長与千種に人生を変えられた女たち
レジェント復活に女性ファンが集結
3月22日、東京・大田区総合体育館で女子プロレス興行「Marvelous Night 6・That’s女子プロレス」が行われた。
プロデューサーは長与千種。ライオネス飛鳥と結成した「クラッシュギャルズ」で80年代に一大ブームを巻き起こした、女子プロレス界のレジェンドだ。
今大会では、苦楽を共にした後輩で、3年に渡り闘病生活を送っていたKAORUの復帰戦をプロデュース。自身も第1試合で若手と組み、6人タッグで永遠の宿敵・ダンプ松本ら極悪同盟と戦ったほか、メガヒットとなったデビューシングル『炎の聖書(バイブル)』をリング上で披露するなど、八面六臂の働きでKAORUの復帰イベントに花を添えた。
この日の観衆は約3500人。最近の女子プロレス会場には珍しく女性ファンが多数詰め掛け、当時そのまま、ボンボン片手にハッピ姿で熱い声援を送るグループもあった。
場内から湧き起こるブーイングと「帰れ」コールに、マイクを握ったダンプ松本は思わず「うるせー、ババアども!」。当然のことだが、かつてティーンエイジャーだったファンも選手と共に年を重ね、アラフォー世代になっているのだ。
女子格闘技界のレジェンドも感動
大会終了後、そんな女性ファンの何人かに話を聞いた。
「大会チケットが送られてきた日から、寝ても冷めても今日のことで頭が一杯でした」
と語るのは、大阪府在住の主婦・藤山照美さん。
「東京に向かうクルマの中ではクラッシュのCDをかけて大合唱。会場に着く前からテンション上がりっぱなしでしたわ」
とは、藤山さんと共に大阪から駆けつけた石本文子さん。地元で居酒屋を営む。
2人と並んで観戦した熊谷直子さんも、興奮気味に
「あの頃の自分に戻ったみたい。最初から最後まで夢見心地でした」
現在は山梨県で貴金属製造・卸しの仕事に携わっている。
年季の入った格闘技ファンなら、3人の名前を聞いてピンと来たことだろう。藤山さん、石本さんは、キックに投げや関節技を加えた立ち技格闘技「シュートボクシング(SB)」で、それぞれ初代、第2代レディースクイーン(女子チャンピオン)の肩書を持つ。熊谷さんは、世界3階級制覇を成し遂げた元祖“キックの女王”。そう、3人は80年代後半から90年代にかけて活躍した、いずれ劣らぬ女子格闘技界のレジェンドなのだ。
すべての始まりは“長与千種”だった
長与千種が20歳目前の夏にクラッシュギャルズを結成した時、藤山さんと石本さんは17歳。やられても、やられても立ちはだかる壁に身ひとつでぶつかり、乗り越えていく。そんな長与の強さと、時おり見せる脆さや憂いに心を奪われ、女子プロレスラーを目指した。
「でも、当時は私たちのような女子が何千人もいて、新人オーディションの規定もすごく厳しかったんです。小柄な私たちは当然ムリでした」(藤山さん)
「だから、長与さんが練習に来ているというSBに入ったんです。ひと目だけでも見れるんちゃうかなと思って」(石本さん)
当時、中学3年生だった熊谷さんも「長与さんが空手をやっていたから」と、躊躇なく空手道場に入門した。
「私の場合、オーディションに応募したけど書類選考で落とされちゃいました(苦笑)。そうしたら道場の先生が『本気で殴りっこ、蹴りっこをしたいなら、キックで世界チャンピオンになってみないか』と」
当時の格闘技界では「リングは男の世界。女の闘いはイロモノ」との認識が一般的だった。
「私がふがいない試合をしたら『やっぱり女子はダメだな』となり、もう試合を組んでもらえなくなる。だから1試合、1試合必死でした」(藤山さん)
「私と藤山さんは全部で4回対戦していますけど、私はキック、藤山さんはSBの看板を背負い、団体の威信がかかっている。いつも、相手をどうやって殴り倒すかしか考えていなかった」(熊谷さん)
“長与千種”の影を求めて飛び込んだ格闘技の世界。だが、彼女たちが時代の波に翻弄されながら自身の闘いにのめり込んでいくのに、時間はかからなかった。
「あなたは格闘技人生の原点です」
現役時代、長与と接点がなかったわけではない。
「女子プロレスが東京ドームで開催された時(1994年)、私もプロレスラーの方と格闘技戦を闘うことになって、大会前の記者会見に出たんです。そうしたら、なんと隣りの席が長与さん。本当は『大ファンです!』と言いたかったけど、格闘技界代表で出ているというプライドもあって、あの時は絶対にそんなこと言えなかった」(石本さん)
およそ20年を経て、「今生の敵」とさえ思っていたかつてのライバルたちは、共に時代と闘った戦友として互いを認め合い、いつしか生涯の友となった。
「こんなステキな絆ができたのも長与さんのおかげです。だからこそ、チャンスがあったら感謝の気持ちを伝えたい。『あなたは私たちにとって格闘技人生の原点です』と」
熊谷さんの言葉に、2人が深くうなずいた。
大会終了間際、長与の口から次回プロデュース興行を7月6日、浜松で開催すること、さらに、新団体「Marvelous(マーベラス)」を旗揚げすることが発表された。女子プロレス界の図式を大きく塗り変えるのか? また、かつてのように“闘う女たち”誕生のトリガーとなるのか? 稀代のカリスマ性を持つ長与千種の動向がおおいに注目される。