Yahoo!ニュース

戦後77年 今年の戦没者追悼式での天皇の「おことば」はどのように変わったのか。

河西秀哉名古屋大学大学院准教授
2022年8月15日全国戦没者追悼式会場(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 8月15日、政府主催の全国戦没者追悼式が行われた。この戦没者追悼式には天皇・皇后が出席し、天皇はそのなかで「おことば」を述べる。その文言は毎年、注目されている。今年はどのような「おことば」を述べたのだろうか。次に掲げる「おことば」が今年のものである。

 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。

 終戦以来77年、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、誠に感慨深いものがあります。

 私たちは今、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による様々な困難に直面していますが、私たち皆が心を一つにし、力を合わせてこの難しい状況を乗り越え、今後とも、人々の幸せと平和を希求し続けていくことを心から願います。

 ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

 この四段落構成は、新型コロナウイルス感染症の流行した2020年から変わっていない。第一段落・第二段落・第四段落は平成の天皇の「おことば」を基本的には踏襲し、それを耳で聞いてもすぐに頭に入りやすいような平易な言葉に直された他は変わっていない。戦後世代の天皇としても、戦争の記憶に向き合い、平和主義を希求する方向性をこの「おことば」で示している。

 ただし、新型コロナウイルス感染症によって、変化が生まれた。第三段落が加わったのである。短い「おことば」のなかにこの問題を含めること自体、天皇の強い意思を見ることができるだろう。では、その後は文言は変化していないのだろうか。

 そうではない。基本的な構成は変わっていないものの、少しずつ変化が見られる。2020年には「感染拡大により、新たな苦難に直面」であった部分が、2021年には「厳しい感染状況による新たな試練に直面」に変わり、さらに今年は「感染拡大による様々な困難に直面」へと変化している。「新たな苦難」→「新たな試練」→「様々な困難」という文言の変化。

 それは、コロナの状況が3年続き、「新たな」とも言えなくなった状況もあるだろう。それだけでなく、「苦難」から「試練」、そして「困難」へと変えている。今回の新型コロナウイルス感染症の状況が、敗戦から戦後にかけての国民の「苦難」や決心を試されるような「試練」とも異なる「困難」に直面していると述べる。天皇は今年の「新年のビデオメッセージ」や全国植樹祭の「おことば」などでも「困難」という文言を使用しているが、感染状況だけではなく医療体制や経済状況など、この問題が様々な「困難」をもたらしているとして、多くの人々に寄り添ったためにこうした文言になったのではないか。

 また、2020年に「私たち皆が手を共に携えて、この困難な状況を乗り越え」であった部分が、2021年には「私たち皆がなお一層心を一つにし、力を合わせてこの困難を乗り越え」に変わり、さらに今年は「私たち皆が心を一つにし、力を合わせてこの難しい状況を乗り越え」という表現に変化した。前段を「困難」にしたため、「難しい状況」に変えたのだろう。また、昨年求めた「なお一層心を一つにし」を「心を一つにし」と変化させている。

 「なお一層」という文言があれば、すでにある「心を一つにする」動きをさらに高めようと天皇が求めたと読み取れる。しかし今年はそれがなくなった。とすると、今は「心を一つにする」動きが昨年よりはないと天皇が考えたのではないかとも想像できる。いずれにしても、そうすることを私たちに求める姿は変化していないように見える。

 来年、私たちは新型コロナウイルス感染症を克服しているだろうか。そうすると、天皇はいかなる「おことば」を述べるのだろうか。そして、戦後80年に向けていかなる方向性を示していくだろうか。注目される。

名古屋大学大学院准教授

1977年愛知県生まれ。名古屋大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(歴史学)。日本近現代史、そのなかでも特に象徴天皇制を専門としている。京都大学大学文書館助教、神戸女学院大学文学部准教授などを経て、現在は名古屋大学大学院人文学研究科准教授。2016年8月の平成の天皇の「おことば」以降、テレビ・新聞・雑誌などのメディアで評論やコメントなどを多数発表。

河西秀哉の最近の記事