予算5ガケの衝撃 三越伊勢丹のクールジャパン百貨店 建て直しに必要な「藤原ヒロシ」やファッションとは
文筆家の古谷経衡氏が、三越伊勢丹ホールディングスとクールジャパン機構(正式名称は海外需要開拓支援機構)が共同出資して2016年10月に開業した「イセタン・ザ・ジャパンストア クアラルンプール」の惨状を指摘した記事を投稿したのは、6月7日のこと。
奇しくもその翌日、三越伊勢丹ホールディングスは、同店を運営する合弁会社ICJデパートメントストアを100%子会社化することを発表した。マレーシア子会社の(イセタン オブ ジャパンSdn. Bhd.)を通じて、クールジャパン機構が持つ全株式(49%)を買い取るものだ。
35億円の目標に対して、売上高は16億円と惨敗
「イセタン・ザ・ジャパンストア クアラルンプール」は、もともと伊勢丹が商業施設ロットテン(lot 10)内で運営していた店舗を大幅リニューアルしたもの。詳細は古谷氏の記事に譲るが、売り場面積は1万1000平方メートルあり、初年度売上高目標は35億円を掲げていた。
だが、2017年度の売上高は16億1700万円と振るわず、達成率は46%にとどまっている。なかなか衝撃的な数字だ。営業赤字は5億1800万円だった。
日本企業の海外での失敗ぶりを聞かされるのは、あまり気持ちの良いものではない。だが、古谷氏が店頭で実感した不調ぶりや問題点などが的を射ていることは否定できない。
「影響は軽微」は本当か?
ICJは2014年10月に設立し、「日本の優れたモノ・サービス」の発信・提供を目的に運営してきた。三越伊勢丹は発表資料の中で、今回の完全子会社化は、「市場のニーズにより柔軟かつ機動的に対応していくため」と説明。「本件による 2019 年 3 月期の連結業績への影響は軽微です」と続ける。
もちろん、グループ連結売上高1兆2600億円、営業利益244億円(ともに2017年度)という数字に対しては、その影響は微々たるものといえる。だが、構造改革を進める一方で、今後の成長戦略として掲げる、中国・ASEANを含むアジアを中心に手掛けようとしてきた複合商業開発や、リーシング・マネジメントなどに対する危うさが露呈した感があり、マイナスのインパクトは軽微ではなさそうだ。
日本においても、新宿伊勢丹は化粧品の人気もありインバウンド効果も発揮しているが、銀座三越内に開業した市中免税店は苦戦している。
銀座・日比谷では藤原ヒロシや「マスターマインド」に注目集まる
同じ銀座では、リニューアルのため閉館し、地上部分を解体したソニービルが8月9日に「銀座ソニーパーク」(Ginza Sony Park)として開園する。地下の目玉は、藤原ヒロシ氏をディレクターに迎え、ジュンが店舗運営する、「ザ・コンビニ」(THE CONVENI)だ。コンビニエンスストアをコンセプトに、ここでしか買えないユニークなアイテムをそろえ、新しいカルチャーを発信するものだ。
藤原氏は当代随一のヒットメーカーで、海外のクリエイターやアーティストからの人気も高い。「ルイ・ヴィトン」(LOUIS VUITTON)のメンズ・アーティスティック・ディレクターだったキム・ジョーンズ(新たに「ディオール・オム」(DIOR HOMME)アーティスティック・ディレクターに就任)は、「藤原ヒロシは、真の意味での作品づくりのインフルエンサーで、私にとってのアイコンです」と語り、藤原氏が主宰する「フラグメント」(FRAGMENT)とコラボアイテムを昨春発売し、大人気を博した。
「ルイ・ヴィトン」はその後、「シュプリーム」(Supreme)ともコラボをし、連日の大行列や、強奪、転売なども含めた過熱ぶりが社会問題化したほどだ。だが、実のところ、「フラグメント」とのコラボのほうが売上げ額が多かったとの話も聞こえてくる。「ザ・コンビニ」も話題になること間違いなしだ。
また、近隣に3月に開業した東京ミッドタウン日比谷では、本間正章デザイナーが手掛ける「マスターマインド・ジャパン」(MASTERMIND JAPAN)と、新たにグローバル市場向けの「マスターマインド・ワールド」(MASTERMIND WORLD)を立ち上げたTSIホールディングスが、両ブランドを扱う「MASTERMIND TOKYO」を出店し、大盛況となっている。
三越伊勢丹に期待されるクールジャパンとは
お茶・包丁・高級食品・アニメやキャラクターのようなクールジャパンの提案ももちろん意義はあることだ。だが、コンテンポラリーな日本・東京のファッション&カルチャー&ビューティと、それを担う藤原ヒロシ氏や本間デザイナーのような(そして、彼らに続く)クリエイターが生み出したコンテンツを世界に発信していく拠点として魅力を高めることが、三越伊勢丹に期待されているクールジャパンなのではないだろうか。
日本の良さは、世界中の良いものをセレクトする目利き力だったり、それらを再編集して新しい価値を生み出すリミックス力に長けている。それがクールジャパンの源泉であり、あえて日本のものだけを販売する必要はないのかもしれない。
そんなファッション&カルチャーの提案に魅力を感じて集まってくる富裕層や高感度な層に対して、職人技が光ったり、あるいはサブカルチャー的な雑貨や工芸品、アート、フードなど、ザ・ニッポンの商材やサービスを提供していくことで、世界のお客さまに喜ばれる。売上げが上がり、携わる人々が幸せになり、社会にも貢献でき、さらに良い商品を提供できる――という、好循環のループができることを期待したい。
一番の強みで勝負すべき
「ユニクロ」を擁してグローバル企業になったファーストリテイリングの柳井正代表取締役会長兼社長がよく言うことでもあるが、海外に打って出るときには、自分たちは既存のプレイヤーと何が違うのかを明示し、一番自信を持って提供できる商品やサービスで戦わなければ、お客様に選ばれ、市場で勝ち残ることはできない。
小手先ではなく、自社の本来の強みで勝負すれば、成功する確率も高まるし、失敗しても手の打ちようは多彩に考えられるはず。失敗を糧にさらに強みを磨き上げることもできる。強みで全力でぶつかって大失敗したのならば、諦めもつき、潔く次の一手を繰り出すこともできるだろう。成功を心から祈りたい。