なぜフランスには女性専用ワゴンがないか?
やっと2年前から実施されたフランスの痴漢対策
今年の国際女性デー(3月8日)は、フランスでは珍しく、フェミニストが全国規模デモを呼びかけた日だった。それでも、アメリカでトランプ大統領就任以降起きているウーマンズマーチと比べたら、たいしたものではなかったと言っていいだろう。
フランスのフェミニズム運動はあまりアグレッシブではない。そのせいか、政府が公共交通機関内でのセクハラ防止キャンペーン真面目に取り組み始めたのは2015年7月。日本で迷惑防止条例が1990年に発令されたことを考えると、信じられない遅さである。
現在、被害にあったらsmsを送ることができる緊急電話番号、停留所ではなくても自分に都合が良い場所でバスから降ろしてもらうシステムなどが実施されている。いちばん目に見える変化は、元来はスリや薬物売買を取り締まっていた警察の公共交通機関内治安取り締まり隊、総員84人がパリ市のメトロ内で痴漢の取り締まりをしていることだ。痴漢の典型的な行動を研究し、3、4人のグループで、あてもなく何度も乗り換える人、女性が少ないワゴンからすぐ降りてべつの車両に移動する人などを追う。
私はパリのメトロ2番線に乗ることが多いが、時々、捕物帳に出くわすことがある。「ポリス!」という叫び声とともに、突然、メトロからホームに降りた男性が押し倒され地面に組み伏せられ、あっという間にお縄になる。私服警察官は、「あれ?この人これで警察官?」というようなヤンキーファッションなのでどっちが悪者なのかちょっと見にはわからない。こうして現行犯で逮捕された人のうち、痴漢は約5%。DNAが採取され、最高2年の禁固刑ということだ。
女性専用ワゴン設置に反対する女性たち
フランスでは、87%(2016年Fnaut調べ)の女性が公共交通機関の中で痴漢の被害にあっているという統計があるが、日本をはじめとして、ブラジル、メキシコ、エジプトなどで実施されている女性専用ワゴンが、女性の方から総スカンを食う。なぜだろう?
公共交通機関内でのセクハラ法の採択に尽力したマリー・ル・ヴェルン社会党議員は、「女性は女性専用ワゴンに乗らなければ安全に移動できないというのでは、私たちが男女共存できる社会を可能にすることができなかったという無力さの証のようなものだから。私は男女はわかり合うことができると信じています」と言う。
公共の場での男女不平等を研究する地理学博士のエディット・マルエジュル氏は「男女平等を推進するためには、男性には女性が、女性には男性の存在が必要なんです。女性専用ワゴンに乗ってしまったら、男性との関係性はそこではストップしてしまう、男女平等も推進されません。それに女性ワゴンがあるときに、男女共用ワゴンに乗った女性は痴漢されてもしかたないと言うのも、おかしくないですか?」
今、いちばん影響力を持っているフェミニスト団体Osez le feminismeの代表マリー・アリベールはこういう。
「そうでなくても女性は、子どもの頃から、公共の場で男性と眼をかわさないように、音楽や本に集中しているフリをするように教育されています。それに加えて女性専用ワゴンに乗るようでは、自ら自分の権利と誇りを放棄するようなもの」と手厳しい。
確かに、女性たちは、時間や行く場所によって服装や交通手段を前もって考える。48%が服装を選び、54%が夜遅くメトロやバスに乗らないようにし、34%は自転車やタクシーを選ぶという。
それに加えて女性専用ワゴン? なんでそこまで女性がしなきゃいけないの?男女が同じスペースで共存することができるように、ちょっと男性にも努力してもらいたいと言うのはわからないわけではない。
フランスのフェミニズムの大御所、シモーヌ・ド・ボーヴォワールは言った。
「女だけのゲットーで暮らすなんてぞっとする。私にとってフェミニズムは、男女が一緒に暮らすのにはどのような可能性があるかを探ること」と。
このような思想の流れを組むフランスのフェミニズムはあまりラジカルではなく、非効率的かもしれない。統計上、痴漢を減らすだけなら、女性専用ワゴンを設置した方がてっとり早いに決まっている。
でも、男の場と女の場がはっきり区別されていて無菌状態になった社会って、なんだかつまんなくないだろうか?それより、男女が同じスペースを分かち合うことができることを、共存できることをフランスの女性は望んでいるのだと思う。