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南アフリカ代表戦勝利から1年。スタンドには空席。日本ラグビー、大丈夫か?【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
「感動」と同時に文化を。(写真:ロイター/アフロ)

1年前のきのうは何の日か。ノーヒントで即答できる人はどれくらいいるだろうか。

2015年9月19日、ラグビーワールドカップのイングランド大会。日本代表が南アフリカ代表に勝った。過去優勝2回の強豪から大会24年ぶりの白星を得たことで、インターネット上では「それはどのくらいすごいことなのか」のたとえ話が羅列された。

テレビや雑誌では、その前日までとは比べものにならないほどラグビーの話題が取り上げられたという。現地取材を続けていたところ、国内にいる報道関係者から「すごいラグビーフィーバーだぞ」といくつも連絡が入った。日本代表のゴールキッカーだった五郎丸歩にはすでにコマーシャルの話が来ているという確度の高い噂話を聞いたのも、この時期だった。

あれから1年。リオデジャネイロ五輪とパラリンピックに国民が「感動」。しかし、前年のワールドカップで「感動」を誘ったラグビーのグラウンドからは、当時の香りが消え去っているようだった。

開幕して4節が終了した国内最高峰のトップリーグの入場者数が5ケタに乗ったのは、たったの2回だ。3番目に少なかったのは、9月4日に北海道・月寒ラグビー場でおこなわれたクボタ対トヨタ自動車の第2節で、「1850人」。収容人数5000人弱という会場のキャパシティを鑑みてもやや寂しい数字で、周囲の物販や飲食店が乏しかったことから「もう2度と来ない」とブログに書く来場者もいた。

2019年のワールドカップ日本大会開催まで、あと丸3年。日本ラグビー界はどこへ向かおうとしているのだろうか。

「福利厚生感」が嫌?

2016年から、国際リーグのスーパーラグビーに日本のサンウルブズが参戦した。東京の秩父宮ラグビー場でおこなわれたサンウルブズのホームゲームは5つ。公式入場者数が満員に近づく2万人超となった日は、1度もない。

6月18、25日に国内でおこなわれ、それぞれ「24113人」「34073人」のファンを集めた日本代表対スコットランド代表のテストマッチ(国際間の真剣勝負)も、開催されたのが45000人規模のスタジアムだったために空席が目立った。

それでも、サンウルブズではスクラムの際の狼の遠吠えなど応援方法が定着。試合観戦を通して非日常的空間を楽しむという文化が、徐々に育まれつつある。日本の熱しやすく冷めやすい国民性を思えば、ポジティブな要素もなくはない。

問題は、8月から始まったトップリーグの現場だ。スタンドの空席は、まるでブーム前の時代に逆戻りしたかのような風景。そう。かねてからCSスポーツチャンネルでラグビーの試合を観るファンには、「福利厚生のにおいがして嫌だ」とトップリーグを敬遠する人もいたものだ。

その潮流が目に見える形で現れたのが、9月9日に秩父宮でおこなわれたナイトゲームでのことだ。

入場券を買ったファンがNTTコムを応援すべくバックスタンドへ向かうと、過度な席取りをする同社社員に理不尽な態度を取られたようだ。その様子を写真付きで伝えたツイートは一気に拡散され、クラブ側が謝罪コメントを発信することとなった。

一般のチケット販売に頼らない収益構造は相変わらずで、職場づきあいの延長線上で来場した人には「観戦マナー」を求めづらい側面もある。ただこの件には、試合に出場する社員選手からも落胆の声は漏れた。

トップリーグでは、主催者側が「54万人」という目標設定を打ち出す。そのための具体策は、顕在化されていない。

どうなるサンウルブズ

一方、本丸の日本代表は、先ごろようやく新しいヘッドコーチが決まったところだ。2012年春からイングランド大会終了まで携わったエディー・ジョーンズに代わって、ジェイミー・ジョセフが着任した。やや戦力の限られたニュージーランドのハイランダーズを率い、2015年のスーパーラグビーを制した人物だ。

強化方法は変わる。

前体制下では長期合宿を張り、世界中の専門コーチが1日複数回のトレーニングを指導。特にワールドカップ直前はその苛烈さが増し、相手国やレフリーへの分析と相まって好結果を導いていた。

それに対してこの先は、試合を通してタフになるフェーズへ突入する。

日本代表最多キャップ(テストマッチ出場数)を誇る大野均は、サンウルブズに加わってわずか1勝に終わった2016年のスーパーラグビーシーズンを経て「ずっとスーパーラグビーで身体を当ててきたので、(スコットランド代表戦でも)びっくりするようなプレッシャーは感じずにできた」。その他にも、相手の激しい当たりへの耐性がついた選手は多い。

サンウルブズの機能を、代表強化と直結させる。出場すればタフになるのだから、タフにすべき選手をサンウルブズのスコッドへ入れる…。

そのビジョンを具現化すべく、日本代表を統括する日本ラグビー協会側は、サンウルブズを運営するジャパン・エスアールと密に連携を取ると宣言した。10月のミニキャンプに参加する日本代表と、2017年シーズンを戦うサンウルブズのメンバーを、ほぼ同じ顔ぶれにしたいとも話した。

しかし、サンウルブズ側の準備の実相には、苦笑する関係者も少なくない。

2季目の指揮を執るフィロ・ティアティアヘッドコーチは、アシスタントコーチからの内部昇格。堀江翔太キャプテンが「早くヘッドコーチを決めて欲しい」と発言したのは、2016年シーズン終了時の7月である。ティアティア就任が発表された9月は、複数クラブのオファーを見比べる選手にとってはグッドタイミングとは言いづらい。

新指揮官への選手評は、「皆で明るくやっていこうというポジティブな感じ」など、性格面に関するものが多い。技術指導や戦術略の構築に力を割いた田邉淳アシスタントコーチ(パナソニックと兼務)への新たな打診については、8月下旬の段階では届いていないと本人は言う。

選手へのオファーもまばらのようで、ある日本代表の若手選手は「トップリーグのプレーを観て選びたいというのならわかりますが…。早く決めてもらうに越したことはない」と戸惑う。

7人制日本代表として今夏のリオデジャネイロ五輪を戦ったロマノ レメキ ラヴァら、すでに水面下で声のかかっている選手もいるようだ。もっともそのなかの大半は、ある「問題」もあって態度を保留にしている。

「問題」とは、選手の年間試合出場数の調整である。テストマッチ、トップリーグ、スーパーラグビー(および他の海外リーグ)の全てに参加すれば、年間40試合以上ものプレーを強いられることとなる。

怪我のリスクが高まるのは明白で、職業選手にとっては加入前に整えるべき条件は多いだろう。

現にスーパーラグビーのハイランダーズと日本のパナソニックで身を粉にする田中史朗は、6月12日に出場したバンクーバーでの日本代表対カナダ代表戦で肩を脱臼した。サンウルブズのキャプテンでパナソニックに在籍する堀江も、首の古傷と付き合いながらの激戦を重ねている。

同じジャパンの畠山健介は、サントリーの一員としてパナソニックに勝利した9月17日、こう発言する。

「彼らはそんなことを絶対に言い訳しないと思いますが、疲れているという印象はあります」

田中は「そう思われるのは僕らが未熟な証拠」と毅然としていたが、果たして実相は。

ちなみに、今冬イングランドのプレミアシップでプレーした畠山は、メディア露出による知名度から広告代理店にまでも獲得を望まれる存在だ。しかし、「自分のコントロールの及ばないところで止まっている」と発す。

ジャパンの小野晃征は、一連のルール作りのために日本協会などと連携を図るが、話し合いはなかなか進展させられぬ模様だ。

最優先されるべきは国の威信をかけて戦う日本代表で、その次はサンウルブズが来るのが自然。もっとも、いまの日本の選手にとっての最大の生活の基盤は、トップリーグ企業から出る給与や年俸、各種インセンティブである。

「サンウルブズと契約しない選手は日本代表になれない」というやや強引なルールの設置が検討される一方(来季に向けては採用されない見通し)、上記の状況を踏まえた保障のスキームはいまだ未確立のままだ。

ジェイミージャパンってどんなチーム?

仮に環境面の課題が解決されたとしても、ジョセフの作る日本代表がどんな色をなすかは全くの未知数だ。

メディアではジョセフの公式会見の談話から「キックが増えるのでは」などさまざまな分析記事が出ているが、実際にはまだ何も明かされていない等しい。

わかっているのは、みっつ。

ひとつめは、ジョセフがハイランダーズを制した際はトニー・ブラウンアシスタントコーチ(2018年から日本代表へ本格的に入閣)の辣腕ぶりが光っていたこと。

ふたつめは、ジョーンズ体制下のジャパンと昨今のハイランダーズの攻撃戦術(陣形の配列およびボールを動かす方法)はまったく異なること。

みっつめは、ワールドカップでのビッグスクラムを導いたマルク・ダルマゾスクラムコーチの退任を、ジョセフが「心配」と発言していたことだ。

「孝行息子」、頑張ります。

明るい光だって差している。

まずトップリーグの運営に関しては、今季開幕前から一部クラブの現場畑の人材が日本協会へ出向。キヤノンの瓜生靖治は、「トップリーグが日本最高のリーグだということをアピールする」。所属先の新人採用に従事する一方で、ホームページのスマートフォン対応化など、それまで手をつけるべきだった事案を1つひとつクリアしている。

NTTコムのチームディレクターだった内山浩文氏も、中長期的な改革案を考えている。

NTTコムでは採用も務めたことがあり、後に日本代表となるアマナキ・レレイ・マフィを無名の花園大学から発掘。早稲田大学副キャプテンだった金正奎、慶應義塾大学の主軸だった石橋拓也などといった伝統校出身者を、上位チームとの競合の末に入部させていた。後にNTTコムのキャプテンとなる金には、「僕にとっては最高のリクルーター。僕が欲しいというより、僕と一緒にチームがどう強くなりたいかを話してくれた」と賛辞を贈られていた。

ワールドカップ日本大会との連関性強化や質の高いゲームの増加に向け、計画を練っているようだ。

選手のプレー環境の整備には、日本代表新ヘッドコーチのジョセフが一役買うかもしれない。

来日からトップリーグの各クラブを訪問して回るなか、選手のコンディショニング管理に関するシステムを作ると提案。それを聞いた側からは、好意的な声も漏れた。東芝の冨岡鉄平ヘッドコーチは、新たなボスの「引き出す力」と「仕組みを作る力」に期待する。

「彼は優秀なアシスタントコーチの力を引き出すのを上手い。ひとつのアタマで物事を進めるには限界があるなか、今回の人事は日本ラグビーにとっては望ましいと思います。いまのニュージーランドで最もロジカルに整理されたチームがハイランダーズです。トップリーグが学ばなきゃいけないものを先に持っている。ブラウンを含め、ハイランダーズのマネジメントを動かしてきた2人が日本ラグビーのマネジメントに関わることは大きい。このタイミングに必要なのはカリスマではなく、仕組みを落とし込める人です」

ジョセフの知恵を借りてトラブルを解消する流れに、小野は「それ、本当は親(日本協会)がやるものなのですが」としながら、「孝行息子」としてのさらなる献身を約束する。幼少期にニュージーランドで育ってきた小野は、帰省中に就任前のジョセフとも密な連携を取っている。

11月5日、秩父宮。日本代表はイングランド大会4強のアルゼンチン代表とテストマッチをおこなう。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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