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「獺祭のお米を食べて」酒米生産量日本一の山田錦とその農家さんを救うために

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
日本酒の獺祭(だっさい)と、その酒米である山田錦(旭酒造株式会社提供、筆者撮影)

2020年6月14日付の日本農業新聞「[新型コロナ] 日本酒低迷、米産地を直撃 契約3割見直しか 需要回復いつ… 兵庫」は、酒米(酒造好適米:しゅぞうこうてきまい、酒造りに適したコメ)の生産量が日本一の兵庫県で、需要が3割落ち込むとの想定について報じた。

酒米で最も有名な山田錦は3万4,500人の年間食事量と同じだけ栽培されている

兵庫県三木市吉川町は、酒米で最も有名な品種である「山田錦」の作付面積が、水田面積の8割を占めるという。2020年5月30日に山田錦の田植えが本格的に始まったものの、日本酒の出荷量は、2020年2月が前年比9%減、3月が12%減、4月が21%減と徐々に減っており(日本酒造組合中央会による)、事態は深刻だ。

日本酒の獺祭(だっさい)の製造元である、山口県岩国市の旭酒造株式会社によれば、80年前に誕生した山田錦は、全国で57万5千俵、栽培されているという(令和元年度生産量推計)。1俵が60kgなので、57万5千俵とは3万4,500トンに相当する。南極観測隊では、一年間に一人が食べる量をほぼ1トンと推計し、それに余剰を加えて食料を準備している。あくまで概算にすぎないが、3万4,500トンとは、3万4,500人が一年間に食べる量と同じくらいということになる。

獺祭の酒米「山田錦」をコメとして販売

酒米と、その農家さんを救おう、という目的で、旭酒造株式会社は、獺祭の原料である山田錦を、それ単独で売る試みを始めた。

獺祭の酒米 山田錦(旭酒造株式会社公式サイトより)
獺祭の酒米 山田錦(旭酒造株式会社公式サイトより)

精米歩合は90%、内容量は3合(450g)で税別348円。獺祭WEB店ほか、全国の獺祭取り扱い店で販売している。

販売されている獺祭の酒米、山田錦の裏面表示(筆者撮影)
販売されている獺祭の酒米、山田錦の裏面表示(筆者撮影)

筆者も、獺祭のお米を炊いて食べてみた。粘りが少なくてあっさりしている。

もともと酒米は、食用米と違って、でんぷんの多いコメの中心部が大きく、タンパク質やビタミン類の含まれる表層部を磨いて(削って)いるため、食用米とは性質が異なる。粘らない分、リゾットやパエリアなどには向くコメだ。

旭酒造の公式サイトでは、酒米を調理するコツとして、普段より少なめの水で炊くこと、リゾットやチャーハンなどにするのが適していると書かれている。

パエリアやリゾット、チャーハンに最適な、獺祭の酒米「山田錦」(旭酒造株式会社公式サイトより)
パエリアやリゾット、チャーハンに最適な、獺祭の酒米「山田錦」(旭酒造株式会社公式サイトより)

食品ロスを防ぐために値引き販売し、売上金額をフードバンクに寄付した旭酒造

日本酒を飲む人の間では、獺祭というブランドは、非常によく知られている。筆者は日本酒を飲む習慣がないが、獺祭に注目した出来事があった。それは2017年、獺祭が自主回収した製品の安全性を検査し、保健所にも確認をとった上で半額で販売し、その売り上げ金額である180万円強を、フードバンクのセカンドハーベスト・ジャパンに寄付したことだ。

セカンドハーベスト・ジャパンへの寄付について(2017年5月26日、旭酒造株式会社)

自主回収は、筆者も勤務先だった食品メーカーで経験している。自主回収はゼロであることが理想ではあるが、どんなに安全管理に留意しても、ゼロにすることは非常に難しい。そして、現在のロットナンバーで管理する方式では、疑いのあるものだけでなく、それ以外のものもすべて大量に回収し、その全てを廃棄してしまう。

もちろん、安全性が担保されることが優先されるが、生命に関わりのない表示など、中身に別状のないことで回収されることも多い。それが資源の無駄につながるとして、2000年、食品業界で自主回収の多かった年に、厚生労働省が、自主回収の判断基準として、消費者の健康被害の有無という考え方を提示した。だが、あれから20年経った今も、「健康被害はありませんが、念のため自主回収します」という企業は多い。

旭酒造株式会社の、この時の姿勢は、起こったことを開示し報告するということ、食品を無駄にしないということで、筆者は感銘を受けた。

獺祭の酒米「山田錦」と、磨き二割三分、三割九分、大吟醸の三種類(筆者撮影)
獺祭の酒米「山田錦」と、磨き二割三分、三割九分、大吟醸の三種類(筆者撮影)

コロナ禍で判明する、食品が生き物であるということ

コロナ禍は、食べ物が生き物から作られていることを、あらためて私たちに教えてくれている。

牛乳を殺菌する前の生乳は、4月から6月にかけてが最も生産量が多い。一度、搾乳を始めたら止めることはできないし、止めたら、乳牛が感染症にかかってしまう恐れがある。J-ミルクは6月14日までの期間限定で、農林水産省らの支援を受け、牛乳を無償配布した。

子どもたちにご飯を!農林水産省が食育目的で備蓄米 Jミルクは牛乳を フードバンク、子ども食堂へ届け

学校給食向けに丹精込めて小松菜を育てていた農家は、学校給食中止を受けて、泣く泣く、小松菜すべてをつぶさざるを得なくなった。

お米は、田植えが始まってから収穫するまで半年近くかかる。今回の新型コロナで、JA全農兵庫は、4月下旬、県内生産者に緊急通知を出し、酒米から主食用品種への転換を呼びかけたが、多くの農家が苗作りを始めた後で、変更できなかったという(2020年6月14日付、日本農業新聞)。

酒米は、生産量日本一の山田錦を筆頭に、五百万石、美山錦、雄町、秋田酒こまちなど、100種類以上が作られている。「雄町(おまち)」の発祥である岡山県では、県内の酒造メーカー3社が、食用として、県内のスーパー、山陽マルナカ35店舗で販売する取り組みを始めた(2020年6月11日付、山陽新聞朝刊7面)。

世界で評価される日本酒の元であるコメと、それを作る農家さんが、この危機を乗り越えられるよう、多くの人の支援が得られるよう、祈りたい。

関連情報

山田錦の生産者さんや酒造会社、日本酒料理店を招いて、現状や山田錦について語るウェビナー(ウェブセミナーのこと)が、6月26日19時に開催される(2020年6月13日付神戸新聞より)。クラウドファンディングで支援してくれた方、限定20名をウェビナーに招待し、オリジナルのおちょこが送られるとのこと。詳細はネット検索で。問い合わせは神戸新聞メディアビジネス局へ(078-362-7073)。

生産者さんを応援したい…獺祭の酒米「山田錦」を販売します(旭酒造株式会社)

[新型コロナ] 日本酒低迷、米産地を直撃 契約3割見直しか 需要回復いつ… 兵庫(2020年6月14日付、日本農業新聞)

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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