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『オリバーな犬』で延々と「え?」の応酬 オダギリジョーがそこに込めた意味とは?

てれびのスキマライター。テレビっ子
脚本・演出を担当したオダギリジョー(写真:Splash/アフロ)

オダギリジョーが脚本・演出を務め、自身も「犬の着ぐるみ」姿で出演し、ぐうたらな「警察犬」オリバーを演じた『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』(NHK)は、「ユニークな発想が随所に見られるとともに、劇画的でスピーディーな演出、それでいて破綻しない構成が素晴らしい。表に出ている現象の裏には、壮大な物語があるということを見事に描き、見ていて近来になくワクワクした。豊富で豪華な出演者の動きすべてに神経が行き届いたオダギリジョーの演出が光る。続編にも期待したい」と評され、ギャラクシー賞2021年10月度月間賞を受賞するなど大きな話題となった。

その続編となるシーズン2(全3話)が、9月20日から始まった。

27日放送のシーズン2の2回目(第5話)で衝撃的なシーンがあるという。

実際の脚本はどうなっていたのか

池松壮亮演じる主人公・青葉一平と、麻生久美子扮する漆原冴子が約1分間にわたり延々と「え?」「え?」と言い合うというのだ。

池松がゲストに訪れた『あさイチ』(NHK、2022年9月16日放送)では、2人の「え?」が2頁以上続く脚本が紹介されていた。そこには( )書きで「え?」の中に込めた意味が書かれていた。

一平「え?(何の話ですか?)」

漆原「え?(何が?)」

一平「え?(『何が?』って)」

漆原「え?(え? 何で?)」

一平「え?(え?『何で?』って?)」

漆原「え?(だって『何で?』でしょう)」

一平「え?(どういうことですか?)」

漆原「え?(だから、今の『え?』がよ)」

一平「え?(え? 普通でしょ)」

漆原「え?(何が?)」

一平「え?(だから、『何で?』ってなりますよね)」

漆原「え?(だって、間違ってないじゃない?)」

一平「え?(何がですか?)」

漆原「え?(今の話)」

一平「え?(今の話って?)」

漆原「え?(だから『情け……』の話)」

一平「え?(いやいや)」

漆原「え?(何が『いやいや』よ)」

一平「え?(だって、ないでしょ)」

漆原「え?(ない?)」

一平「え?(いきなりあの話はないでしょ)」

漆原「え?(あるわよ)」

一平「え?(ないですよ)」

漆原「え?(だって課長繋がりじゃない)」

一平「え?(繋がりっちゃあ繋がりですけど)」

漆原「え?(問題あんの?)」

一平「え?(ゴリゴリじゃないですか)」

漆原「え?(ゴリゴリって何よ)」

一平「え?(結構ムリくりですよってことですよ)」

漆原「え?(そんなことないわよ)」

一平「え?(そう思ってんのは漆原さんだけですよ)」

漆原「え?(何なのホント)」

一平「え?(え? 言い過ぎました?)」

漆原「うん、言い過ぎよ」

(※『あさイチ』で紹介された台本より)

主人公・一平を演じた池松壮亮
主人公・一平を演じた池松壮亮写真:2021 TIFF/アフロ

台本を渡されたときには「え?って感じでした」と笑う池松は、実際に演じた時のことをこう振り返った。

池松「びっくりしますよね。こんなの見たことないし、思いついたとしても本当に書くかなと思って。オダギリさんらしいなと思ったんですけど。

まぁー、やるのが大変というか。実際、本番では『( )』は無視して、とにかく『え?』のやりとり。ちょっとニュアンスをつけながら『え?』のやりとりをして、数も数えずに大体1分ちょいくらいでやってみましょうっていってやったんですけど。ハラハラしましたね」

(※『あさイチ』NHK、2022年9月16日放送より)

麻生久美子とオダギリジョーがゲストの『土曜スタジオパーク』(NHK、2022年9月24日放送)でもこの台本が紹介され、麻生久美子がこの台本を受け取った時の心境をこう語っている。

麻生「これを見た時にどうやって演じたらいいんだろうって思ってすごく怖かったです。ちょっと池松さんにも相談しましたし、2人の息があってないとできないですし。( )の中の意味をちゃんと感じさせるように『え?』を言うってすごく難しいじゃないですか。だから先に(オダギリと)お話しして、『あの「え?」のところはどうやって撮影するんですか?』って聞いたんです。そしたら『( )の中、無視していいです』って言われて(笑)。え?って思って」

(※『土曜スタジオパーク』NHK、2022年9月24日放送より)

漆原を演じる麻生久美子
漆原を演じる麻生久美子写真:長田洋平/アフロ

感覚をいかに使うか

この「え?」だけのやり取りが記された台本には直後にこんな言葉が添えられていた。

麻生さんと池松くんの『え?』だけの芝居。

今回の芝居の山場とも言うべきか。

(※『あさイチ』で紹介された台本より)

なんとト書きにオダギリの所感が書かれているのだ。「普通、名指しのト書きとかないですからね。初めて見ました」と池松が言うように、なかなかないオダギリジョーらしい型にはまらない脚本だ。

オダギリが最初に演技を学んだのはアメリカだった。映画監督志望だった彼は高校卒業後、母に懇願しカリフォルニア州立大学フレズノ校に留学。監督養成コースを志望していたが、願書の記入ミスによって俳優養成コースに入り、2年間演技を学ぶことになる。その後も、国内外で演技の方法論を学んだオダギリジョー。その中で「同じ言葉を延々と繰り返すという訓練」があり、それを脚本に取り入れたのだという。「感情や思いを込めれば相手とのキャッチボールは延々と続けられる」のだと。

オダギリ「俳優の練習方法のひとつなんですよ。アメリカで『メソッド』っていう方法論を学んだんですけど、同じ言葉を延々と繰り返すんですけど相手から受け取った何かの感情をそこに返すみたいな。同じ『え?』はひとつもないっていう。常に『え?』が動いていく

(※『土曜スタジオパーク』NHK、2022年9月24日放送より)

またオダギリは以前、「“感覚をいかに使うか”という方法論を学び、やり続けてきた」(「リアルサウンド」2018年7月6日 )と語っている。「その役者さんがどういう人生を送ってきたか」ということに興味があるというオダギリは「どう演じるかよりも、人間性や経験が大事」だと持論を展開する。

オダギリ「どんな役であっても、その人が根本的に持っているものしか出てこないと思うので。「役になりきる」という言葉がありますけど、あんなの大きな勘違いですよ(笑)。そうじゃなくて、その人自身の感性と役柄をいかに繋げるか、繋げた時に何が滲み出るかーーそこで役者としてやっていけるかどうかが決まるので」

(※「リアルサウンド」2018年7月6日 より)

「え?」の応酬には、池松壮亮と麻生久美子の人間性や経験に基づく感性、そしてその奥には演出したオダギリジョー自身が滲み出ているに違いない。

<関連>オダギリジョーは「謎の男」である

ライター。テレビっ子

現在『水道橋博士のメルマ旬報』『日刊サイゾー』『週刊SPA!』『日刊ゲンダイ』などにテレビに関するコラムを連載中。著書に戸部田誠名義で『タモリ学 タモリにとって「タモリ」とは何か?』(イースト・プレス)、『有吉弘行のツイッターのフォロワーはなぜ300万人もいるのか 絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』、『コントに捧げた内村光良の怒り 続・絶望を笑いに変える芸人たちの生き方』(コア新書)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)など。共著で『大人のSMAP論』がある。

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