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95歳で逝った名バーテンダー、井山計一さんを偲ぶ。「バーという場所の良さを映画を通して広めたい」

水上賢治映画ライター
映画「YUKIGUNI」より

 山形県酒田市にある喫茶店「ケルン」のバーテンダー、井山計一さんは、いまから60年以上前にカクテル「雪国」を創作。その「雪国」は時代を超え愛され、いまやスタンダードな一杯として世界的に知られる。

 生きながら伝説のバーテンダーとなっていた井山さんが、去る5月10日、95歳で天寿をまっとうした。各メディアで報じられたので、ニュースで触れられた方も多いだろう。

 追悼の意味を込め、生前の井山さんの姿を収めたドキュメンタリー映画「YUKIGUNI」の製作者たちに話を訊くインタビュー集。

 撮影を担当した佐藤広一監督に続き、登場いただいた「YUKIGUNI」の渡辺サトシ監督へのインタビューの後編に入る。

予想を超える来客があり、井山さんも大変驚かれてました

 前回のインタビューは、井山さんが映画の完成を心待ちにしていたところで終わったが、その後、完成した映画を井山さんはどう受け止めていたのだろうか?

「まず、井山さんのカクテルと話を聞きたいということで、映画をみた観客やバーテンダーが全国各地から訪れました。映画が東京で公開されたのは2019年の1月だったのですが、山形だけ先行で上映をしていましたので、2018年の秋からコロナ禍が始まる2020年の2月頃まで土日は毎週のように盛況でした。

 映画を観てくれた人がいっぱい来て、サービスが怠ったらいけないということで、アルバイトを雇ったりして体制を整えていらっしゃいましたが、予想を超える来客があり、井山さんも大変驚かれてました」

 ほんとうに多くの人が来店していたという。

「この映画は、自主製作・自主配給というスタイルで劇場公開をいたしました。そのため、映画の宣伝方法なども自分たちで工夫をしまして、シニア向けの雑誌で試写会を呼びかけたり、バーを中心に宣伝をするスタイルをとりました。

 これまでも映画の配給や宣伝は、自社で行ってきました。映画は見て終わりではなく、観客の見た後にトークやイベントを通して、より映画のテーマへの関心や理解を深めてもらうよう工夫をしてきました。

 今回は、全国にある数多くのバーにチラシを配布して、バーテンダー限定の試写会も各地で開催していったことで、地道なやり方ではあったのですが、映画公開前から口コミで広がっていきました。

 特に、映画を見聞きしたバーテンダーの方が、お客様に映画のチラシを見せてカクテル『雪国』についてお話をする、そして自然とオーダーが入るというような流れが生まれてたようです。

 映画を見てから『雪国』を飲む、あるいは飲んでから映画館に行くというように、バーという空間と映画館の両方にお客様がいらっしゃって、とても素敵な相乗効果が生まれたと思っています。

 また、映画『YUKIGUNI』は、俳優の小林薫さんにナレーションをお願いしました。小林さんご自身も愛飲家でもいらっしゃいますし、小林さんが主演されているドラマ『深夜食堂』のように、人が人に癒される酒場の魅力を伝えたい思っておりましたので、小規模な映画にも関わらず参加いただけたことは、大変嬉しかったです。

 小林薫さんもナレーション収録後に、東北でお仕事があった際に、ケルンを訪れたということを井山さんから聞きました。井山さんも大変喜ばれていました」

渡辺サトシ監督
渡辺サトシ監督

井山さんの幸福感がお酒を通して、あるいは会話を通して、

周囲に伝播(でんぱ)していく

 いま、井山さんと過ごした日々をこう振り返る。

「うまく言えないんですけど、井山さんは、映画の雰囲気そのままの人なんです。

 お店の中で、井山さん自身がまずバーのカウンターの中での自分の仕事を、お客さんとの会話を誰よりも楽しんでいる。

 お店にいると、その井山さんから発せられているなんともいえない幸福感が、周囲を包み込む。

 井山さんが楽しそうに話しているのを聞いていると、自分が直接井山さんと話してなくても、それこそカウンターの脇にいようが、はなれたテーブル席にいようが、なんか不思議と癒されるんです。

 不思議なグルーヴ感がケルンの店内に漂っていて居心地がいい。

 だから、全国にファンがいて、そこにこそ井山さんの人柄が集約されているような気がします。

 あと、井山さんはほんとうにバーテンダーの間では知らない人がいないぐらいの存在なんですけど、えらぶるところがまったくない。

 ケルンの従業員には、当時、大学生のアルバイトから、キャリアのある中堅の方もいたんですけど、自分の同僚といった感じで接する。

 そう、すべての人に対してフラットなんです。そこが井山さんの人柄の魅力なのだと思います。

 井山さんはよく『日本一の、自分は幸せなバーテンダーだ』ということを言っていました。その井山さんの幸福感がお酒を通して、あるいは会話を通して、周囲に伝播(でんぱ)していく。そういう時間でした」

映画「YUKIGUNI」より
映画「YUKIGUNI」より

ケルンで行ったらぜひ飲んでもらいたいのは、このアイリッシュコーヒー

 撮影後もたびたび、ケルンには訪れて近況報告をしていたという。

「映画の上映も地元でやりましたし、いろんな機会にお店には寄っていました。

 井山さんは旅好きでしたので、上映会の会場に行って舞台挨拶をしたいという思いはあったのですが、晩年は長距離の移動が叶いませんでした。

 その代わりに、映画は、全国のミニシアターを中心に60館近くで上映されましたので、全国津々浦々からお客様がいらっしゃいました。遠方からのお客様との会話は、井山さんにとっては至福のひと時だったのではないでしょうか。遠くは中国地方、四国地方のバーテンダーの方々もいらしていたと聞きました。

 お店に行くと『先日、どこどこのバーテンダーが来たよ。次は、どこで上映予定?』などと、嬉しそうに話をする井山さんの姿がありました。

 井山さんが作るカクテルを楽しみながら、井山さんと映画の上映について報告をしていた時間は、至福の時間でした。少し寒い季節には、ホットカクテルのアイリッシュコーヒーをよくオーダーしました。

 ケルンのアイリッシュコーヒーは、井山さんの息子さんが毎朝ケルンで焙煎している煎りたてのコーヒーを使うんです。それを、ドリップで入れてくれて作ってくれるんです

 これがもう絶品で。僕は『雪国』をはじめとしたオリジナルカクテルもお薦めですけど、ケルンで行ったらぜひ飲んでもらいたいのは、このアイリッシュコーヒーですね」

コロナが落ち着いたら、もう一度井山さんの元気な姿をみたいと思っていた

 最後に井山さんときちんと話したのは昨年の11月だったという。

「去年の11月に井山さんは現代の名工に選ばれたんですけど、そのとき、映画にも出演している秋田県にかほ市のバーテンダーの秋田治郎さんご夫妻と、東京のバーテンダーの方と数名で、お祝いの言葉を伝えに行きました。

 井山さんは、この歳になって『現代の名工なんて、うれしさ半分、恥ずかしさ半分だな』と変わらない笑顔で迎えてくれました。それが、井山さんとお話した最後の時間でした」

 井山さんの訃報に触れた際の心境をこう明かす。

「山形の荘内日報が、夕刊で一番最初に報じたんですけど、それを読んだ知人から連絡が入って知りました。

 昨年から、コロナであまりお店に立つ機会がだいぶ減っていましたので、毎日お店に立っていた時よりも、体調が優れないような状況だったと思います。

 ご葬儀にも参列させていただいて、別れの言葉を伝えてきました。コロナが落ち着いたら、もう一度井山さんの元気な姿をみたいと思っていたので、やはりとても寂しかったですね」

 今は井山さんへの追悼をこめてこんなことを考えているという。

「自分には、ほんとうに限られたことしかできないんですけど、まずは井山さんが生涯をかけて大切にしていたバーという場所の良さを、映画『YUKIGUNI』の上映を通じて広めていきたい。

 いま、コロナ禍でお酒の提供が禁じられ、多くのバーが苦境に立たされている。バーの灯火が灯り続ける、バーにお客さんがかつてのように戻ってくる、そんな一助に映画『YUKIGUNI』がなればと願っています。

 今後は追悼上映なども検討していきたいと考えています。いろいろな形で、スクリーンで井山さんに出会ってもらう機会を作っていけたらと思ってます。ゆくゆくはDVD化も検討したいと考えています。

 映画の宣伝を兼ねて各地を訪ねた時に、井山さんのように地域に根付きながら、夜の街でカクテルを作り続けているベテランの方々がたくさんいらっしゃいます。ぜひ映画を観た後にバーの扉を開けて、お一人様で、時には大切な人と至福のひと時を過ごしていただきたいです」

*現在「ケルン」は息子さんと従業員の方が、お店を続けている。

映画「YUKIGUNI」より
映画「YUKIGUNI」より

映画「YUKIGUNI」

詳しい情報は、映画公式サイト https://yuki-guni.jp/ にて

写真はすべて(C)いでは堂

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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