天皇とオリンピック 天皇は開会式で開会宣言を読みあげるのか?
東京オリンピック・パラリンピックが近づくにつれて、天皇とオリンピックに関する記事がいくつか掲載されるようになった。
たとえば、「天皇陛下 会見での五輪言及ゼロに…『無言の抗議では』の声も」という記事。東京オリンピック・パラリンピックの名誉総裁を務める天皇が、2020年2月の誕生日での記者会見以降、オリンピックに言及することがなくなったと述べ、その理由は新型コロナウイルスの感染拡大にともなって国内で開催反対の声が大きくなり、それを踏まえて「陛下による、いわば“無言の抗議”だった」と述べられる。
また、「高まる五輪開催反対論 雅子さまは『開会式に出席しない』のご決断も」という記事も出た。これも、国民のオリンピック開催反対の声が高まるなかで、皇后が開会式出席を取りやめるのではないかと書かれている。
いずれの記事も、新型コロナウイルスの感染状況を踏まえて国内でのオリンピック・パラリンピック開催反対の声が高まっている状況に、天皇・皇后が配慮していると主張している。また、そうした反対論に即して、天皇の行動を好意的に解釈しているともいえる。いわば、天皇を反オリンピックの象徴として持ち出しているかのようでもある。
しかし、象徴天皇は日本国憲法の理念上、政治的な行動をすることはできない。自身がどういう意思を持っていたとしても、その行動は憲法に書かれる国事行為は内閣の助言と承認を必要とし、象徴としての公的行為は内閣が最終的には責任を持つ。ここで問題となるのが、オリンピック開会式での開会宣言である。
「オリンピック憲章」の第5章「オリンピック競技大会」に55「開会式と閉会式」という規程があり、その3には次のように書かれている。
つまり、オリンピック憲章によれば、開会式では開催国の国家元首が開会宣言をしなくてはいけないのである。戦後の日本では憲法や法律に元首の規程はないものの、「天皇は国の象徴であり、さらにごく一部ではございますが外交関係において国を代表する面を持っておられるわけでありますから、現行憲法のもとにおきましてもそういうような考え方をもとにして元首であるというふうに言っても差し支えない」(1988年10月の参議院内閣委員会における内閣法制局による答弁)と政府は述べており、対外的には天皇が元首とされる。
だからこそ、1964年の東京、1972年の札幌では昭和天皇が、1998年の長野では平成の天皇が開会宣言を行った。2012年のロンドンオリンピック開会式ではエリザベス女王が開会宣言を読みあげており、各国の君主が行うことが当然となっている。ここで、現在の状況を踏まえてオリンピック開催に反対だとたとえ天皇が考えていたとしても、それを拒否することはできないのである。
しかし、このままオリンピック・パラリンピックが開催されて、天皇が開催宣言を述べるとするならば、前述のように自分たちの意見の象徴として考えていた天皇の「裏切り」と見る反対派が出てくる可能性も充分にあり得る。もちろん、先に述べたように、天皇が政府の決めた方針を覆すことはできず、しかもオリンピック憲章に書いてある以上、開催するならば天皇が開会宣言を述べなければならない。
ところが、これについて記者会見で聞かれた加藤官房長官は、明言を避けて「調整中」と答えた(この記事などを参照)。政府が国民に丁寧に説明しなければならないはずなのに、それを避けているかのようにも見える。
先に述べたエリザベス女王は、ロンドンオリンピック開会式の時、映画「007」のジェームズ・ボンドと登場して話題になった。そうした演出は日本ではないだろうが、天皇が出席するならば、政府は多くの対策を採る必要もある。
たとえば、たとえ収容人数を限定したとしても、多くの人々が観客となる以上、天皇と皇后にワクチン接種が必要かもしれない。オリンピック・パラリンピックが開催される場合、天皇と皇后は開会式の出席だけではなく、訪日した各国要人と会見する機会も多くなる。それだけに、人と接する機会が多いなかで、天皇と皇后の安全性を考えるならば、ワクチン接種は必要だろう。しかし、未だそれはすべての国民に行き渡っているわけではない。65歳以下の二人へのワクチン接種を優先するならば、なぜ必要なのか、それも政府が国民に説明する必要があろう。
また、これまでも天皇と皇后を含めて、皇族がオリンピック・パラリンピックを観戦してきた。観客が限定されるなかで、天皇と皇后、皇族の観戦はどうするのか。感染症対策がなされるなかで、多くの公務がリモート化しているにもかかわらず、オリンピック・パラリンピックだけは特別でよいのか。それらについてきちんと説明しないままになんとなく天皇と皇后、皇族をオリンピック・パラリンピックに動員した場合、象徴天皇制全体に対しても影響が出てくるのではないだろうか。
追記:筆者もコメントを寄せた『北海道新聞』のこちらの記事も参照ください。