表をした直後から、その可能性があるのかどうか、業界内では勝手な憶測がなされていたのだが、ABCとプロデューサーは、今週中にも真剣な話し合いをもつ予定らしいのだ。

 ロザンヌ・バーによるこの不祥事がなければ、今シーズン最高の視聴率を獲得した「Roseanne」は、この秋に13話構成で次のシーズンを始める予定だった。突然の打ち切りで、ABCの秋からの火曜日午後8時枠は、すっぽり空いたまま。テレビ局は、すでに視聴率を取っている番組を軸にし、その前後にまだ知名度のない新番組を組むので、「Roseanne」を失った影響は、その夜のほかの番組にも波及する。局としてはこれをなんとかしなければいけないし、プロデューサーとしては、打ち切りで突如失業した脚本家やクルーも救いたい(主演スターの人種差別ツイートで300人が失業するテレビ界の非情な現実)。21年ぶりに「Roseanne」をリバイバルさせる上で尽力した助演女優サラ・ギルバートは、こんな結果になったことがとりわけ無念なようで、バー演じる主人公ロザンヌ・コナー抜きで番組を続けることに、ことさら積極的なようだ。ロザンヌの夫ダンを演じるジョン・グッドマン、妹を演じるローリー・メトカーフも、前向きだという。ギルバートは、シングルマザーになって実家に戻ったロザンヌの娘を演じている。

 先月放映されたシーズン最終回は、ロザンヌが膝の手術を受ける前夜で終わった。アメリカのひどい健康保険制度のせいで、それまで手術を受けるお金がなく、彼女は鎮痛剤オピオイドの依存症になってしまったということにもなっている。偶然にも、ロザンヌが死んだことにするのにちょうどいい下地は、できている。

 タイトルからして「Roseanne」で、最初からバーありきで作られた番組を彼女抜きで続けるというのは、たしかに衝撃的。だが、アメリカでは、主役、あるいは主役級の役者が途中で抜けても続いた例は、これまでに多数ある。そして、その多くは、その後も十分に成功した。

「この番組は自分のおかげで人気があるんだ」などと思って好き勝手にしていたら、泡を食うのがハリウッド。それは何度も証明されているのに、愚かな例は後を絶たない。つい最近も、フォックスチャンネルの「Lethal Weapon」でリッグス役(映画版のメル・ギブソンの役)を演じたクレイン・クロフォードが、現場での素行の悪さから追放され、来シーズンからショーン・ウィリアム・スコットが代わりに主演することになったばかりである。ただし同じ役ではなく、リッグスの兄か弟という設定ではないかという噂だ。

 もちろん、いつも不祥事が原因ではない。単に契約更新を前にスターが更新はしないことを希望したことで、穏便に物事が進む場合もある。契約が切れていないのに、スターが辞めたがって揉めたケースも存在する。だが、いずれも、番組は続いた。結局は、スターよりも番組のほうが大きいのである。過去のいくつかの例を挙げてみよう。

ファラ・フォーセット「地上最強の美女たち!チャーリーズ・エンジェル」(1976)

「チャーリーズ・エンジェル」と聞いて真っ先にこのブロンド美女を想像する人は多いだろうが、実は、フォーセットは5シーズン続いたこの番組の最初のシーズンにしかレギュラー出演していない。放映開始にあたり、フォーセットは、共演のジャクリン・スミス、ケイト・ジャクソンとともに5シーズン契約を結んだのだが、映画女優としてのキャリアを追求したいと、1シーズン目の最後に出演をやめると言い出したのだ。ABCは契約違反だとして彼女を訴訟、プロデューサーはフォーセットにギャラのアップも約束したが、結局、フォーセットは、時々ゲスト出演で戻ることを条件に、希望どおり番組を離れている。彼女の代表作がこの番組であることにも明白なように、彼女の映画スターとしてのキャリアは決して大きく花咲くことはなかった。

 プレミアムケーブルチャンネルHBOや、Netflix、Amazonなどストリーミングサービスが映画顔負けの秀作を作る今日と違い、映画俳優がテレビ俳優より断然上に見られていた時代はとくに、ハリウッドでは、このように、映画への移行をねらってうまくいかなかった例がたくさんあった。たとえばデビッド・カルーソーもそうだ。「NYPD Blue〜ニューヨーク市警15分署」(1993)第1シーズンのヒットで大ブレイクした彼は、第2シーズンでギャラの5倍アップを要求し、番組を離れることに成功している。彼が演じるキャラクターがストーリーを自然に出て行けるよう、プロデューサーらは、カルーソーに、最初の4話だけ第2シーズンに出てほしいと頼み、カルーソーは了解した。しかし、彼の映画のキャリアはまったくぱっとせず、3年後には再びテレビに戻ることに。その番組も視聴率が伸びずに1シーズンで打ち切られた。一方で彼が捨てた「NYPD Blue〜」は12シーズンも続いている。

 

シャナン・ドハティ「ビバリーヒルズ高校白書」(1990)

 10シーズン続いた(日本では『高校白書』『青春白書』とタイトルが分かれたが、アメリカでは『Beverly Hills, 90201』のタイトルで、ひとつの番組として続いている)このフォックスの若者向けドラマで、最初の主人公は、ミネソタからビバリーヒルズに引っ越してきた双子の高校生ブレンダ(ドハティ)とブランドン(ジェイソン・プリーストリー)だった。だが、ブレンダは第4シーズンの最後でロンドンに引っ越すことになり、番組から消される。理由は、ドハティの素行の悪さ。現場で共演者ジェニー・ガースとのケンカが絶えなかった上、ナイトクラブで別の女性と殴り合いになって警察沙汰になったりしたのだ。ガースは、最終シーズンまでレギュラー出演した。長い年月が経った今、この元宿敵は、仲直りをしている。

 やはりフォックスチャンネルのティーン向けドラマである「The OC」(2003)でも、一番人気だったミーシャ・バートン演じるマリッサが、第3シーズンの最後に、交通事故で殺された。番組のクリエーターらは、マリッサを消した理由について「いろいろある」と濁しているが、当時、バートンは、リンジー・ローハンやパリス・ヒルトンらと夜遊びに明け暮れており、撮影に遅刻してくることもしばしばだったと報道されている。バートンを失った「The OC」は、あと1シーズン続いたが、視聴率は落ちた。もっと落ちたのはバートンのキャリアと私生活で、その後、彼女は、飲酒運転で逮捕されたり、精神病棟に入ったりなど、ネガティブな話題でゴシップをにぎわせることになっている。

パトリック・デンプシー「グレイズ・アナトミー 恋の解剖学」(2005)

 現在も続いている病院を舞台にしたこのドラマは、当初、研修医のメレディス(エレン・ポンピオ)と外科医の“マクドリーミー”ことデレク(デンプシー)の恋が話の中心だった。それまでも「メラニーは行く!」など映画にも出ていたデンプシーだが、知名度はこの役で大幅にアップ。ドラマ出演の合間に映画に出るにあたっても、「映画で今すぐマクドリーミーのイメージと違いすぎるものをやるのは危険だと思っているが、少しずつ違うことに広げていきたい」と語っていたものの、その大きな目的がかなわないまま、デンプシーは生活の糧である「グレイズ〜」を、契約終了前に解雇されてしまう。彼の契約は12シーズン目までだったのだが、11シーズン目には出番が大幅に減り、そのシーズン最後に事故で死んでしまうのだ。

 そんな展開にさせられた理由は、デンプシーが撮影に遅刻したり、セリフを覚えてこなかったりする事例が続いたこと。当時はデンプシーの妻が離婚を申請した時期でもあり、クリエーターのションダ・ライムズはしばらく大目に見ていたが、ついに限界に達したとのことだ。

 このドラマでは、キャサリン・ハイグルも、勤務態度の問題と、本人が映画のキャリアを目指したがったせいで、途中で消されている。ドラマとかけもちの頃は「幸せになるための27のドレス」「男と女の不都合な真実」などの映画に主演したハイグルだが、その後はまったくぱっとしていない。

スティーブ・カレル「ザ・オフィス」(2005)

 イギリスでヒットした同名のコメディ番組をアメリカでリメイクするにあたって主役に起用されたのがカレル。すでに「ブルース・オールマイティ」「40歳の童貞男」など映画にも出演していた彼は、この番組の合間にも、「エバン・オールマイティ」「ゲット スマート」「ラブ・アゲイン」など、数々の映画に出演し、人気を高めていく。7 シーズン目で番組の出演契約が切れる時、カレルは、映画の仕事に集中するため更新はしないと伝え、彼が演じるマイケル・スコットは、自然な形でストーリーから出て行った。その後、番組は2シーズン続いている。そしてカレルはコメディにとどまらず、シリアスな映画でも実力を評価され、「フォックスキャッチャー」ではオスカー主演男優部門にもノミネートされた。まもなく日本公開される「30年後の同窓会」「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」でも、すばらしい演技を見せている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事