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労働者にとって未来は明るいのか?

津田栄皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト
人手不足で企業は人材採用に奔走、しかし、今後は・・・(写真:ロイター/アフロ)

今は人手不足

 最近、人手不足が騒がれている。その結果、労働需給がタイトになっていることから、本来給料が上がるはずである。確かに、そのおかげで、アルバイトやパートなどの時給が上がっているといわれる。私の周りでも、学生たちがバイトの時給が上がったと喜んでいる。

 しかし、人手不足は、過去の景気のいい時のように、すべてにわたって起きているのだろうか?それは、どうも様相が違うようだ。

雇用全体では良くなっているが、中身は・・・

 雇用全体については、雇用統計を見てみると、まず失業率は、9月29日に発表された8月の完全失業率(季節調整値)は2.8%、6月、7月と3か月変わらずに推移している。これは、ほぼ完全雇用に近い状態だといえよう。

 もう一つ、有効求人倍率を見てみると、こちらも全体(パートを含んだ季節調整値)で、7月と同じく1.52倍となり、高水準を維持している。この数値は、田中元首相の積極財政で景気が回復した1974年の2月の1.53倍以来43年5か月ぶりの水準であり、1980年代後半のバブル期の水準をも超えている。また正社員の有効求人倍率も、6月に1.01倍と2004年の調査開始以来、初めて1倍超えとなり、7月、8月も同水準を維持している。

有効求人倍率(求人数/求職者数)がそんなに高いということは、求人数が求職数を相当上回っていることを意味し、労働者の職探しより企業の人手探しが厳しいことがうかがえる。つまり人手不足は確かだといえる。

 しかし、これを職業別に見てみると、違った見方ができる。8月の統計で見ると、求職に対して求人が多いのは、医師・薬剤師、医療技術者、社会福祉の専門的職業や建築・土木・測量技術者、開発技術者など専門的・技術的職業(有効求人倍率2.02倍)、商品などの販売の職業(同2.04倍)、介護サービス、飲食物調理や接客・給仕、保健医療サービス、生活衛生サービスなどのサービスの職業(同3.28倍)、保安の職業(同7.70倍)、農林漁業の職業(1.19倍)、自動車運転などの輸送・機械運転の職業(同2.30倍)、生産工程の職業(1.60倍)、建設や土木などの建設・採掘の職業(同4.02倍)である。

 一方、求職に対して求人が少ないのは、一般事務を中心とした事務的職業(同0.44倍)、運搬・清掃・包装等の職業(同0.77倍)である。

 こうしてみると、気づくと思うが、益々競争が激しくなって必要とする専門的な技術者や生産が伸びている製造現場の従業員のほか、仕事が厳しく、帰りが遅く、給料が安い販売員や飲食サービス従事者、夜遅くまで走り回って配達しているトラックなどの運転手、そして仕事がきつくて、精神的にも肉体的にも休めない介護職員や看護士、仕事がきつい、汚い、危険の3Kといわれる建設・土木作業員など、あまり仕事に就きたがらない職種においては人手不足が深刻であることがわかる。そして、こうした職種は、仕事の内容で就きたくないために、給料が上がっても、簡単には人手不足は解消しない。

逆に、一般事務職が1倍を大きく割っているということは、すなわちデスクワークなどに従事するサラリーマンやOLは、人が余っているということになる。ということは、こういう職種では、簡単に給料が上がらない、上がってもわずかということになろう。

労働者の未来は?

 このように見てくると、人手不足は、求職と求人のミスマッチによるものであり、慢性的な状況だといえる。そして、こうした状況は、簡単には解消しないといえるが、果たして喜んでいいことなのだろうか。しかも、これから5年、10年先を見通すと、状況は大きく変わっていく可能性がある。特に、一般事務職であるサラリーマンやOLの世界は、劇的に変わっていくかもしれない。

 最近話題になっているAI、ロボットが急速に広がってくれば、オフィスの状況は一変すると予想される。定型的な一般的な事務作業は、AIによる自動化で、人が必要でなくなってくるからだ。今年2月ゴールドマン・サックスが金融取引の自動化で600人いた本社トレーダーが2人しかいなくなり、全社員の3分の1がエンジニアに変わったというニュースが流れた。また9月20日の日経のニュースでは、三菱UFJフィナンシャル・グループの9500人分の仕事の自動化を図っていくというものだった。こうした流れは徐々に広がっていく。

もちろん、毎年定年退職などを迎える従業員の補充をAIによる自動化で代替されるだろうが、毎年1000人を超える新規採用は少数精鋭採用に切り替わるはずであり、益々銀行受付や一般事務、経理・人事など多くの事務職は減少することになろう。この流れは金融機関だけでなく、一般の会社にも広がることは確実であり、今起きている一般事務職の有効求人倍率の低さは、続くといえるかもしれない。

 またロボットの普及は、人手不足もあってこれから普及すると見られ、徐々に製造業や建設・土木などの作業員の求人は減っていくと見られる。またAIによる自動化は、サービス業従事者の減少を促すであろうし、もっと先であろうが、AIによる自動運転が実用化されれば、トラックやタクシーなどの運転従事者の減少につながるかもしれない。そう見てくると、こうした職業での高い有効求人倍率は、今後低下するのではないだろうか。

 そうなると、今は人手不足といっても、ミスマッチで起きている現象であり、AIとロボットなどの普及により、多くの人が望む一般事務職の求職は、ますます難しくなり、当面は仕事がきつい、給料が安い、汚い、危険などの職業にしか就けなくなる、それもロボットが普及すれば、単純作業では人手は必要なくなる。

 ただ、こうした動きは、すぐに起きるのではなく、ゆっくりであるが、着実に進展していくものと思われる。その間は、労働者の賃金は上昇するであろうが、その幅は緩慢であろうし、一般事務職の給料は、仕事が定型的で単純であればあるほど、大きく下がる可能性もあり得よう。

そう考えてくると、労働者の未来は明るいとはいえないのではないだろうか。

最後に

 すべての労働者が、未来は明るくないということではない。特別な知識や技術、スキルが求められる職業や、人との繋がりや協調、創造性などが求められる職業などでは、AIやロボットへの代替には簡単にいかないと見られ、まだまだ未来は明るいといえるかもしれない。

 ただ、こうなると所得格差は大きくなり、日本も分断社会が生まれるかもしれない。こうしたことを踏まえて、政府は政策を早く打っていく必要があるのではないだろうか。

皇學館大学特別招聘教授、経済・金融アナリスト

1981年大和証券に入社、企業アナリスト、エコノミスト、債券部トレーダー、大和投資顧問年金運用マネジャー、外資系投信投資顧問CIOを歴任。村上龍氏主宰のJMMで経済、金融について寄稿する一方、2001年独立して、大前研一主宰の一新塾にて政策立案を学び、政府へ政策提言を行う。現在、政治、経済、社会で起きる様々な危機について広く考える内閣府認証NPO法人日本危機管理学総研の設立に参加し、理事に就任。2015年より皇學館大学特別招聘教授として、経済政策、日本経済を講義。

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